64 鉱山の街ガラウェイ 4
サジナルドに特に要望はない事、これから出かけることを告げると、領主自ら二人を屋敷の門の外まで見送りに出てきたため、翔馬は恐縮しきりであった。
門を出たのはライに乗ったハニー・ビーと並んで歩くクラウド、徒歩の翔馬。
厩で鞍を付けようとした翔馬に対し、クラウドが反抗し、どうしても馬具の装着が出来なかった。翔馬を乗せる気が無い事を全身で表明している。
”なんで、こんなに長い間放っておく!?一緒に来てやったのに、ぜんぜん一緒に居ないじゃないか!!”
ハニー・ビーが通訳したクラウドの気持ちに対し、翔馬は「こんなに長い間放っておく」と言われる程の時間が経っていないだろうと宥める。
事実、昨日の夕方から今朝まで別々だっただけなので、翔馬はなぜクラウドがそんなに怒っているのか分からない。
ハニー・ビーのライはハニー・ビーの姿を見て喜んでいるのに、なぜ、こうも違う。昨日、別れるときはご機嫌よく見送っていたではないか。
相馬にはたった一晩、クラウドには一晩も。こればかりは見解の相違でしかない。
束縛系彼女か……牡馬だけど。
翔馬はクラウドの機嫌を取るのにたいそう時間を費やした。
困った馬だと思いつつ、自分に執着するクラウドが可愛くて仕方ないのは、翔馬に束縛彼女があっているという事かもしれない。重ねて言うが、牡馬です。
機嫌を直してくれたクラウドにやっと乗ることが出来たあとは、徒歩の翔馬に速度を合わせる必要もなく速足で進み、ハニー・ビーが魔力を辿ってフォセカのもとへと辿り着くまで、そう時間はかからなかった。
「ビーちゃん、魔力辿るのって凄いね。もし、俺がはぐれちゃっても、この腕輪をしてれば見つけてくれるんでしょ?」
翔馬はハニー・ビーの作った収納付きの腕輪を見て言った。方向感覚には自信があるが、なにせ知らない世界でスマホも持っていない。不慮の出来事で離れることが絶対ないとは言い切れないので、魔力を辿ると言うハニー・ビーの能力に期待する翔馬。
「ん。もし、探されたくなかったら腕輪を処分して?」
自分が作ったものだからとハニー・ビーは軽く言うが、ガーラントが習ったとは言え収納付与のアクセサリーなど、いったいどの位の価値があることか。
それ以前に、ハニー・ビーから離れたいと翔馬が考えることを想定されていることは翔馬の本意ではない。
まあね、ビーちゃんにとっちゃ、俺がビーちゃんの世界を逃げ道にしていると思ってもしょうがないけど。
この世界で必要とされていない。ハニー・ビーの世界にはラノベでよく読んだ獣人や冒険者ギルドが存在する。それももちろん、翔馬がハニー・ビーに付いて行きたい理由のひとつだ。
けれど、それもこれもハニー・ビーの存在あってこその決意なのだが、残念ながら翔馬の気持ちはハニー・ビーに伝わってい無いようだ。
「え?あ、あれ?ハニー・ビーさん?」
翔馬がそんなことをつらつらと考えていると、ハニー・ビーの名を呼ぶ若い女性の声がした。
「フォセカ!久しぶり」
ハニー・ビーの応えを聞き、狂騒に誘拐されハニー・ビーが助け出したフォセカが、屈託のない笑顔でハニー・ビーに走り寄った。彼女の腕の中には、同じく狂騒の被害者である男の子が抱かれている。
「どうしたんですか、こんな所に?」
「ん。今、ショーマにーさんと一緒にあちこち回ってみようの最中。フォセカ、ガラウェイの出身だって言ってたでしょ?近くまで来たから顔を見たいと思った」
「嬉しい!また、ハニー・ビーさんに会えるなんて!元気でしたか?――ショーマさん、あの、誘拐された時に、屋敷にいらしてくださった方ですよね?お城まで連れて行ってくれた……。あの時はありがとうございました」
「ん。フォセカも元気そう」
「いやいや、俺は何もしてないから。ホント、元気そうでよかった」
翔馬は本当に何もしていないのだが、フォセカは深く頭を下げた。
あの時は、物見高く見物に来ただけで、実際に職務として動いていたのはローマンやその部下たちであったので、礼を言われた翔馬は少しバツが悪い思いだ。
ハニー・ビーが心配したような心理的外傷もなさそうな、朗らかな様子である。腕の中の子どもも、半年前に別れたときよりもずっと表情があり、ハニー・ビーはホッとした。
子どもは人見知りなのか、フォセカの胸に顔をうずめているが、彼女が親しげに話す二人も気になるのかチラチラと様子を伺っている。その様子が、あの屋敷で獣を飼育するように育てられ見知らぬ人間を威嚇していた当時とは違い、人間らしいことをハニー・ビーは喜んだ。
これなら、自分が人間だって考える以前に感じることが出来るだろう。自分と違って。
あの状態がハニー・ビーのように十年も続いたら、この子供は自分が人である事すら知らないまま大きくなって、人であることを知ることも出来ないに違いない。
「困った事ない?」
誘拐された被害者であるが、年若い娘に対して世間がどう見るかは決まり切っている。口さがないものは、心配するような顔をして彼女の身に起きた被害を気遣う言葉を投げるだろう。
「全然!ラックも……あ、この子、ラックって名前付けたんです。ラックもうちの家族に懐いてくれてきて、弟も妹も新しい末っ子を可愛がってます。みんな、ハニー・ビーさんのおかげです。あ、うちに来てくれません?家族に紹介したいです。私を助けてくれた魔女のハニー・ビーさんだって」
ハニー・ビーが翔馬を見るとにこりと笑って頷いたので
「ん。ちょっとだけ、ご挨拶させてもらおうかな」
仰々しくお礼を言われるのは避けたいが、家族の様子も見ておこうとハニー・ビーはフォセカの誘いに乗った。




