83 寂れた町 9
領主夫人の趣味なのだろう。館の装飾はずいぶんと可愛らしいものであった。
淡いピンクと黄色を基調としてレースやフリルをふんだんに使った部屋は、猫足の可愛らしい白い家具で統一されている。
地下に捕えられていた者たちは、地上階には足を踏み入れていなかったため、殺風景な地下室との対比に目を丸くした。
「随分と……可愛い部屋だね。10代の女のことかが好きそうな。あ、ビーちゃんは10代の女の子だった!どう?こういう部屋」
「あんま好みじゃない」
「あー、うん、そうかと思った」
特に可愛いものが嫌いなわけではないが、実用一辺倒の飾り気のない部屋の方がハニー・ビーの好みだ。
しかし、地下の住人だった女性の中にはこういう部屋が好きな人もいたようで、目を輝かせて食い入るように見つめている者もいる。
「みんな上がったから、この屋敷の人間を地下に移すよ」
魔力を乗せた声で「動くな」と言われた使用人や協力者、騎士たちは「地下室へ」の一言でのろのろと動き出し、己の意思とは裏腹に魔女の命令通りに地下室へと向かった。
ハニー・ビーは、動けない人間が入っているにもかからわず一応施錠しておく。
「3日経ったら動いてもいいよ」
ここに閉じ込めた相手は共犯者や事後従犯なので、魔女が独断で裁くのではなく司法の手に委ねるのなら生きていてもらわないと困る。サジナルドへの直訴に3日もかかるとは思っていないが、万が一に備えて飲まず食わずの垂れ流し生活は3日と決めた。
王都で狂騒のアジトにしたように、足を踏み入れた人物を地下室へ送る魔法陣を玄関に設置し、館全体に侵入防止の魔法をかける。
台所や食糧庫にはふんだんに食材があったので、捕らわれていた者たちの食事に不自由はない。
ハニー・ビーと翔馬は、どれほど遅くても三日後には帰って来るから外に出ないようにと皆に告げて、館を後にした。
さて、二人乗り二組で出発しようとなって時に一悶着が起きた。
「クラウド!いい子だから乗せてやって!」
クラウドが見ず知らずの男を乗せることを拒否したのだ。
翔馬に諫められても懇願されても、クラウドはそっぽを向いて鼻息を荒くした徹底抗戦の構えである。心が狭いにも程がある。
「あのね、クラウド、俺たちはこれからガラウェイに行きたいの。徒歩じゃ時間がかかるからお前に乗って移動したいの。ガラウェイに行くのにこの二人は必要なの。だから、お前の背に乗せろ下さい!」
翔馬も困っているが、一緒にガラウェイに行く男たち――ランサ町の男はオイゲン、ダンザリ町の男はニサバと名乗った――も困惑顔である。
自分を乗せることを嫌がる馬に乗れるほどに馬術には自信がない。
普段は農耕馬や荷馬くらいしかしらない町の者なのだ。
「ライ」
翔馬とクラウドの掛け合いを呆れたように見ていたハニー・ビーが自分の馬であるライに声を掛ける。
「ん。ああ、いいの?ありがと。いい子だね。――にーさん、オイゲンとニサバにこっちに乗ってもらって、あたしをクラウドに乗っけて。ライはそれでいいって。クラウドもあたしならいいでしょ?あ、二人とも馬は大丈夫だよね?ライは賢くて大人しい子だからね?」
「え?ビーちゃん、いいの?……ライは聞き訳がいいなぁ。それに比べてクラウドは――ってっ、こらクラウド!髪は長い友達だから噛まない、むしらない!」
翔馬がライを褒めたことが気に入らないのか、クラウドが彼の頭髪をむしる勢いで噛んで引っ張る。
「だって、しょうがないでしょ!?お前が聞き分けないんだから!……って、いじけない!ライが聞き訳がいいのはホントでお前は効かん気なのもホントでしょ?だーかーら、ツンデレ彼女気質なクラウドが可愛いって。だいじょーぶ、俺はクラウドが大好きだから。ね?」
翔馬としても嫌がるクラウドに他人を乗せることはしたくない。ハニー・ビーなら一緒に背に乗っても問題ないだろうから、ライがオイゲン達を乗せると言ってくれて本当に良かったと思っている。
「それに、やっぱ、ビーちゃんが見ず知らずの男と二人乗りってのもモヤったし、クラウドが駄々こねてくれて結果オーライ?」
「え?あ、二人は恋仲か?」
翔馬の独り言と言うには大きな呟きを拾ったオイゲンが驚いて尋ねた。
「んーん」
「いや、それは無い」
二人とも真顔で否定する。
「でも、勇者ショーマは魔女ハニー・ビーを他の男に近づけたくないんじゃ……」
ニサバも首を傾げて尋ねる。
「勇者とか言わないで、ショーマでいいよ。あのさー、ビーちゃんって可愛いでしょ?」
「あ、ああ、かわいい」
「スタイルもいいよね」
「そうだな」
「性格もいいんだよ」
「それは流石にまだよく知らないが」
「能力も高い」
「ああ、会ったばかりだが、それは良く分かった」
「だから」
「……だから?」
説明は終わったとばかりに打ち切った翔馬に、オイゲンとニサバが不得要領な顔になった。
「おにーさんは、ビーちゃんが大事だから、どこの馬の骨ともしれん男を近づけたくないの。可愛い可愛いビーちゃんに懸想するような輩は排除したいの。狙われてたら盾になって壁になって立ちふさがるの」
翔馬が胸を張って答えても、彼らはきょとんとするばかりだ。面と向かって”馬の骨”扱いも気にならないほどに、翔馬のハニー・ビーに対する気持ちに驚いている。
ハニー・ビーの方は、何を言っているんだかと肩をすくめて馬具の装着に入っている。
「それって、好きって事なんじゃ……」
「好きだよ、でもそれは男と女とかそういうのじゃなくて、ビーちゃんは天使だから」
「魔女だよ」
「魔女って言ってますけど……」
「ビーちゃんは天使で女神だから」
「魔女」
「……」
「天使で女神で魔女だから!」
力説する翔馬に、ハニー・ビーへの恋愛感情は全くないのだが、オイゲン達は牽制されたとしか思えなかった。




