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79 寂れた町 5

 執務室から上等な応接室に居を移した三人の前にお茶と茶菓子が出されたが、ハニー・ビーも翔馬もそれを口にはしなかった。


「さて、代官殿」


 見た目はほっそりとして柔和な翔馬が、なるべく尊大に見えるようにとソファの背もたれに寄り掛かり腕を組んだ状態で口を開く。


 そこから翔馬は口調を崩さぬままに代官を責め立てた。

 町の人々を召し上げて何をしているのか、召し上げた人々は今どこにいるのか、奉公とや職の斡旋などと言っているが、その給金どころか便りの一つも家族に届かないのはどういう事か、などなど……


「いえ、ショーマ様。何か誤解があるように存じます」

「誤解?」


 すっかりショーマをお偉いさんだと勘違いした代官が言い訳をする。


「確かに町人の減少は私の不徳と致すところ、代官としての働きに不足があった事は認めましょう。

ですが、町の者を召し上げるなど滅相も無い。大方、税逃れの為に出奔した者たちの家族がそれを糊塗せんが為に虚言を弄しているのです。代官として調査し妄言を取り締まりたく思います。どうか、下賤の者たちの戯言に惑わされぬよう、お願い申し上げます」


 翔馬がハニー・ビーをちらりと見ると、彼女は皮肉気に口の端を上げていた。


「しかと左様か」

「もちろんにございます」


 ふむ――と翔馬は右手で顎を掴むようにして考える振りをする。ハニー・ビーが黒だと言ったならこの男は間違いなく黒なのだ。追い込んで「このまま帰しては破滅に繋がる」と考えさせて、自分たちを襲ってもらわないといけない。


 破滅自体は、ビーちゃんが参入している段階で決定だけどね。翔馬は目の前にいる男に、申し訳なさそうな顔をして伝える。


「一方の言葉ばかりを鵜呑みにしての断罪は片手落ちだな。私が先走り過ぎていたのかもしれない。これは持ち帰って上に報告をし、詳細な捜査をすべきだと思う。代官殿に疚しきことが無いのなら、そのまま職務を全うせよ。――ただし、領民の減少に手を打たず領を衰退させた責任は取ってもらう事となる」


 ”上に報告”と言っておいて「上って誰だよ!?」と翔馬は心の中で自分にツッコミを入れる。


 とりあえずの釈明は翔馬に通用したとみて、代官は深々と頭を下げ「わが身の不足を反省し、領の繁栄の為に供奉することを誓います」などとしらじらしい事を言う。


 この館に入った事を知っている者がいるかもしれないので、ここで翔馬たちを拘束するような愚は侵さない。彼らにはここから出た後で行方不明になってもらえばいい。決して王都に戻ることも、上に報告する事も出きないのだから、せいぜいあと少しの自由を楽しむがいい。


 代官はそんな内心を隠しきっていると思っているが、傍から見れば謀略を巡らしていることは底意地の悪い顔から見透かせる。

 もちろん、翔馬は代官がそういう行動を取るようにと煽ったので、悪だくみしてくれるようでよかったとしか思わなかったが。


 突然に立ち寄った詫びを言い、近々捜査が入る可能性を示唆して翔馬とハニー・ビーは領主屋敷を後にする。この屋敷に入ってからハニー・ビーは一言も話をしていなかった。


「いつなりと」


 張り付けた笑顔で応える代官に言葉を返さず背中を見せた二人を見送る複数の目。代官は「あまり近くでは拙い。少し進ませてから捕えよ。捕えた後はいつものように」と姿の見えない者たちに指示した。誰もいないホールで彼は独り言を呟いているようにしか見えなかった。



 ◇◇◇



「来るかな?」

「ん」


 翔馬とハニー・ビーはそれぞれ馬にまたがって、ゆっくりと王都の方向へ向かう道を進んでいる。


「にーさん、意外と役者だね?」

「ふっふっふっ。見直した、ビーちゃん?」

「面白かった」


 えー、面白いってどういう意味ー!?まんまだしと翔馬とハニー・ビーが他愛のない会話をしていると、背後から複数の蹄の音が聞こえてきた。


「来たねー。何人かな」

「5人」

「案外少ないね。舐められたかな?」


 ハニー・ビーが振り返らぬまま襲撃者の人数を予測すると、翔馬はあまりにも少ない人数に首を傾げた。


 しかし、魔女ハニー・ビーがどれだけ規格外か、勇者翔馬がどれだけの力を持っているかを知らなければ、年若く荒事の経験があるようには見えない男女2人の追手としては妥当だろう。


「ライ、クラウド、逆らっちゃ駄目だよ?怪我させられたらたまんない。格好良くて従順な馬だったらきっと一緒に連れて行かれるから、離れるよりいいでしょ?大人しくね」


 離れてもハニー・ビーなら二頭を見つけることは可能だが、聞き分けの良いライはともかくクラウドが翔馬の傍を離れて大人しくしているか分からない。ならば、どこへ連れて行かれるか知らないが一緒の方がいい。


 クラウドが不満そうに鼻を鳴らす。直情型の彼は、ハニー・ビーと同じく「ぶっ飛ばせばいい」と思っているので、翔馬たちが攫われるのを大人しく見ているのは嫌なのだ。


「そこの二人、待て!」


 背後からかかる声に、翔馬はわざと体をビクっと震わせた。


「お前たちを所望するお方がいる。怪我をしたくなければ大人しくこちらのいう事を聞け!」


 翔馬とハニー・ビーはゆっくりと馬首を巡らして追ってきた輩に対峙した。


「どういうことだ。私たちはお前らなどに用はない」

「そちら様に用がなくともこちらにはあるんだ。どこのボンボンだか知らないが、身分が通用すると思うなよ」


 翔馬の演技はまだ続く。


「ふん。私が誰かも知らずに吐いたその言葉、後悔せぬとよいな」


 勇者だと名乗っても誰も知らないので、正体を明かしても「ははーっ」とはならいないよなぁ。葵の御紋が付いた印籠でも持ってればともかく、自称”越後のちりめん問屋の御隠居”だって身分を証明するものを持ってなかったらただのじーさんだし。ビーちゃんは助さん格さんより更に頼りになるけど、やっぱり名乗りを上げたとしても悪党は恐れ入ってくれるわけがない。


 それにしても代官といいこの男たちといい、ちょっと偉そうな態度をとっただけで身分が高いものであると思い込むのは如何なものであろう。


 翔馬は、初めてハニー・ビーが城を出たときと同じ「こんなに緩くて大丈夫なのか、この国」という感想を持った。


 とりあえず、大人しくついていく予定なのだが、ハニー・ビーが我慢の限界を超えるような真似をこいつらがしませんように、そう祈る翔馬である。




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