1 切り落とされた髪
東の平原に魔犬の群れが出現した。魔犬が現れるのは今年に入って三回目だった。
初めは十匹程度の群れで、家畜を襲い、畑を荒らしていたが、一度追い払う人を集団で襲って以来、人を怖じることなく村に降りてくるようになっていた。
出現場所もおびき寄せられるかのように次第に王都に近くになり、第二魔法騎士団と第三騎士団による合同討伐隊に魔犬討伐の命が発せられた。
「グズグズするな!」
「はいっ」
第三騎士団所属二年目に入ったルーチェも、この日討伐隊に加わっていた。
騎士団に所属する女性の数は少なく、第三騎士団にはルーチェただ一人。入団した時から女性の先輩はおらず、同期の三人も一人は入団一ヶ月で、もう一人は半年経たないうちに退団してしまった。魔法騎士団と違い体力勝負のところがあって、どうしても女というだけで軽く見られてしまう。今日も先輩方の防具の確認に時間がかかり、出発命令が下っても自分の準備は最後の最後。
「またおまえが最後か。女だと思って甘えてるんじゃないか」
と隊長に言われても、
「す、すみません」
と謝りはしても、言い訳はしない。そんな状態が、団に所属してからもう一年以上続いていた。
入団できるほどの剣技はあり、小柄で肉付きのいい方ではなかったが、動作は俊敏で、月一回の修練会でも団員の半数には負けることはない。決してコネで採用されたわけではないのだが、元来のお人好しと、団に根付く男尊女卑の風潮のせいで、やがて同期の者も、さらには新人までもがルーチェを軽く見るようになっていた。
下っ端は前線で走らされる。
馬から降りると早速剣を抜き、魔犬に対峙する。
三十匹は超える大きな群れだった。
後方から、魔法騎士団の援護を受けながら、牙を剥きだして敵意を顕わにする魔犬たちを退治していく。
一対一ならさほど時間をかけず勝負がついたが、やがて複数の魔犬が協力し合い、特定の一人を襲いかかるようになり、周りの援護にも気を配らなければいけなくなった。
三匹に狙われた先輩のラニエロを援護し、うちの一匹を引き受けたが、先輩からは
「フォローが遅い!」
と叱られた。しかしさすが先輩、相手が二匹に減ると、すぐにうちの一匹の首を刎ねた。見事な一太刀だった。
すぐ近くで炎が上がった。魔法騎士団の炎使いが放った炎爆だ。
四、五匹の魔犬が吹き飛ばされるのが見えた。
「こらあ! 魔法騎士団! ぶっ放す時には一声かけろ!」
炎爆の近くで戦っていた団長が、爆風にあおられて怒鳴り声を上げたが、離れたところにいる白いローブの集団からは煽る声が上がった。
なんやかんや言いながらも魔犬は数を減らし、あと残すところ五匹ほど。まだ残っているボスと思われる魔犬はひときわ動きが俊敏で、仲間を襲う騎士団員を襲撃し、三人が怪我をして離脱していた。深い傷を負った怪我人は白いローブの魔法騎士団の陣地に運ばれ、治癒魔法を使える者が手当てした。
やがて、ボス犬は仲間三匹と共に逃げ出した。
討伐終了の合図が出て、その日の討伐を終えた。
帰り支度を始めていた時、倒れたはずの魔犬の一匹が突然大きくジャンプをし、歯をむき出しにして襲いかかった。その先には、白いローブの魔法騎士団員がいた。
いち早く気がついたルーチェは魔犬に追いつき、その牙が魔法騎士団員に届く前に剣を水平に振った。
それはギリギリだった。
あと数秒遅れれば人に噛みついていただろう牙が、宙を噛み、首から血しぶきが上がった。剣は勢いのまま振り抜かれ、首とは別の何かが吹き飛んだ。
束になり、バサリという音を立てて地面に落ちたそれは、薄茶色をしていた。
安堵の声が一瞬にして静まり、魔犬がいた時以上の緊張感がその場に走る。
そして…
「この、…ばかたれがーーー!!」
地面に落ちていたのは、魔犬のターゲットにして、たった今大声を張り上げた第二魔法騎士団副団長ヴァレリオの髪だった。