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10 同郷

 宿舎に戻る途中、また待ち伏せされているかと心配していたのだが、その日はブルノはいなかった。

 安心した反面、次はいつ来るのか、預かっているものをどうやって返せばいいのか、ちょっと不安を感じつつ、自分の部屋に戻った。

 夕食前には全ての繕い物を終え、ようやく自分の時間が持てた。久々に本を読み、故郷の友達に手紙を書いてみた。


 朝もさわやかに目が覚め、軽く剣を素振りする時間も持てた。昼間はデスクワークなので、体がなまらないようにしなくては。

 出勤しようと宿舎を出たところで、ブルノが待ち伏せていた。不機嫌そうな顔で睨み付けられ、早足で近づいてくると、

「できたのか?」

と聞いてきた。なぜ当然な顔で聞くのだろう。

「…できてるけど」

 しぶしぶそう答えると、

「できた物を第三騎士団まで運んでこい」

ときた。当たり前のように言われるのが何となくむかついて、

「ご冗談を」

とつぶやいてそのまま出勤しようとすると、腕を掴まれた。

「どうせ第二魔法騎士団は隙なんだろ? 定時で帰ってたじゃないか。持って来いよ。…たく、気が利かねえなあ。昨日のうちに持って来ればこんなところまで来ずに済んだのに…」

 昨日来なかったのは自分だろうに。その上持って来い?

 あり得ない発言に怒りがわいた。

「…判った」

 ルーチェが言うことを聞いたと思い込んだらしく、ブルノがにやっと笑って手を緩めたところで、向こう脛を思いっきり蹴り飛ばした。

 足をぴょんぴょんと跳ねながらも、反撃してこようとする姿に、ちょっと身の危険を感じ、急いで自分の部屋に戻った。ためらいながらも、修繕が終わった物が入った箱を持って外に出ると、ぼやきながらもまだそこにいたブルノに向かって

「どうぞ、お持ちくだっさいっ!」

と勢いのまま箱を投げつけて、反対方向に走って逃げた。

 ブルノのいる反対方向、それは職場の反対方向でもあった。


 大回りして出勤したせいで遅刻してしまい、息も荒げたまま

「す、すみません…」

と言って席に着いたが、ヴァレリオは気にする様子もなく書類を睨んでいるだけで、挨拶もなければ、叱ることも、心配した様子も見せなかった。

 呼吸を整え、書類や、自分でもできそうな調査類を確認する。

 今日から団長は出張だ。

 昨日は出張前の準備、と言って、顔をちらっと見せただけで、書類の1つも目を通すことなく、その後部屋に戻ってくることはなかった。何とも不思議な団長である。

 今日も静かにペンの走る音だけが響く。居心地がいいとは決して言えないが、慣れてくるとヴァレリオのだんまりもさほど苦ではなくなった。

 昼休みもゆっくり食事をし、充分に休憩を取り、定時に仕事完了。ヴァレリオの卓上の書類もほぼ片付いていた。

 帰ろうとしたヴァレリオが、ふと足を止めて、

「明日は中を案内する。動ける格好をして来い。じゃ」

と言って、部屋を出て行った。

 そう言えば、まだ第二魔法騎士団の案内もしてもらっていなかった、と今さらながら気がつく。とは言え、書類のやりとりのある庶務部や財務部、資料室などは既に出入りしていて今更案内される必要もない。魔法騎士団の他の団員とは今のところほぼ交流がなく、通りすがりとは言え自分の悪口を聞いてしまったせいで少し距離を置いているところがある。

 せっかくだから、少しは知り合いができるといいな、と思いながら、朝のことを思い出して、その日は朝と同じように遠回りして宿舎に戻った。


 翌日、朝一番に案内されたのは、第二魔法騎士団の修練所だった。

 皆、剣を手に鍛錬を始めていた。つい先日まで、自分も同じように朝の鍛錬の日には一番に修練場に行き、窓を開いて空気を入れ換え、訓練用の模擬刀を準備していた。よもや、副団長と一緒にみんなが集合した後から行くような日が来ようとは。

 ヴァレリオは団員の動きを止めることなく練習の様子を見ていたが、しばらくすると号令がかかり、団員達は剣を納めてヴァレリオを注視した。

 隊長と思われる者から、今日は剣技の日であり、魔法を使わないよう改めて注意があった。

 魔法騎士団では治癒専門の者、防御専門の者もおり、全員が得物を使えるとは限らない。そこがルーチェのいた騎士団とは異なるところだ。

「剣を苦手とする者もいるだろうが、魔力切れになっても命を諦めないよう、自分を守れる程度の力は身につけるように」

 ヴァレリオの言葉に、一斉に

「はいっ」

と答えが返り、再び打ち合いが始まった。

「おまえも行って来い」

 ルーチェがうずうずしているのを見透かしたように、ヴァレリオが声をかけた。

「いいんですか? 行ってきます!」

 ルーチェは近くにあった模擬刀を借り、三人で交代で打ち合っていた者達に声をかけ、早速仲間に入った。

 魔法騎士団の者達は、初め小柄な女の子が剣を持ってやってきたので軽く見ていたが、打ち合ってみれば侮れない相手だとすぐに判った。ヴァレリオが連れてきたのが、先日の討伐でヴァレリオの髪を切り落とした第三騎士団の団員だったことを思い出すのに、そう時間はかからなかった。

 魔法攻撃の訓練はヴァレリオが担当していたが、当面の間訓練からはずれることになっていた。髪を切られたために魔力が足りないともっぱらの噂で、ここは副団長の恨みを晴らすべく、ルーチェにいろいろと仕掛けてくるが、まったく動じない。

 ヴァレリオを魔犬から守っただけの実力はあるのだ、と見ていた者達は納得したが、何故団長執務室付けの秘書になっているのかは皆が疑問に思うところだった。

 次に交代した相手は、団長、副団長の信者だった。あの副団長様の御髪を切り落とし、魔法を使えなくした極悪人、とばかり、勢いでルーチェに剣を向けてきたが、あまり剣を得意とする者ではなかった。

 ルーチェは少し手加減をしながら相手の様子を探っていたが、剣に乗せてわずかな魔法を流しているのが判った。剣が交差するたびに痺れを感じる。

 周りも気がついた者はいたが、特に何も言わず、自分達の打ち合いを続けながら様子を見ている。

 いわゆる洗礼、と言う奴か。

 ルーチェはにやりと笑って、痺れる剣を受け、素早く痺れのない左手に持ち替えると、一気に勝負をつけた。首に向けられた剣先。戦いの場なら、命はなかった。

「ありがとうございます」

 礼をして、続いて別の者と組み合うタフさに、遠くで見ていたヴァレリオも思わず口元を緩めていた。


 訓練を終えて部屋に戻ると、ヴァレリオが珍しく話しかけてきた。

「おまえはどこで剣を学んだんだ? 家名を持たぬ庶民と聞いているが…」

 ルーチェはどこまで話そうか考え、少し間を取った後、問いに答えた。

「…私は西の辺境領モンテヴェルディの出身です。モンテヴェルディでは、街の中にある剣の教場で、誰でも剣を学べますので」

 ヴァレリオが昨日耳にした歌が示したとおり、ルーチェの出身はモンテヴェルディだった。それを聞いて、ヴァレリオの人見知りな警戒心が解けていった。

「俺も九歳までモンテヴェルディにいた。二年だけだが、教場にも通ったことがある」

「どこの教場ですか?」

「教会の隣の」

「ああ、じゃ、先輩ですね」

 年からして、どこかで会ったということはないだろう。しかし、同じ教場に通っていたというだけで、ずいぶん身近な存在に感じられた。それはルーチェだけでなく、ヴァレリオも同じだった。

「団長の出張はモンテヴェルディなんだ。俺が行く予定で、久々に伯母に会えると思っていたのに、団長に取られてしまった…」

 拗ねるように語るヴァレリオ。出張に行く人が変わったのは、髪のせいだ。

 そのことが判って、ルーチェは謝らずにはいられなくなった。

「す、すみません…」

「まあ、仕方がない…。こっちもすまなかったな。魔法を使わない剣の練習だというのにインチキした奴がいて」

 いつも怒っているか、しかめっ面を見せていたヴァレリオがあっさりと謝ったのを見て、ルーチェは少し驚いた。しかしそれは自分が髪を切って怒らせたからであって、本来はそんな年がら年中不機嫌な人ではないのだろう。

「実戦ではそんなこと言ってられませんから」

 ルーチェの回答は、モンテヴェルディの剣士なら、誰もがそう答える模範的回答だった。

「そうだな」

 ヴァレリオは少し口元に笑みを浮かべ、うなずいた。


 その後、剣技の鍛錬は自由に参加していいことになった。

 月一回の騎士団の修練会にも参加する予定なので、この申し出はありがたかった。

 参加する時は、他の団員と同じく、ヴァレリオよりもずっと早くに集まり、片付けまで済ませて戻る。テキパキと働く姿には隙がなく、その姿勢にやがて陰口を叩く者は少なくなっていった。


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