86 寂れた町 10
「……早すぎやしませんか」
報酬のお茶を取りに来たハニー・ビーに、アリウスは呆けたような顔で言った。
ハニー・ビーと翔馬がこの町を出立してからわずか六日。それでもう始末が付いたと言われても困惑するしかない。
「ありえねぇだろ」
フランネも言う。此方は困惑顔でなく疑惑どころか不信感丸出しの胡乱げな表情だ。
味方の筈の翔馬もうんうんと頷いて、ハニー・ビーに睨まれた。
「そうだね、正確には洗い出しが済んだから、始末はサジナルドとアーティ大隊長に丸投げしてきた。主犯の領主夫人は王都で拘束されたし、代官が集めた人も生きている人はすべて保護済み。今はガラウェイにいる。ガラウェイの領主は、まぁいい奴だから任せても大丈夫。拉致実行犯の代官は、あたしたちが帰って来る途中に襲ってきたから、返り討ちにして取りあえず連れてきた。要る?」
要るとか要らないの問題じゃない。
ハニー・ビーが指さした方を見ると、縄を打たれてボロボロな男が二頭の馬の傍にへたり込んでいた。顔が腫れあがっているので人相がハッキリしないが、ハニー・ビーが言うのだからどうやら代官なのだろう。
「襲われた……んですか?」
「ん。どうしてあたしたちのしたことが分かったんだろうね?ショーマにーさんが、人生二度目の喧嘩だーって大喜びでボコった。楽しそうだったけど、喧嘩じゃなくて弱い者いじめだったかもって後で落ち込んでた。襲ってきたんだから返り討ちでいいと思うんだけど、にーさんは面倒くさい考え方するよね?」
いや、同意を求められても……とアリウスとフランネは思った。
話題の主である翔馬は、クラウドと戯れている。いや、クラウドが戯れているのか。髪を食まれ「長い友達になにを!」と説教する翔馬。その「長い友達」というフレーズが気に入らなくてクラウドは執拗に翔馬の髪を狙うのだが、それは通じていない。
「代官を潰して終わりにしたんじゃねーだろうな」
フランネはやはり信じない。ハニー・ビーは証明のしようもなく、どう説明すべきか悩んでいると一頭の馬が近づいてきた。
「魔女様―――っ!」
馬の背にいる男が大きな声でハニー・ビーを呼ぶ。
「魔女様!酷いじゃないですか、お礼もお別れもさせてくれないなんて!」
馬を駆っていたのはオイゲンだった。
地下に捕らわれていたものの中では比較的元気だった彼だが、やはり長期間の拘束と血を抜かれていたことによる心身の不調はあったので、ガラウェイで保護兼療養をしている筈だったが、領主にハニー・ビーと翔馬の出立を聞かされ、また、彼女たちは依頼で動いていた為ランサの町に留まることはないと教えられたので、慌ててガラウェイから戻ってきたのだ。
「オイゲンさんっ!」
声を上げたのはハニー・ビーではなくフランネだった。
「フランネ、アリウス、帰ってきたぞ!」
「オイゲンさん、無事だったんですね。お帰りなさい」
「オイゲンさん!良かった!良かったよぉ――!」
「お前たちが魔女様と勇者様に依頼してくれたんだってな。ありがとう。そのおかげで、みんな助け出してもらって、今はガラウェイの領主さまのところで体を休めている。回復し次第に町に帰って来るからな」
馬から降りたオイゲンは、アリウスとフランネを乱暴に抱きしめて涙目の二人を感謝を込めて見つめた。
「魔女様と勇者様が居なかったら、俺たちは今も地下室で死に怯えてそれでも生を求めて足掻いてた。本当にありがとう」
「魔女様と勇者様……」
そう呟いてフランネはハニー・ビーの飄々とした顔を見つめ、そのあと申し訳なさそうに目を逸らした。
「スミマセン、言ってること信じなくて」
「んーん。別にいい。それよかオイゲンは大丈夫なの?」
ハニー・ビーとしては、せっかく安全な所で療養出来る筈のオイゲンが弱っている体に鞭打って大急ぎで帰ってきた理由が分からなくて首を傾げる。
「魔女様――」
オイゲンはアリウス達を離すと、ハニー・ビーの前で膝をつく。片膝をつく騎士の礼ではなく、両膝をついた身分の高い人に向ける庶民の平伏姿だ。
地面に額を付けたオイゲンに慌てるアリウス達だが、オイゲンにとってハニー・ビーは「ガラウェイ領主ですら敬語で話す偉い人」であり、「王都の身分の高い人を動かせる人」である。
本来なら目通りすら敵わないくらいの雲の上の人――オイゲンは魔女と勇者をそう解釈している。
実際にハニー・ビーらには身分も地位も無いのだが、自分たちの命を救い自由を奪い返してくれた彼らにそんなものが無い事を知っていても、オイゲンは最大限の感謝を示しただろう。
「魔女様と勇者様のおかげで、領主夫人が捕まった事、裁判にかけられることを聞きました。ガラウェイの領主さまは決してなぁなぁにはさせないと仰っていましたし、王都の騎士様も魔女様の肝煎りならば陛下が直々に動かれると……。これで、町が救われます。本当に……本当に、ありがとうございました」
地下室から救い出してもらった時はきちんとした礼を言えなかった。保護されて落ち着いた後に礼をしようとしたらもうガラウェイを出ていた。ここで追いかけなければ二度と会う事が無いかもしれない恩人に感謝を述べる最後のチャンスを、体の不調くらいで逃すわけにはいかなかったと、オイゲンは平伏したままハニー・ビーに訴える。
「いや、いいよ、顔あげてよ。あたしは依頼されて遂行しただけ。報酬貰ってそれで終わり。あたしは最初見捨てようとしたんだから、お礼なら首突っ込んたショーマにーさんに言って」
そんなに畏まられちゃうとどういう顔をしていいんだか……唇を尖らせて不満そうに言うハニー・ビーの頭を、やっとクラウドから解放された翔馬がポンポンと撫でた。
「そんなこと言ってさ、ビーちゃんは依頼されなくても”自分に関わった事”なら動くでしょ?俺が首を突っ込まなかったら、代官の目につくような動きをして”自分に関わった”状態を作る気だったでしょ?」
「ない」
「またまたー、照れなくてもいいのに。ビーちゃんはいい人扱いされたくなくて、ちょっとひねたことも言うけど、優しーの。いい子なんだよ」
後半はオイゲンやアリウス達に向かって言う翔馬の脇腹に、ハニー・ビーは容赦なく拳を入れるのであった。




