80 寂れた町 6
全く応戦しないのもおかしいだろうと、翔馬は形ばかり抗ってから襲撃者たちに捕えられた。ハニー・ビーは、計算の内なのか面倒くさいのか全く抵抗せずにいたので、襲ってきた男たちからは無力な少女として扱われている。
ライとクラウドも言いつけを守って大人しくしていたため、手首を戒められてクラウドの背にいる翔馬と、拘束されずにライの上にいるハニー・ビーを5人の騎馬の男たちが取り囲み、街道を戻ることとなる。
「私達に用があるという者は誰だ」
翔馬が聞いても、男たちはニヤニヤしているばかりで答えない。それを見て肩をすくめ、こちらも平然と笑った。
「さすがにお貴族様は下賤の者にビビってる様子を見せねぇなぁ」
「やせ我慢ってやつだろ?弱っちいし」
抵抗しなかったのではなく出来なかったと思っている男たちは、見下している様子を隠さない。
翔馬もハニー・ビーも、それは別に心理的抵抗はない。どちらもこの五人程度なら制圧できる力を持っている事を知っているからだ。
貴族じゃ無いものは下賤かぁ……。これはあの代官の影響なのか、お貴族様はそういう認識なのか。いや、ガーラントさんも陛下もそういう風には見えなかったし、流石に一部の馬鹿者だけだよな……。
根っからの庶民であり貴族制度のない国から来た翔馬は、選民意識に全く共感が出来ない。
二人が大人しく馬上の人となっているので、道中は特に問題なく代官屋敷よりも大きな館に着いた。
馬から降りた二人を屋敷の入り口で引き渡すことで男たちの仕事は終わりらしく、ハニー・ビーらを連行するのは軽鎧姿の騎士に見える男たちとなった。
珍しい色彩の二人に目を見張った騎士は、それでも何も言わずに二人を引っ立てて屋敷の奥に進み、薄暗い階段の先の地下室へと移送する。
そこはかなり広い空間だった。飾り気はなくとも清潔で、鉄格子で仕切られた小部屋には何のために使う物か用途の分からない器具がある。部屋の隅に木賃宿で使われるような簡素な寝台がずらりと並び、別の場所にはやはり簡易なテーブルと椅子が並んでいる。
地下室を一瞥した限りでは、非人道的な環境ではない。
しかし、そこにいる男女百数十人はそろって顔色が悪く、体調を崩してでもいるのか座り込んでいたり寝転がっていたりするものが多い。
「入れ」
初めて口を開いた騎士は、入口の鉄格子の鍵を開けて二人を突き飛ばすように押しやり、また、鍵を閉めた。
「逃げようとは思うな。生きていたければ体力は温存しておけ」
鉄格子越しに脅す言葉にも、にやりと笑うだけの翔馬に騎士は舌打ちをして「その強がりがいつまで持つかな」といい去っていった。
「強がりだってさー、にーさん」
「ははは、あとで吠え面かかしてやるぜー!」
閉じ込められたというのに呑気な会話をしている二人を、先に連れてこられた人々が胡乱げに見やる。
口を利く者はいない。肉体的にも精神的にも追い詰められているからだ。
ハニー・ビーはまず彼らの話を聞こうと、出来るだけ気力のある者たちを探して話しかけた。
「こんにちは、あたしは魔女のハニー・ビー。旅の途中でランサの町を通りかかって、この辺りを治めている代官の圧政を聞いた。あなたはその被害者と見ていいのかな」
話しかけられた青年は苦々しく頷く。
「災難だったな、旅の人。ここにいるのはランサやダンザリ、ガルバから連れてこられた奴ばかりだ。まさか、領外の人間も攫ってくるとは……」
「俺は、ランサの出だ」
「私はガルバから連れてこられました」
「そっか。あたしと、あっちのにーさんはランサの町で依頼を受けて状況の確認にきたんだよ。だいじょぶ。あたしたちが何とかするから」
そうは言われても、年若いたった二人の人間に何が出来るのかと、彼らは希望を持つことすら出来ない。
「ここにいる人たちは酷く弱っているようだけど、何をされたのか教えてくれる?」
ハニー・ビーに問われ青年が語った状況は、酷く凄惨なものだった。
「俺たちは、伯爵夫人の為の贄だ」
「伯爵夫人?」
「ええ、王都で暮らしてらっしゃる領主さまの奥方が、この館の主なの。伯爵夫人は、毎日毎日大量の血を必要とされているとかで……」
女性が格子に囲まれた小部屋をチラリとみるところをみると、そこにある器具で血を抜いているようだ。
「俺たちから血を抜いて持っていくが……何をしているんだか」
翔馬はうげっと呻き声を上げた。
見れば、捕えられていた者たちの腕には、採血された痕が数多あり皮膚が黒ずんでいる。
「血を抜かれてりゃ顔色も悪くなるよねぇ」
動く気力も体力も血液と一緒に奪われているのだろう。話をしている間も姿勢を変えるのも大儀だというようにグッタリとしている。
「領主夫人って……まさか、吸血鬼?」
翔馬の言葉に会話相手の一人が苦笑して「そんなお伽噺じゃあるまいし」と言ったが「うん、魔女のビーちゃんもも勇者の俺もそう言われてる」と返されくつくつと笑う。
「勇者様と魔女様か。ここはいつからおとぎの国になったのかな。それとも俺たちはいつの間にか冒険小説の中に引っ越したか」
血を抜かれ続けて慢性的な貧血状態であろうに、それでもこの男は心が折れていない。笑うだけの力がまだ残っているとハニー・ビーは感心した。




