09 渡りかけた橋 3
「騎士のにーさん、何してんの?」
ハニー・ビーが机の引き出しや書棚を漁っているトティに声を掛けたのは、幼子から十代の少年少女まで総勢6人を一部屋に集めた後だった。
「こいつらの悪事の証拠を集めてる。油断していたのか狡猾なのか、取引相手のサインが入った書類がきちんとファイルに纏めてあらぁ。ぐうの音も出せないほどの裏付けだ」
「んで?おにーさんは、それをどうすんの?」
「決まってる!司法局に提出して裁いてもらうんだ!」
ハニー・ビーに付いて屋敷に入った時には青白い顔をして震えていたトティだが、今は真っ赤な顔をして怒りで身を震わせていた。
「ふーん。あたしじゃ分かんないけどさ、その書類にあるサインって、結構お偉いさんのとかもあるんじゃないの?そういうのがバックに付いていて一騎士のにーさんが告発?通報?しても、潰されて殺されて終わりになる未来しか見えんなー」
「そ……そんなことはないっ」
「ま、あたしは結局ヨソ者でこの国に義理も恩もないし、ムカついたから潰してやろうと思っただけだし」
あとは慰謝料徴収。この子らの分も貰っておいてやろう。集めた6人を見やりハニー・ビーは思う。
トティは騎士だと言うからその目の前で漁ってああだこうだ言われるのは面倒なので、ハニー・ビーは彼が居なくなってから徴収するつもりである。本人は徴収と言っているが、傍から見ればただの窃盗・略奪である。当然、犯罪だ。
「関係ないっちゃーないんだけど、あたしがやりかけたことに対して邪魔が入るのは面白くない」
上層部の闇を指摘されて俯いたトティを見て、ハニー・ビーは肩をすくめた。彼が命を賭して公訴しても、癒着している者の位によっては簡単に握りつぶされてしまうであろうことは予測できる事である。
「あたし、お偉いさんに伝手が無いこともない、こともない訳でもない」
「え?どっち?」
「多分、偉い人だろうなーという感じの人を知ってる。その人は多分、あたしのお願いを聞いてくれる」
「伝手があるって――ことでいいのか?」
問われたハニー・ビーは腕組みをして「うーん」と考えている。頼りないことこの上ないと思いつつ、トティは再度尋ねる。
「ま、ね。あたしの流儀では、かかってこいや、悪党ども!その身で罪を償え!あたしが償わさせてやる!ってトコなんだけど、あの子らの先々を考えたら、ここを根城にしていた奴らはきちんと裁かれた方がいいってのは分かる。しょうがないから流儀を曲げてもいい」
「だが、お嬢さんの言うように、この件はお嬢さんには関係ない。その伝手を使う事でお嬢さんに不利益は無いのか?オレはこの国の騎士として、身命を賭けて罪を告発する。だから、手を引いてくれていい」
「ふうん?結構、骨があるんだ、おにーさん。ま、いいよ。思うようにやって見なよ。でも、駄目だと思ったら命を落とす前に撤退。命がありゃ巻き返せるけど、死んだら終わりだからさ。何も成せずに死んで、自分は騎士の本分を全うしたと自己満足で完結するほど情けない事ないし」
「――情けない……か、そうか、うん、そうだな」
騎士として正しき道を進んで死ぬ――美談に聞こえるがそれはただの無駄死にだとハニー・ビーに言われ、トティは考える。確かに無益の死に意味は無い、のだろう。死を恐れるな、騎士の矜持は命より重いとの教えを心に刻んできた身には簡単に受け入れられる主張ではない筈なのだが、何故か胸にすとんと落ちた。
「ところで、飲まず食わずの限界ってどの位だろう?」
「あ?」
「にーさんが告発してうまくいったとして、捕縛しに来たときには犯罪者があの世に逃げてました――じゃ、多分、拙いと思うんだ」
「そりゃ、まぁ」
ガーラント達の時とは違い、路地裏に捨ててきたグリージョ達にもこの屋敷にいた者たちにも「動くな」のリミットを設けていない。放置すれば飲まず食わずで死ぬ。そう説明されたトティは「え?グリージョを路地裏に?放置?いや、居なかったよな……」と呟いてから「まぁ、持って三日ってとこだろう」と答えた。
「三日かぁ。んじゃ、余裕を見て明後日の昼までににーさんの方で果がいかないようだったら、あたしも動こうと思う。だから、にーさん、それまでにここに帰っておいで」
「ここ?お前、ここにいるつもりか!?」
現在屋敷にいる者たちで一味全てだとは思われない。本拠地が別にあるやも知れず、支点があるやも知れぬ。仲間が訝しんで屋敷を尋ねることも考えられるし、何の疑いもなく訪れる者とているだろう。
トティはそう言うが、ハニー・ビーとしてはむしろそれは望むところと言えよう。
「いっそのこと、怪しんでもらうために屋敷を少し壊しておこうか。で、門番だけ拘束を解いて、襲撃にあったけど問題は解決していると言わせるとか。罪人と証人が増えるといいね」
「アホかーっ!本来なら繋がりのある面子や裏取りしてから一斉捕縛だ!」
「あー、うん。トカゲのしっぽ切りがあるかもだし。でも、あたしをムカつかせたのはコイツ等だからね?あたしは法の番人でも正義の味方でもない。ちょっかい出されてムカついたからぶっ潰しただけ。渡りかけた橋だから、捕らわれていた子たちは解放した。あたしがそれをしたかったから。でも、それ以上の事はあたしには関係ないね」
「それは……確かにそうだ。すまない。頭に血が上ってしまった」
「いいよ。にーさんともご縁が出来ちゃったから死なれるのはちょっとヤなんで、ちゃんと明後日の日没までに戻ってきて」
「ちょっとかよ」
「ちょっとだよ」
トティはため息をつきつつちょっと嬉しそうに、意気盛んな心持ちで屋敷を後にした。