98 王城にて 2
「あーっ!ビーちゃーーーんっ!?」
聖女たちの居間に入ると、先ず希がハニー・ビーに抱きついてきた。
「ノゾミねーさん、久しぶり、元気そう」
「元気よ――っ。ビーちゃんも元気ね?翔馬に無体なことされてない?意地悪されてない?迷惑かけられてない?」
「無体な事も意地悪もされてないけど、迷惑は被ってる」
「えっ、ビーちゃん!?」
ハニー・ビーの言葉に慌てたのは翔馬だ。ただでさえ勇者である翔馬より強かった聖女の希が、騎士団の訓練に混ざってどれだけ強くなったのかを、自分の体で確認する羽目にはなりたくない。
「でも、楽しい旅だった」
その言葉で逆立てた柳眉が下がった希を見て、翔馬は胸を撫でおろした。問題発言をした当の本人は知らん顔である。
「ハニー・ビーさん、おかえりなさい。元気そうでよかった」
次に声を掛けたのは華だ。
「ハナねーさんも久しぶり。なんか、すっごく元気そうだね?」
ハニー・ビーは目を見張って華を見た。召喚当初は俯いて小さな声しか出さなかった華は、ハニー・ビーらが城を出る前には明るく元気にはなっていた。だが、今の彼女は半年前の彼女を知っているものから見れば別人に見えるだろう。
自分の考えを口にするようになったが、やはりどこか自信なさげで他人に顔色を窺っていた彼女だったが、今は目に力があり堂々と胸を張って立つ姿には品格がある。
「ええ、すっごく元気なの」
にっこりと微笑むその顔には、どうせ自分なんかと拗ねていた谷崎花子の面影はない。今の彼女は聖女の華だ。
「華ちゃん、見違えたよー。なんかあった?」
「特に何があったと言う訳じゃ無いんですけど、なんか、吹っ切れたんです。あっちでいじけてた自分が嘘みたいに、息をするのが楽です、今は」
「よかったね、ねーさん」
「ありがとう。……今更だけど、私もビーちゃんって呼んでもいい?」
「ん」
最後に樋口がハニー・ビーと翔馬を迎えた。
「お帰り。楽しかったかい?」
「ばーちゃん、久しぶり。旅は楽しかったよ。ばーちゃんも楽しかった?」
「あははは。そうだね、聖女様なんてガラじゃないけど、あちこち回って誰かの助けになるお役目は、やっぱり楽しいさね」
誰かの役に立ちたいと産婆の道を選んだ樋口である。聖女の役目も心から受け入れているだろう。
「希ちゃんに彼氏が出来たって聞いたけど、華ちゃんとばーちゃんは?」
翔馬の言葉で希が真っ赤になった。
「だ……誰にそんな事……って、ガーラントさんかーっ」
「翔馬さん、凄いんですよ、希さんとクリソプレーズさんってもう、人目も憚らず……」
「ちょっ、華ちゃん!?」
「もう、ほんと、リア充爆発しろって感じですから」
「華ちゃんも、言うようになったねー」
たかが半年、されど半年。この地に喚ばれた当初のぎこちない関係から本当に友人になった様子の希と華である。
「そのうちにおめでたい話も聞けるんじゃないかと期待してるさ。そん時はあたしが取り上げ婆をしてやるからね」
「もうっ、おばあちゃんまで!」
残念ながら華と樋口には艶めいた話はないそうだ。樋口は「この年でそんな話がある訳ないだろう」と言うし、華は「いまはそういう事を考えるの面倒くさいです」だそうだ。
もちろんハニー・ビーと翔馬にも恋人どころか思う相手すらいないので、被召喚者チームで華が言う「リア充」は希だけとなるが、文句を言う割に華は楽しそうである。
「で、ビーちゃんと翔馬はもう旅が終わりって事でいいの?」
話題を逸らすためもあるが、二人が城に戻ってきたことが嬉しくて希が聞いた。
「ん?んー、終わりって言えば終わり、かな」
煮えきらない返事に希が首を傾げると、ハニー・ビーが翔馬を見た。
別れの挨拶をしたいと言ったのは翔馬なので、説明は翔馬に任せる気だ。
「あー、えーと、旅は終わりなんだけど、お別れのあいさつに?」
「意味わかんない」
「だよねー」
別れの挨拶をすると決めた翔馬だが、いざとなると言い難そうに眉を寄せて視線を逸らす。
「にーさん?」
「あー、うん、大丈夫」
言いよどむ翔馬は希たちに胡乱げに見られて身の置き所なく身じろぎすると、覚悟を決めたように一度深く呼吸をした後に言う。
「ビーちゃんが故郷に帰るんで、俺も付いて行く事にした。だから、お別れなんだ」
「え?」
「ビーちゃんの故郷って……帰れるんですか?」
「そりゃ……いや、驚いた」
「ん。今まで言わなかったのは、あたしは自分の故郷に戻れるけどニホンにばーちゃんやねーさんたちを帰すことは出来ないから。ホントは一人でこっそりフェードアウトしようと思ってたんだけど、にーさんが付いてくるって言うし、お別れを言いたいって言うから」
「俺は勇者で聖女じゃないから、ここでの役目もない。ビーちゃんの故郷に行ったって無いけど。それでも、俺はそこに行くって決めた。みんなが頑張ってるところから一抜けっての申し訳ないけど、行くことは確定。もう会えなくなるけど、元気で。遠い空から応援してるから」
きっぱりと揺るがない決意で言う翔馬を、希たちはかける言葉も無く見つめた。
自分たちは望まれた聖女で翔馬は手違いで呼ばれた勇者。
召喚は失敗だと言われた翔馬はどんな気持ちだっただろう。
聖女の浄化行脚に付き添っていた時の彼は、聖女に対して何を思っただろう。
いつも笑顔で人当たり良く、優しく度量の広い翔馬だが、思う所が無かったわけはないだろうと、今更ながら聖女たちは思った。
もちろん、それは彼女たちの責ではない。
責があるとするならば……。
ガーラントは、翔馬の決断を目の当たりにして、ただ、声も無く涙を流していた。
止めることも責める事も出来ず、ただ、涙を流していた。




