78 寂れた町 4
「で、ビーちゃん、俺はどうしたらいい?」
言い出しっぺのくせに一回りの年下の女の子に指示を仰ぐのは情けないと思いつつ、翔馬はハニー・ビーに訊ねた。声音にそれが表れているのを感じたのか、クラウドが「そこがいいんだから気にするな」とばかりに嘶くが翔馬はクラウドの気持ちを全く理解せず「おー、クラウド、ご機嫌だなー。やっぱ、俺と一緒に居るのが好きなんだなー」と相好を崩している。
ハニー・ビーはスキルによってクラウドが翔馬を慰めようとしていることは分かっている。しかし、そのズレ感のある翔馬を気に入ってるのだろうからと、通訳はしなかった。
「先ず、代官に会って白か黒か見極めたらにーさんに合図するよ」
「白か黒か?代官が悪い奴ってのは決まりじゃ無かったの?」
「あの場ではそう言ったけどね、代官の名前を騙る者の仕業って事も可能性が無いわけじゃない」
「なるほど」
翔馬は「ビーちゃんは色々考えてて凄いなー」と、自分に考えが足りない事を気にせずに感心した。
「ま、名を騙る誰かがいたとして、それを見逃しているのなら同罪だし、気付いていないなら無能だね」
「どっちにしろアウトかぁ」
「ん。犯罪者でもボンクラでも退いてもらわないと。でも、白か黒かで対応は変えないといけないから、会ってから判断する。あたしに悪意や敵意を持つ相手なら肌で分かるし、悪党は匂いで分かる」
「それそれ!凄いよねー、ビーちゃん!」
「あたし、結構優秀な魔女だから」
いつもの台詞である。
「黒だったら、にーさんの袖を引っ張る。白ならしない。でも、どっちにしてもにーさんは通りすがりの町で横行している町民徴集に憤る善意の第三者として、代官を糾弾してくれればいい」
「おっけー」
「ライ、クラウド、もしかしたらあたしたちは捕えられるかもしんないけど、わざと捕まるつもりだから助けに来ちゃ駄目だよ。その先にいかないと連れて行かれた人たちの安否が分からないからね」
自分を乗せているライの首筋をポンポンと叩き、抗議するような声で啼くのを撫でて宥める。
「クラウド、いい子で待っててな」
翔馬もハニー・ビーに倣ってクラウドの首を撫でてやった。
「あたしが狙われたとしたら問答無用でぶっ飛ばすんだけど、依頼じゃそうもいかなくて面倒」
「まーまー、あの少年たちがきっとおいしいお茶を作ってくれるから、それを励みに頑張りましょー」
「ん。もし作って無かったら暴れる」
「いやいやいや、あの子らなら大丈夫でしょー。あー、意欲はあっても結果は……ってこともあるか」
自分たちの身の安全のためにも、是非とも美味しいお茶を作って欲しいと思う翔馬であった。
◇◇◇
代官屋敷は幸いな事に町からそう遠くなく、ライたちの速足で30分ほどで着いた。
アポなしの訪いを告げると出迎えた使用人に嫌な顔をされたが、訴えを聞くことも仕事の一部なのであろう、屋敷内に通され執務室らしき部屋へと案内される。
「はじめまして、旅のお方。どういったご用件ですかな。こう見えて私は多忙な責務を負っておりまして」
名乗りもせずに要件を聞かれ、ハニー・ビーは翔馬の袖を引いた。
――黒かぁ。
翔馬はハニー・ビーに頷きを返して代官を見る。
まだ30代始めくらいで、存外若い。明るめの茶色い髪に同色の瞳。眼鏡をかけた痩せぎすの神経質そうな男である。
鼻をうごめかす必要すらない。部屋に通された瞬間に代官の匂いが鼻を突いた。
「約束も先触れも無く訪った我々に時間を割いて頂けて有難く思う。私は王都の方より参ったショーマ・キサラギと言う。同伴者はハニー・ビー嬢。代官殿もお忙しいようなので美辞麗句に
費やす時間は勿体ない。疾く本題に入らせてもらおう」
王城で半年ほど過ごしただけだが、庶民の出である翔馬にも貴族階級・身分制度を垣間見る機会はあった。親しく付き合っていたのはガーラントを始めとする身分に大きなこだわりを持たない者が多かったが、それでも城を歩いていると横暴な貴族や耐えている使用人に遭遇することがあった。
根がお節介な翔馬はそれを見るたびに割って入って話を逸らしたり、あまりに酷いときは「王が認めた客人」という立場を盾にとって撃退したりしていた。
そういう経験から、目の前にいる代官は身分制度を重んじている男と見たので、わざと慇懃に”庶民ではなさそうな雰囲気”を前面に出して話す。こういう男は下のものには居丈高に出ても、身分が上の者には逆らわない。
その作戦が功を奏したか代官はギョッとした顔をして、翔馬を身分ある者と誤認し、尊大な態度を引っ込め丁寧に礼を取った。
翔馬は身分を詐称したわけではない。「王都の方から来た」も真実である。身分を名乗らない相手の聞き覚えの無い家名がカモフラージュではないかと勘繰るのは受け手の勝手だ。
(唸れ!俺の中二病!)
言葉遣いは王城で見聞きして覚えたものというより、彼の中の中学二年生が好んで読んでいた小説を参考としている。近しい偉い人たちはそれ程格式ばった話し方を翔馬に対してはしていなかった。
正直ハニー・ビーの前でやるのは気恥ずかしいきもするが、高揚する気持ちもある。
通りすがりに見た町の苦難に憤る善意に第三者。ハニー・ビーはそう言っていたが、その善意の第三者が一般庶民である必要は特にないよな。俺、一般庶民だけど。翔馬はそう考えた。
彼はシチュエーションを楽しんでいたのだ。




