85 勇者の資質
サジナルドが気を利かせて席を外した。
ハニー・ビーはガーラントやアーティと近況報告をしあい、更に今回の事件について話をする。
「あたしは依頼を受けて犯行を突き止めた。あとはそっちの仕事だね」
「――依頼、ですか」
「ん。一応そういう形。人が攫われた町でショーマにーさんが義憤に駆られた……っていうのかな。首を突っ込んだから仕方なく」
「なるほど、さすが勇者殿です」
「ん?……あー、そっかぁ。それが勇者のお仕事かぁ」
得心のいったハニー・ビーである。
勇者はなぜ魔王を倒したドラゴンを討伐したりするのかというと、人々の安寧と平和のためだ。功名心ではなく正義感とか義侠心とか、そういったものなのだろう。
なんだ、にーさんはちゃんと勇者なんじゃん。
魔王やドラゴンがいようがいまいが、翔馬のすることは変わらないのだろうとハニー・ビーは彼の行動は勇者としてのものなのだと納得がいった気がした。おそらくそれを言えば彼は否定するだろう。放っておけなかっただけだと。ハニー・ビーにしてみればそれこそが勇者の資質なのだと思うだけなのだが。
「魔女殿、魔力回復薬の件ですが」
ガーラントは魔導士だけあって、やはりそれが気になるらしい。
「作り方はここで教えた。研鑽して改良するのはこっちの人たちの役目」
素っ気ないハニー・ビーをガーラントは恨みがましい目で見るが、魔女のこうした姿勢は一貫しており、覆ることはまずないと知っている。
「――はい、ありがとうございました」
とっかかりを示してもらっただけでも有難い。ガーラントは真摯に魔女に頭を下げて礼を述べる。
そこからは、このあと何処へ行くのかとか今まで回った地方はどうだったかとか、当たり障りのない会話をお茶と共に楽しんだ。
「ガーラントさん!」
そこに入ってきたのが、領軍に混ぜてもらって鍛錬をしていた翔馬である。
「勇者殿!」
別れたのはさして前の話ではないのに、ガーラントは十年も離れていた愛しい人との邂逅が叶ったかのように目を輝かせて満面の笑みを浮かべる。その様子を見ていたアーティが「ああ……あの噂は真実だったのか」と呟いた声はハニー・ビーにしか聞こえなかった。
あの噂……ハニー・ビーには思い当たる事があって苦笑する。
翔馬がハニー・ビーと共に城を出ると挨拶に行ったとき、ガーラントは翔馬に「私が嫌いになりましたか?だから出て行くなんて言うんですか!?」と縋りついた。それも魔導省の面々の目の前で。
噂とはきっと、ガーラントは男色で翔馬に思いを寄せているとでもいうようなものであろう。
アーティのつぶやきを翔馬の耳が拾わなかったのは幸いで、彼は素直にガーラントとの再会を喜んでいる。ハニー・ビーの魔法薬への関心や聖女のごり押しも嘘じゃないのだろうが、翔馬に会いたくてやってきたのではないかと、そう思われても仕方がなかったかもしれない。
◇◇◇
「じゃ、あとは宜しく」
ガーラントが落ち着いた後、ハニー・ビーは王都の二人にそう言った。問題のあぶり出しは済んだのだから、証拠を見つけて容疑を固め、法に乗ってって裁くのは国の中枢の責務である。
「ええ、お任せください」
アーティが頷く。司法に関してはガーラントは蚊帳の外だ。サジナルドとアーティが問題を把握していれば自分にすることはもうないと、ハニー・ビーと翔馬はガラウェイを去ることを告げた。
「勇者殿、いつでも王城にお戻りになって下さい。聖女様も心配されておりました。きっとお二人の健やかな姿を自分の目で確認したいと思われている筈です」
「そうだね、そのうち、また、顔を見に行ければいいと思ってるよ」
おそらくその機会はないままハニー・ビーの故郷へと旅立つ事になると思いつつ、翔馬はガーラントの手を取り、固い握手を交わす。無事を祈り幸福な未来を願い、道は重ならなくても、会えなくなっても確かにある友情に感謝をする。
日本ではことなかれで流されて、周囲から浮かないように、輪を乱さないように、間違っても自分の親のようにはなるまいと、今思えば窮屈な生き方だったと翔馬は思う。
召喚され、勇者の称号を得たことで何が変わったという事も無い筈なのに、随分と息がしやすく生きることも他者と付き合う事も今までとは違う心持ちでいられることが、本当に得難い事だと思っている。
しんみりしている翔馬を、ハニー・ビーが優しく見る。
翔馬は魔女の「お兄さん」のつもりでいるし、魔女は翔馬を「面倒見てやらなくてはいけない弟」のように思っている。
12歳の差があるがハニー・ビーは年よりもしっかりしているし、翔馬は生い立ちのせいか幼いところもある。兄妹と姉弟とどちらが正しいかはよく分からないが。
案外と、相性はいいようだ。




