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遊撃騎士団職場恋愛

【書籍化】遊撃騎士団副団長の恋の行方/騎士団長、そのプロポーズはありえません!

作者: と。/橘叶和

「ああもう! この際だ、お前で良い! 俺と結婚してくれ!」



 などと、ふざけたこと言われた日にはジョッキを顎に打ち込んだって許される筈だ。賑わう酒場が一瞬で静寂に包みこまれ、やらかしたなとは思ったものの、にこりと微笑みながら手を振れば酒に酔った男どもは何故か歓声をあげてくれた。



「うおおお! 副団長さすがです!」

「一生ついてきます!」

「貴方たちの一生なんていらないから、明日からもしっかり給料分働きなさい」

「畏まりましたー!!」

「うおっしゃあ! 明日からの英気を養うぞ、お前らあ!」



 わあわあと騒ぐ部下たちは、きっともう「ほどほどにしなさい」などと諭した所で聞かないだろう。明日の朝、二日酔いになるような馬鹿だけは罰しようと心に決めて、崩れ落ちた上司に視線を落とす。



「(明日からこれをネタに強請ろう。…やってられないわ、本当に)」



 酒気に眩む頭とちくりと痛む胸を無視し、騎士団長様を踏みつけて帰路についた。


―――


 遊撃騎士団の朝は早い。地域に駐屯する騎士団とは違い、国の至る所に現れるモンスターの処理を専門に行う騎士団であるから、各地から送られてくる情報を朝一番に確認する作業から開始するのだ。膨大な情報量に初めは頭を抱えたものの、コツを掴んでしまえばそこまで難しい作業でもない。


 急行しなければならない案件がなさそうであれば、そこから朝の鍛錬、朝食をとって更に鍛錬と書類仕事。遊撃する専門の騎士団ではあるが、各地に幾つかの館を貸し与えられているので、そこにいる場合は清掃や地域貢献をし合間に昼食をとって鍛錬をして、何事もなければ終業である。


 昨日は久々にドラゴンなんて大物を仕留めたから、皆ではしゃいで酒場を貸し切った。きっとそれがいけなかった。



『今度は我儘放題の第三王女を押し付けられそうになった』

『それでも第三王女様でしょう。良かったじゃないですか、玉の輿ですよ』

『お前は女だから分かんねえんだよ! 女って怖いんだぞ!』

『(女なのに女が分からないとは、とんちみたい)はいはい、飲み過ぎですよ』

『あれか、そうだ! 俺が独身だから皆が皆、俺にヤバい奴を押し付けてこようとするんだ!』



 遊撃騎士団の若き騎士団長は、猫かぶりが得意であったが仲間内では年相応の態度で気安い人だ。最近は適齢期にも関わらずふらふらとしている、この好青年(猫かぶり)を様々な人が色々な手段で狙っていた。


 ある人は正攻法で「うちの娘はどうかな?」と見合いの釣書を持ってきたり、ある人はどうやったのかベッドに潜り込んで「好きにして良いのよ」なんて迫ってきたりと大人気である。それらはまだ可愛い方で薬を盛られそうになったり、サインが必要な書類に婚姻届を紛れ込ませていたりと性質が悪い人もいた。


 きっと疲れていたのだ。そこに酒が入ってあんなことを叫んだのだろう。可哀想だとは思う、女嫌いにもなるだろう。しかしだからといって、あの暴言が許される筈はない。


 密かにずっと憧れていた人から「この際だ、お前で良い」なんて言われて、嘆かない鋼の心なんて持ち合わせてはいない。決して女を出さず、真面目一辺倒のふりをして一生懸命にやってきたつもりだ。いつの間にか副団長になるくらいには頑張ってきた。いつかあの人に心から愛する人が出来たとして、仕事の時だけは隣に立っていられるように。


 ふと、傷だらけの腕が目に入る。村娘であった時だって冬には洗濯や掃除でそれなりに荒れたことはあったけれど、モンスターの噛み痕や引っ搔き傷がつくことはなかった。少しばかり魔法と剣が扱えたが為に、こんな所まで来てしまった。村娘であった頃よりも良い生活はしているが、結婚や恋愛なんて遠ざかって久しい。いや、女性の騎士は私以外にも在籍しているが、彼女たちの中には恋人がいたり既婚者である人もいる。浮いた話がないのは単純に私がモテないだけであるのだ。泣きっ面に蜂である。気付きたくはなかった。



「副団長ー! 団長がまた逃げましたー!」

「捕まえて逆さづりにしなさい」



 人が傷心であるのに、上司は今日も逃げ出したらしい。鍛錬場で部下の指導をしていた私の所へ、書類仕事が得意な入ったばかりの団員たちが本当に泣きながら走ってきた。あの人がいなくなるのは、いつものことだ。中堅の団員たちであれば逃がさないように、それこそ縄でぐるぐる巻きに縛り付けて仕事をさせるのが常である。



「私たちじゃ捕まえられません!」

「言い訳はいらないの、してきなさいと言っているの」

「そこを何とか副団長! 締切が! 締切が!」

「はあ、仕方がないわね。いいことを教えてあげます。団長の隠れ場所は主に三つ、一つは」

「あああ! 仕事したくなってきたなあ!」



 どこからやってきたのか、上司は走り込んできて私の口を塞いだ。この会話が聞こえる位置にいたのだとすれば趣味が悪い。純粋に腹が立ったので思い切り肘鉄を喰らわせたが、私は悪くない。正当防衛である。



「ふぐう!」

「あまり若い団員たちを困らせないで下さい」

「お、おま、ケイ、いって…!」

「いいですか、貴方たち。我らがネッド騎士団長には逃亡癖があるのです。書類仕事をさせたいのなら、まず縄の扱い方から学びなさい」

「はい! 副団長!」

「勉強になります!」

「そんな勉強をするな!」

「あーあー。そう言えば昨日、酒の席でどこかの上司にセクハラ発言をされたなあ。誰だったかなあ」

「さあ、君たち。仕事に戻ろうではないか」



 上司はわざとらしく笑いながら、執務室へ帰って行った。昨日思った通りである。暫くはこれで強請れる。


 しかし、やはりあの発言は酒の席での戯言だった。何を夢など見ていたのか。騎士は綺麗な手を持つお姫様に傅くものであって、その相手は同僚でも部下でもないのだから。



「そろそろ休憩に入りなさい」



 少し早いが団長たちの乱入で興がそがれてしまった。集中力が切れた状態で鍛錬なんてしても意味はない。部下たちを解散させて、私も自身の執務室へ戻った。


―――


 私は上司と違い、書類仕事を溜めることなんてない。常に綺麗に整えられた机の上がそれなりに誇らしかったりする。細工の施された大きな木の机、ふかふかの椅子。生まれ故郷の田舎の村では村長だってこんなもの持っていない。



『へえ、魔法が使えるのか。ちょっと剣を持ってみろよ。お、筋が良いじゃないか』



 当時はまだ団長でなかった上司にそう言われて、その気になるのではなかった。村の暮らしが嫌いだった訳でもなかったのに、どうして反対を押し切って遊撃騎士団なんかに入団してしまったのか。モンスター討伐を済ませ、幾つかある駐屯地に帰る遊撃騎士団があの村に立ち寄りさえしなければ、こんな思いもせずに済んだのに。


 分かりきっている、好きになってしまったのだ。平和で小さな村では魔法なんて使えた所で役立てる場所もなかった。女の子は詩集を読んで、家の手伝いをして愛らしくしていれば良かった。男の子はか弱い女の子を守ってくれる優しい存在だった。乱暴者はいなかったし、皆 長閑で温和だった。私もその一員としていつか結婚して、子どもを産んで暮らしていくのだと疑っていなかった。


 そこにいきなり現れた遊撃騎士団がどれだけ刺激的で格好良く映ったか、きっと正確に分かる者はいない。同じようにはしゃいでいた人もいれば、怖がって隠れる人もいた。それでも付いて行ってしまったのだ。それは私が決めたことだ。後悔を、していないと言い切れはしない。



『ああもう! この際だ、お前で良い! 俺と結婚してくれ!』



 あんなことを言われるなんて。いや、この際プロポーズされたと喜ぶべきかもしれない。…無理だ。あれはつまり、部下の中で後腐れがなさそうで且つ女だと思っていないから出た発言だ。



「(そもそもネッド団長、女性不信だし)」



 巷ではもしや男色の気があるのではと噂されているくらいである。それはそれで良い、と一部の方々には好評だ。…女性が好きであろうと男性が好きであろうと、そのどちらでもなくとも良い。問題は、本当に、一切、何とも思われていない自分自身である。


 有能な部下であるようには振舞っていたつもりだ。それがあんな風に言い捨てられるような関係であったのだ。丁度良いから女よけになれと言われたのだ。私の気持ちなんてあの人はどうでも良いのだ。


 勝手に好きになっておいて、しかもなんのアピールもしていない癖に言いがかりも甚だしいが、それでも辛い。一生を遊んで暮らせる程の貯金はないが、すぐに困らないくらいの蓄えはある。いっそのこと騎士団なんて辞めて、誰か私をお嫁にしてくれる人でも探しに行こうかな。



「退職届ってどう書くのだったかしら…」



 ため息を一つ吐いて、書類を手に取った。決して急がない書類をチェックしてサインを書く。すぐに終わる作業である。これが終われば仕方がないので上司の執務室にも顔を出さねば。仕事は仕事である。副団長になれた時はあんなに嬉しかったのに、今はただただ胸が重い。重しが載っているようだ。立つ前からこんなであるから、きっと足取りも重いのだろう。気取られないように気持ち早めで歩かなければ。



「勘弁してください」



 何故、いる。



「…あら、ネッド団長。お仕事は?」

「済ませました。もうサボらないから、本当に辞めないで下さい」



 暑いからと扉を開けていたのが不味かった。退職届うんぬんの辺りを聞かれてしまったらしい。上司は泣き真似でもするように顔を覆いながら、酷く哀れっぽい声で話した。



「俺が悪かった。もう二度とセクハラとかしないから、本当に。殴ってくれていいから」

「私に嗜虐趣味はないのでお断りします。それにちょっと口から零れただけでしょう、何の問題もありませんよ」

「本当か、本当に辞めないか」

「とりあえず今は」

「嘘だろう、ケイトがいなくなったら俺どうしたら良いんだよう」

「え、知ったことじゃない」

「本音を言うな、泣くぞ」



 上司は書類を持ってきたようだった。この位なら部下にさせればいいものを、面倒な人に面倒なことを聞かれてしまった。


 軽口を叩いている内は、ただ憧れていた時に戻れたようだった。いつからだっただろう、彼に近寄る綺麗な女性たちに嫉妬し始めたのは。そんな風になれないと嘆く癖に告白する勇気も、綺麗になる努力もしないで剣と魔法の腕ばかり磨いて。



「なあ、まさか男か。男なのか、誰だうちのケイトを唆した屑は!」

「…何でもかんでもそういう話題に持って行くのもセクハラだと思います」

「すみません…。え、じゃあなんだ、仕事しんどい? 相談に乗るよ?」

「そうですね。上司が書類をぎりぎりまで放置するので、処理が大変で」

「面目次第もない…」



 この仕事は、きっと私に合っている。自分でいうのも何だが、あんな長閑な村で生まれ育ったのに、剣にも魔法にも才能があった。自身の腕だけでモンスターと渡り合うのだって、恐ろしさよりも高揚が先立つ。小さな村であったけれど、教育はしてくれていたから読み書きにも困らなかった。そのおかげですぐに役職が当てられたし、やりがいもある。問題はこの男だ。私に必要がないのは、この無駄に痛む恋心であった。



「さあ、もう終業時間ですよ。私は帰ります」

「飲みに行こうぜ、ちょっと話を」

「帰ります」

「ハイ…」



 にこりと笑いながら圧をかけると、上司はしょぼくれながら出て行った。一人でも熊とやり合う背中が丸まっているのは少し面白い。ざまあみろと思う私は、大分性格が悪くなった。


―――


 帰るといっても、この駐屯地は仕事をする為の棟の横に寮が併設されている。既婚者などは転移魔法で自宅まで帰る人もいるが、そうでない者は大体この寮に住んでいる。緊急事態にも対応しやすいし、何より家賃が安い。とても大事なことだ。



「あ、パン切らしてた…」



 仕事でもなく、約束もしていないのに夕方からわざわざ買い物に行くのは好きでない。好きでないが、行かねばならない。空っぽの棚をそのままにしていたのは自分なのである。騎士なんて体力勝負だ、特に今は一食抜くと嫌なことばかり考えそうでいけない。


 騎士服のまま出歩きたくはないが、部屋着で行く訳にもいかない。仕方がないので、久しぶりにワンピースをクローゼットの奥から取り出す羽目になった。上手い具合に傷痕が隠れるので気に入っているが、そうそう着る機会もないそれに袖を通したのはいつ以来だろう。


 ほんの少しだけ気分が乗ってきて、普段は口紅だってしない顔に化粧をした。髪の毛も整えてしまって、ちょっとパンを買いに行くような感じではなくなってしまった。全身鏡に姿を映すと、その辺に歩いていてもおかしくない普通の女性が立っている。



「…飲みに行くか」



 さすがにこの格好でパンだけを買いに行くのはおかしい。上司の誘いを断っておいてなんだが、一人でも入れるお洒落なバーにはあの人は向かないし良い。この装いも大衆酒場には向かない。


 沈んでいた心がいつの間にか上向いてしまうのだから、私も結構安上りなのだ。つまらない失恋にはお洒落と美味しい酒が効きそうだ。まだ夕方だから明日のことを考えても十分ゆっくり飲めるだろう。足取り軽く寮を出て、それを瞬時に後悔した。



「ネッドさん、今日こそ私とデートして下さい!」

「礼儀を知らない女は嫌ですね。ねえ、ネッド様。私のお店に来て頂けたら素晴らしい夜をお約束いたしますわ」

「化粧ばっかり濃いおば様はお早くお店のご準備をされた方がよろしくてよ。騎士団長様、本日はわたくしの父が是非ご招待したいと」

「いや、自分は行く所がございまして」

「ご一緒しますわ!」

「いえ私が!」

「引っ込んでなさいよ!」

「何よ!」



 メインストリートで逆ナンをするな! 単純に道を塞いでて邪魔! 見ろ中央の騎士団長様のお顔を! もう返事すら諦めてなすがままに空とか見だしてるじゃない!


 こういった場面に遭遇するのは一度や二度ではない。心優しい団員たちが宥めて助け出してくれる時もあるが、あまりの頻度に基本的にはほったらかしにされている。遊撃騎士団にはいくつかの駐屯地があるが、どの街に行ってもこうだ。


 一人で出歩くとああなるので、基本的にはいかつい部下たちを引き連れていることが多いが、仕事終わりに毎回部下を連れ歩くこともできずに結局こうなる。一般市民に強く言うこともできないし、下手に振りほどいて怪我をされても困る。


 仕方がない、腹を括ろう。嫌われ役には慣れている。



「ネッド団長」

「え、お゙!?」

「ヤダ、何よ。順番も守れないの」

「申し訳ございません、お嬢様方。昨日に引き続き騎士団内で会合がございまして」

「え?」

「はあ? だから何なのよ! 今大切な話してるの見て分かんないワケ!?」

「ええ、分かりかねます。ではごきげんよう」

「え、ちょっと!」

「何よ、あの女! ネッド様ー!」



 女性陣に割り込んで、上司を回収する。我ながら手慣れたものである。ほとんど走っているような早歩きで、メインストリートを抜けると追ってくる気配もなくなった。これをやると後々恨まれて面倒であるから、本当はやりたくはないけれど放っておくこともできない。ああ、早く酒が飲みたい。



「一人でうろつくのなら、変装とか考えて下さいませんか。それかもう少し上手いあしらい方を学ぶとか、自分の上司が女性に囲まれて狼狽えている姿なんて誰も見たくないんですからね」

「ケ、ケイト、だよな? どうした、その、どうした?」

「私の方がどうしたって聞きたいのですが。はあ、もう結構です。ここまで来ればもう大丈夫ですから、一人でちゃんと帰るんですよ」

「待て待て待て待て、待てって!」



 焦った様子の上司に立ちふさがられる。メインストリートを抜けてしまったから見咎められることはないだろうが、傍から見れば女性の行く手を阻む迷惑行為にしか映らないだろう。何にせよ早く酒が飲みたい私は苛立っている。



「何なんですか、鬱陶しいなあ!」

「本音は止めろとあれほど! どこ行くんだそんな格好で!」

「そんな格好って…」



 目も当てられないような格好をしていただろうか。ちゃんと身だしなみは確認したし、このワンピースは流行に左右される形ではない。化粧だっておかしくなかった、筈だ。



「何かおかしいです?」

「いや、かわい、い、うん。じゃなくてだな」

「お世辞は結構。何が仰いたいのです」

「だから、どこに行くのかって聞いてるんだ」

「何で上司に終業後の行き先を告げないといけないんです」

「そんな格好で、夜にふらふらしたら危ないだろう!」

「危なかったのは貴方です!」

「…返す言葉がない」

「本当に気をつけないと、近い将来ぺろっと食べられますからね」

「怖いこと言うなよ…」



 上司は顔を青ざめるが事実、近しい被害には遭っているのだから本当にもっと警戒をして欲しい。ああいう風になった人間は男も女も関係なく危険だと思う。力の差があるから男性が迫られる場合はどうにかできる場合もあるだろうが、力の差がある分抵抗がしづらいこともあるだろう。特に騎士団長が一般市民を怪我させたなんてことになったら、彼の経歴にとんでもない傷がつく。中にはそれを計算に入れた上で、家族ぐるみで動いている人だっているから厄介だ。…ちょっと、可哀想になってきた。



「あんまり酷いようなら被害届を出しましょう。効力は少ないかもしれませんが、ないよりはましかと…」

「考えておく…。が、あの人たちの親がなあ…」

「権力者なんでしょう。しかし被害届を出されるような醜聞がつくのは嫌がるのでは?」

「まあなあ…。いざって時はちゃんと動くさ。…いや、そうじゃなくてだ」



 いつの間にか手首が握られている。この握り方をされると抜け出しにくいんだよなあ。しかも今は動きにくい格好をしているし、大立ち回りはできない。…? 何で掴まれているのだろう。



「どこに行くんだって聞いているんだ。まさか、俺に言えないような場所に行くつもりじゃないだろうな」

「言えない場所って逆に何なんです」



 別に飲みに行くとだけ答えればいいのだが、何となく反発してしまった。仕事終わりに飲みに行く誘いを断ってもいるし、これから一人で飲みに行くんです、とは若干言いづらい。答えが気に入らなかったらしい上司が眉間に皺を寄せるので、返答を間違えたことをすぐに理解はしたが、出て行った言葉は戻らない。



「やっぱり男か、そいつに何か言われたから辞めるなんて言いだしたのか」

「やっぱりって何です。そもそも辞めるなんて言ってませんし、そんな人もいませんよ」

「じゃあ何でいきなりそんな格好して夜に出歩いているんだ」

「夜って、まだ夕方で…」

「これからは夜になるだけだ」



 あまりにも押しが強い。一体 何だと言うのだろう。けれど、気分は悪くない。やはり手放すには惜しい有能な人材だと思われているのかもしれない。そうでしょうとも、私のように魔法も剣も扱える騎士なんて少ないのだから。…ただの部下としてくらい大切にしてもらわねば割にあわない。



「ん? ネッド団長、何をお持ちなんですか?」

「話題を変えようとするな」

「あ、角のケーキ屋さんのアップルパイじゃないですか」

「…お前な」



 呆れたようにため息を吐かれるが、こちらの台詞だと怒鳴ってやりたい。綺麗なお店で小さなグラスに少しだけ入れられた美しいアルコールを飲むのはもう諦めよう。そんな気分ではなくなったし、私もアップルパイが食べたくなってきた。パンとアップルパイを買って家にあるワインでも飲もう。間に合うかな。もう陽は沈む寸前で、夜と称するにふさわしい空だ。



「私もアップルパイが食べたくなってきたので、今日は帰ります。お店が閉まると困るので放して頂けますか」

「…」

「団長」

「アップルパイならこれをやる」

「いりませんよ、人のなんて。ホールですよね、それ。ネッド団長が全部食べることなんてないんだから、どこかへのお土産でしょう。もう行かれたらどうですか」

「ケイトの所へ行くつもりだったんだ。お前が貰ってくれないと困る」

「ああ…」



 昨夜のお詫びのつもりだったのか、であれば有難く頂こう。暫くあのネタで強請るつもりではあるが、それはそれ、これはこれ。一応これで手を打っても良い。所詮は実る予定も勝算もない恋の残骸が痛んだだけなのだ。それに、角のケーキ屋さんのアップルパイは美味しい。ワンホールくらい余裕でいける。



「そういうことなら頂きます!」

「お前これ好きだよな」

「ええ、大好きです。ふふ、覚えていたんですか。部下思いですね。またお願いします」

「…で?」

「で?」

「どこで、誰と会う予定だ?」

「だから、そんな予定ないって言ってるでしょう」



 くれると言ったアップルパイはまだ上司が持っている。更にまだ腕は掴まれたままである。今日の上司は本当にしつこい。こんなネチネチした性格だっただろうか。



「私、帰るって言いましたよね、今。そんな予定があれば帰るなんて言いませんし、アップルパイの箱持って行こうなんてしません」

「一旦寮に戻って俺をまいてから、そいつに会いに行こうとしているんだろう」

「…何を言ってるんです」

「俺の方が言いたいよ、何でだって! 今までそんな素振りなかっただろう!」



 開いた口が塞がらない。何の時間なのだろう、これは。そもそもどうして私は責められているのだろう。意味が分からなくなってきた。



「例えばネッド団長が仰るように、私が本当に男性と会っていたとして何の問題があります?」

「問題しかない!」

「怒鳴らない!」

「っ、…すまん」



 鍛錬や説教や討伐時に熱くなった上司を正気に戻すのは私の役目だ。犬の躾をしているようなものだと思っているのは内緒である。上司は気まずそうに暫く視線を泳がせた後、射貫くように私を見た。手合わせをする前のような緊張感が、背筋を這う。



「ケイト、お前は、遊撃騎士団の副団長だ」

「ですね。何です? 副団長は恋人を作ってはいけないと?」

「そ、そうではなくて、だな。…お前、前に言っていただろう。強くて格好いい男が好きだって」

「…はあ」



 言っただろうか、そんなことをこの人に。憧れの対象である目の前の上司に、そんなことを言うだろうか。酒の席で零してしまったのだろうか、いや、私はいくら酔っても記憶はある性質だ。そんな迂闊なことをもし言ってしまったのなら、きっと覚えている筈なのだ。



「言いましたか…?」

「言った。確かに言っていたし、俺は聞いた」

「それで?」

「お、」

「お?」

「俺より格好よくて強い男なんてこの辺にはいないだろう!?」

「何だ、こいつ」

「心の声を出すな!」



 つまりあれだろうか、自分が一番強くて格好いいのだから私も上司に惚れてないとおかしいと。確かに、好きではあるが、その考え方は腹が立つ。強くて格好いいというだけで、恋をした訳ではない。それはただのきっかけに過ぎなかった。



「つまり私にも先程の女性たちのように振舞えと」

「そうじゃないだろう。…ああ、何で分からんのだ」

「分かる訳がない」

「心の声はしまえ。…なあ、俺が先に見つけたんだぞ」

「分からないので、結論を仰って下さい。何なんです」



 もう帰りたくて仕方がない。お腹が空いたしアップルパイも食べたい。パン屋さんはきっともう閉まってしまった。明日だって早いのだ。折角お洒落をして、少し上向いた気持ちがもうずっと下を向いている。折角久しぶりにワンピースを着て、化粧だってして髪も整えたのに全部台無しである。ああでも、お世辞であったけれど可愛いとは言って貰えた。…あんなので喜ぶなんて、やはり私は安上りである。



「絶対に俺の方がケイトを好きだ、その上で強くて格好いい。どんな奴かは知らんが、そんな奴より俺の方が絶対にお前を幸せにできる」

「…」

「どこの馬の骨なんだ、そいつは。本当にそんな奴が良いのか、俺の方が強くて格好いいのに?」

「いや、え? …何か拾い食いでもしましたか、駄目ですよ。変なキノコ食べちゃ」

「食べとらん」

「昨日の当たりが悪かったかしら…。医務室に行きましょう、歩けますか?」

「ケイト」

「いや、信用がならない」

「ど、どのくだりが? こんなに誠意を持って告白をしたのに!?」



 この気安さというか、軽薄さというか、雰囲気全てに信用がならない。この掴み所の無さも人気の一つであるし、私も嫌いではないがそういう話ではない。どうしよう、本当に昨日の打ち所が悪かったのかもしれない。いや、私に恋人がいると焦ってこんな嘘を? そこまでしてまで、副団長にいて欲しいのか。さすがに怒っていい案件、だろうか、喜ぶべきだろうか。判断が難しいが、とりあえず掴まれていない方の拳を握りいつでも殴りかかれる準備を整える。



「俺は本気だ、ずっとケイトが好きだった! あの村からお前が出られるように村長とお前の両親に直談判したのだって、正直、下心だった!」

「え、最低」



 この嘘はどこまで続くのだろう。ちょっと楽しくなってきたかもしれない。



「さ、最低、でもいい。俺は、ケイトが強くて格好いい男が好きだって言うから、騎士団長にまでなったんだ。お前が今から会おうとしている男にそんな気概があるのか。俺を倒せる男だとでも言うのか」

「へえ」

「真剣に聞け!」

「聞いてますって」



 上司の演技力がこんなに高かったとは知らなかった。次の予算会議では頑張って頂こう。



「ケイト、俺は本気で」

「私、昨日酔った上司に『この際だ、お前で良い!』とか言われたんですが」

「あ、あれは」

「あれは?」

「ケイトの、反応が、見たくて…」

「いやいや、普通、そんなに好きな人にあんなこと言わないでしょう。すごく嫌な気分でしたが」

「すまない…」



 うわあ、捨てられて雨に濡れたような顔する。本当に俳優か詐欺師になれるな、この人。でも、もういいかな。



「もう別に怒ってないですし、今日は本当に気が乗ってワンピース着ただけです。化粧も髪も本当にただの気まぐれです。ネッド団長の誘いを断った手前、一人で飲みに行くって言えなかっただけで、誓って誰かと約束なんてしていません」

「ほ、本当か。嘘じゃないな」

「騎士の誇りに誓って、嘘は申しません。ですから」



 もう嘘はお腹いっぱいだ。遊撃騎士団の副団長なんてやってはいるが、その中身はおぼこい村娘のままの私に仮初めのお遊びは楽しめない。この遊びに乗ってしまって、しばらくの間この人の隣にいられたとしてきっと後が辛いだけだ。



「じゃあ俺と恋人になってくれるな」

「え」



 どうしてそうなった、といつものように思ったことをそのまま口にしようとしたのに、ぐいと肩を引き寄せられて言葉に詰まる。



「ちょ」

「近くに良い酒場がある。裏路地だからあまり知られていないんだ」



 連れて行かれた先は、落ち着いた雰囲気のこぢんまりした酒場だった。次から次へと渡される綺麗なアルコールはどれも美味しくて、あれ、



「もう酔ったのか、可愛いな」



 あれ…?



「その服、よく似合っている。いつもの団服もきりっとして綺麗だが、そういう装いもいいな。今度俺にも贈らせてくれ」



 あ…?



「可愛い、可愛いな。大丈夫だ、何も心配はいらない」



 ?


―――


 どんなに酔っても、記憶が残ることがこんなにも辛い。あらぬ所ばかり痛むのも辛い。



「起きたか? 突然だが、今日は休みだ。ゆっくりしていいぞ」

「…う」

「紅茶をどうぞ、俺の可愛い人」



 諸悪の根源が優雅に紅茶なんて持ってきやがった。投げつけたくなるのを、一生懸命に堪えなければならなかった。紅茶が美味しいのにも何だか腹が立ってくる。



「積年の想いが叶ったから自制がきかなくて、悪かった。色々とその、痛むだろう? 今日はいくらでも俺を使ってくれ」

「お酒を使って、あんなことするなんて、ちょっと見損ないました」

「そう言ってくれるなよ。だって、ケイトお前」



 ちう、と唇を吸われる。昨夜の記憶が怒涛の勢いで押し寄せてきて、頭が弾けてしまいそうだ。



「俺の言うこと、一切信用してなかっただろう」

「だ、あっ、な!」

「こういうことにはきっと勢いも大切だったんだ。いつまでも俺がうじうじしていたのが悪かったな。ケイト、愛している」



 これは何だろう、夢だろうか。それにしてはやはりあらぬ所が痛い。



「今なら俺、単騎でワイバーンの群れぐらいなら潰せそう」

「どういう理屈ですか、それ」

「幸せで力が漲っている状態? 俺の恋人が可愛すぎて何でもできそう」

「う…」

「腹減ってないか。昨日のアップルパイはあるが、食べたい物があるなら買ってくるぞ」

「ア、アップルパイで…」



 リップ音を立てながら、私の顔中にキスをするこの人は一体 誰だろう。私の上司はもっとこう、やればできるのにいつもはだらけてばかりの人で。



「分かった、用意してくるな」



 心臓があんまりにも煩くて痛い。顔が熱い。原因がキッチンに向かったらしいので、その間にどうにか落ち着かせようと深呼吸を試みるけれど全く上手くいかない。落ち着かないと、大丈夫、私はこの若さで遊撃騎士団の副団長にまでなった女。冷静さにはちょっと自信が。



「ケイトの心の準備ができたら結婚しような、とりあえず指輪は次の休みに買いに行こう。どんなのが良いのか考えておいてくれ」



 ああでも、ケイトの親父さんにまた殴られるな、なんて声がキッチンの方から聞こえてきて。


 ああ、ああ! 何がどうしてこんなことに!

読んで頂きありがとうございました!


 一目惚れしたのはネッドの方。村娘だったケイトは遊撃騎士団の人が全体に格好いいなあ、という憧れを持っただけ。

 可愛い娘がいる! こっちに興味ありそう! しかも騎士に向いてそう! となり、ネッドが勧誘してケイトは騎士団に入りました。この一連の流れを知っている人もいます。

 しかしネッドはいざとなるとヘタれてしまい、中々告白ができませんでした。ケイトは告白するつもりすらありません、絶対に叶わないと決めつけていました。


 お酒に酔わせてのゴールインでしたが、無理強いはしていません。(現実ではしてはいけません。)

 ケイトは信頼できる人とでなれけば酔うほど飲みませんし、恥ずかしがっているだけで決して嫌ではなかった。

 感情の処理が終わったら、ネッドに群がる女の人くらい「その人、私にしか興味ないので」とか言ってくれる。


 ここまで読んで頂きありがとうございました!


 大変恐縮ですが、よろしければブックマーク・評価などして頂けるととても嬉しく思います。よろしくお願い致します。

 また、既にブックマーク・評価・コメント・誤字報告などして下さった方、いつも本当にありがとうございます! 皆様の温かな励ましのおかげで執筆活動を続けることができております。

 大変申し訳無いのですが、作者は文字でのコミュニケーションに不安がある為に、コメントには返信を致しておりません。ですがとても嬉しく思っております。本当にありがとうございました!


 今回、『遊撃騎士団副団長の恋の行方』が題名を変えまして『騎士団長、そのプロポーズはありえません!』として加筆修正し、PASH!ブックス様より2022年10月07日書籍化します。短編とは異なる箇所もありますが、その違いも楽しんで頂けると幸いです。よろしくお願いします。


21/8/28日間異世界〔恋愛〕及び総合ランキング1位

21/9/2週間異世界〔恋愛〕1位

ランキングにお邪魔致しました。

私事ですが週間1位は初めてでした、本当に嬉しいです。

皆様のおかげです!ありがとうございました!



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