74 出発
「魔力回復薬……ですか」
ハニー・ビーが金石英とクロウグラスとで作った薬は、魔力を使うものなら誰でもが渇望する「魔力回復薬」であった。
この世界にはまだ無かったそれを、ガラウェイで採れる金石英と個人宅でも手軽に栽培できるクロウグラスとで作成できるとなれば、この領のメリットは大きい。この街の特産として売り出せば経済効果は計り知れないと、魔女を恐れていたサジナルドは蕩けるような笑みで薬瓶を眺め、撫でまわしている。
今は産出量が多い鉱山だが、いつかは枯渇する有限資源だ。
だが、今まで顧みられていなかった金石英は場所塞ぎになるとの事でずっと放り捨てられていた。それを活用して産業が起こせるのなら領と国の未来は明るい。金石英が取れるのはここだけではないが、調薬の技能があるのは現在はここだけだ。秘匿するか否かは国の方針によるが、おそらくここのみで生産されることとなる、サジナルドはそう考えている。
「ん。ガーラント辺り、めちゃ喜ぶと思う」
瘴気が聖女により浄化されれば、魔法を使えるものが増える。魔導士や魔術師が増えれば魔力回復薬の需要はさらに高まる。
「あたしがいた国では金石英じゃなくて別の材料を使ってたけど、出来はそれと遜色ないと思う。あとは、ガーラントや魔導士たち、薬師たちが研究して改良すればいい」
「はい、ご教授ありがとうございました、魔女殿」
サジナルドはこれを領内で栽培するための方策を頭で巡らし、薬師の育成、金石英の採掘や精製技術の向上など、やることが山積みだとホクホク顔である。もともと実直さと勤勉さ、そして経済に明るい事から国の資源である鉱山があるガラウェイ領を任された男なので、明るい展望の為の繁多は苦になるどころか脳内で快楽物質が出てきそうなほどに歓迎すべき事柄なのだ。
「じゃ、そろそろこの町を出立するよ。目的はもう果たしたし」
フォセカに会って無事を確かめる。金石英を手に入れる。ハニー・ビーがこの街に寄った理由はこの二つだった。
「では、茶葉をご用意いたしましょう」
サジナルドとしては、魔女が目的を果たしてこの街から出るというのは大歓迎である。彼女のもたらした知識によりこれから忙しくなるので、爆弾を身の内に置いておきたくないのだ。
少しは引き止める振り位すればいいのに。翔馬はそう思ったが、彼もまだ見ぬ場所へ旅だつことは歓迎であった。
あんまり留まっていると、また、クラウドが拗ねるしね。そう思って辞去の挨拶をする。
望みの茶葉を手に入れて笑みをこぼすハニー・ビーと、クラウドが大人しくしているといいなーと考える翔馬は、領主の館を出て馬上の人となった。すでにフォセカとの別れの挨拶は済ませている。
「ビーちゃん、次はどっちに行く?」
ご機嫌なクラウドに乗ったご機嫌な翔馬が聞く。
「海」
「海?」
「ん。あたし、海を見たことないんだよね。子供の頃にいた研究所は海の傍だったらしいけど、あたしは研究所の中しか知らないし、師匠の家は山の中だし。あたしが帰る国にも海はあるんだけど、まだ、行ったことない。遠いし」
師匠にこき使われてたから、一人で遠出するような時間も無かったし。そう思って、ハニー・ビーは故郷の師匠を思い浮かべる。召喚された時に、別世界を観光してまわってから国に帰ると手紙を送ったが、まさか、こんな長期間になるとは師匠も思っていなかっただろう。
「へぇ。俺がいたとこはね、島国だったし、俺は海の近くに住んでたから、潮の匂いの中で育ったなぁ」
「へぇ。にーさんの故郷の海と、この世界の海と同じかなぁ」
「どうだろね?違いがあったら面白いし、同じだったら懐かしい」
「ん。いずれ、あたしがいた世界の海とも比べよう」
「絶対だよ!?絶対に連れてってよ!?」
「ん。にーさんの気が変わらなかったら連れてくよ」
気が変わったりはしないと強く主張する翔馬に、はいはいとおざなりな返事をするハニー・ビー。
ハニー・ビーとしては連れて行ってもいいし、翔馬がこの世界に残る気になるんだったらそれでもいいと思っているので、二人には温度差があるようだ。
速足で進む馬たちの背でのんびりと会話をしているうちに、来るときに通った橋に着く。幸いな事に水位は来た時より下がっていて、橋の崩落も無い。
橋が落ちていたら川沿いに下るだけだが、ここで渡ったほうが効率が良いのでハニー・ビーはホッとする。視認できる範囲への転移ができる彼女だが、せっかくの別世界探訪なので魔法無しでのんびりと旅をしたいのだ。
魔法は便利だけど、転移の繰り返しでは情緒が無いもんね。
元の世界込みで、初めての仕事がらみではない旅を、彼女は存分に楽しむつもりだ。




