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90 海を見に行こう

 褒められ慣れていない訳ではないが、純粋すぎる賞賛に身の置き所が無いハニー・ビーは強制的に話を解毒薬に戻した。

 彼らにはいったい自分がどう見えているのか、どんなフィルターがかかってキラキラしい人格者になっているのか、実はあたしじゃなくて他の人の話なんじゃないかと考えを巡らして、ハニー・ビーは精神的に随分と疲れた。


 ランティス人はストレートな人間が多くて、好意も悪意もあまり隠すという事をしないし、賛美の口上も罵倒の台詞も直接相手に伝えるところがある。


 翔馬はランティス人ではないが、やはりこの国に向いているんじゃないかと思うハニー・ビーだ。



 ハニー・ビーは先ず収納から出してサンプルとして各種素材に加工法のメモを付けた。

 その後、煎じたり刻んだりすり潰したりは時間がかかるからと魔法で省略。薬研や石臼、乳鉢や乳棒など必要な道具と工程のメモを取らせる。


 時間のかかる下処理だけ魔法で済ませ、調薬は実際にアリウス達と一緒にやってみる。


「オイゲンは細かい作業に向いてる。器用だね」

 何故か、オイゲンも参加である。


「フランネ、アリウスの力を増幅させて。アリウス、それを混ぜながら付与魔法。にーさん、興味があるのは分かったから覗きこんで邪魔しない」


 翔馬は調薬に手を出すことはないが興味はあるようで、オイゲンやアリウス、フランネにハニー・ビーが指導する度に覗きこんで「へー」と感心したり「おお」と驚嘆したりと、はっきりいって邪魔をしているとしか思えない。オイゲン達は邪険にしたりはしないが、ハニー・ビーは鬱陶しそうにしっしっと手で追いやろうとする。


「ビーちゃんも凄いけど、みんなも凄いねー。集中力半端ないし」


 翔馬の妨害とも思える行動をものともせずに調薬と付与をものにしようとしている三人に、翔馬は称賛の声を上げる。


「にーさんが邪魔しなきゃ、もっと集中できると思う」


 ハニー・ビーの小言は聞かなかったことにして、翔馬は一々彼らの様子を覗きこんでは感心しきりである。


 ともあれ調薬は順調に進み、丸薬になったところでハニー・ビーが鑑定をかける。無事に解毒薬が完成したことを告げると、肩の力が抜けた三人がホッとしたような笑顔になった。


「ありがとうございます、魔女様」

「んーん。お父さん、良くなるよ。あとは栄養状態の改善と、病んでる期間が長かったからゆっくりとリハビリ。焦らずに」

「はい、希望が見えてるから焦りません」

「ん」


 オイゲン達に乞われ口頭でもう一度調薬手順を説明し、書き付けた内容をハニー・ビーに確認してもらうと、アリウス達は再度礼を述べる。ハニー・ビーがもういいと言っても何度も何度も頭を下げ続けたので、少々閉口気味となったが。


「じゃ、そろそろ行こうか、にーさん」

「おお、今度こそ海を目指して」


 この町が今後どうなるのかまでは勇者も魔女の与り知らぬことである。


 ハニー・ビーは「正義の味方でも、お母さんでも、便利な道具でもない」と国王に言った事がある。ひょんなことから関わりは持ったが、手を引いて道を指してやり、一切合切の面倒を見てやる気は最初からない。


 オイゲンとアリウス、フランネに別れを告げ、魔女と勇者はまた旅に出る。


 翔馬を背に乗せたクラウドが嬉しそうに嘶き、ハニー・ビーを乗せたライも繰り返し振り向いては耳をくるくると動かしているのでご機嫌のようだ。


 二人と二頭は海を目指してのんびりと進む。


「ビーちゃんは魚好き?」

「ん?食べる方?飼う方?」


 ハニー・ビーの世界の一部で、大きな水槽で観賞魚飼う事が流行っている。ハニー・ビー自身は仕事であちこち動く独り者なので、生き物を趣味で飼うことはない。


「食べる方!」

「んー、まぁまぁ、かなぁ」

「そっか。俺は海沿いの町で育ったんだけど、漁港が近くてね、魚市場の傍の飯屋とか朝市の屋台とかでよく食べってたし、肉も好きだけど魚が日常だったんだよねー。こっちに来てあんまり魚を食べる機会が無かったから楽しみで」


 出来れば刺身が食べたいところだと翔馬は言う。以前に召喚された聖女様のおかげで醤油や味噌があるのは有難いが、米は聖田とやらで育てられていて王侯貴族しか食べられないと言うので、海鮮丼は無理だなぁ、とちょっと残念に思う。


「刺身って生の魚だよね。師匠が好んで食べてたからあたしも食べたことあるよ」

「おお、マンティコアお師匠さんは刺身が好きかー。あ、お師匠さんは飲む人?日本酒……ってか、米から作ったお酒ある?」

「ん、米酒あるし、師匠は飲兵衛」

「やっほー、是非ご一緒したい。で、ビーちゃんの子どもの頃の話とか聞くの。楽しみだー」

「……」

「ん?嫌?ビーちゃんは小っちゃい頃も可愛かっただろうなー、写真とか無いかな、動画だったら尚よしなんだけど……あっ、ビーちゃん、アレ!」


 翔馬が指さした先で、痩せこけた少年が数人の男に囲まれているのが見えた。


「……にーさん?」

「ビーちゃん、行くよ!」


 言うなり翔馬はクラウドを走らせる。


「……にーさん?」


 揉め事を見つけて駆けつける翔馬を見て、ハニー・ビーは嘆息する。

 翔馬は勇者だから仕方ないのだと肩を落として思う。


「あたしは魔女だから、にーさんみたいに”困っている人を助けなきゃ!”ってのは無いんだけどなぁ……」


 見てみぬふりが出来ない翔馬の後を、仕方なくハニー・ビーは追った。


 海を見られるのは一体いつのなるのだろうと思いながら。




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