63 鉱山の街ガラウェイ 3
紫石英で作れると言う鎮静剤が欲しい、今すぐに欲しい。いや、鎮静剤じゃなく頭痛薬か精神安定剤か胃薬か……。
翌日、城から戻ってきた返信に目を通したサジナルドは、こめかみを揉みながら呻いた。
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ガラウェイに訪れた者が赤髪・金目の少女と黒髪・黒目の青年であるのなら、その二人は救国の聖女同様、わが国にとってかけがえのない人物である。
魔女ハニー・ビー嬢と勇者ショーマ殿に最大限の便宜を図り、くれぐれも粗相のないよう努めよ。
彼らの行動に関して、国からの意向はない。二人の望むままにさせよ。
助力が必要ならば、此方で対応するゆえ早急に連絡をせよ。
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通信筒に入れられ運ばれるサイズの小さな手紙なので、文章量は少ない。
しかし、その短文でもあの二人に関して対処を間違えるなよという脅迫めいた指示は誤解しようがなかった。
王族と同等の賓客として丁重に扱わねばならないが……昨日は問題なかっただろうか。
痛む頭を抱えながらも、これで方針は決まったとサジナルドは考える。
彼らは国からの指示で来たわけではない。ガラウェイに問題がある訳でもない。本当に、彼らの言った通りに友人に会いに来た、金石英が欲しい、ただそれだけのようだ。
ならば、要望通りに金石英を融通し、薬の作り方の教えを乞うてさっさと出て行ってもらおう。
対応を間違えれば首が飛ぶような貴人は、この地に長逗留してほしくない。
手紙の最後にある御璽を見て、サジナルドはため息をついた。
公式文書でもないただの通信文になぜ、国王の印があるのか――あっていいものではないだろう。
おそらくこの文章も陛下の直筆だ。
それにしても勇者とはなんだ。魔女と勇者だなんてお伽噺のようではないか。
公式文書や指令書などで見たことのある国王の筆跡を見て、サジナルドはまたため息をついた。
「これが金石英です。如何でしょうか、魔女殿」
仕事の速さと正確さに定評のあるサジナルドが、いつもよりさらに迅速に手配した結果、金石英はまだ朝のうちにハニー・ビーに披露された。
「おお。サジナルドさん、はやっ」
「喜んでいただけたら幸いです」
金石英と共に薬の材料となる紫石英も並んでいる。どちらも一抱えもある籠一杯に入っていて、いったい、いつの間にこんなに用意したのかと不思議に思うハニー・ビーたち。
まさか、国王からの通信を見て、一刻も早く領地から去ってもらおうと思ったサジナルドが、夜明け前から自身で鉱山まで行ってきたとは思いもしない。
領主で伯爵、しかももう老齢であるというのに、行動力はそこらの若いものには負けないという自負のあるサジナルドならではの素早い動きである。
保守的でも革新的でもないサジナルドは、王家が斟酌するほどのハニー・ビーたちは幾ら有用で有益だとしても留まって欲しくはないのだ。
当たらぬ蜂には刺されない。
彼のモットーである。
「んじゃ、薬師の手配を願おうか」
まさか領主自ら調薬を習得したいわけでは無かろうと、人材の手配を指示する。
「すでに声掛けは済ませております。魔女殿の都合のいい時間に集めますが、如何しますか?」
言葉遣いが昨日よりだいぶ丁寧な事を訝しみながらも、ハニー・ビーはこれからの予定を考える。
フォセカに会う。
彼女の家は知らないが、ハニー・ビーが作成したイヤーカフを付けている筈なので、自分の魔力の気配で探せる。フォセカが元気かどうかと、一緒に連れて行った子どもの様子を確認したい。
誘拐された上にあのような非道な扱いをされていたのだから、心身に異常をきたしていることもある。最後に会った時に提案して断られてはいるが、辛いようなら記憶の操作をしてもいい。
時間はそれほどかからないだろうからと、薬師の指導は明日と決めた。
「分かりました。では、明日、よろしくお願いいたします。他に何かご要望はございませんか?あ、茶葉の方はご用意できております。如何ほどの量でも申しつけ下さい。昨日お出ししたものの他にも、ファーストフラッシュものを数種類ご用意させていただきました」
「サジナルドさん、随分とビーちゃんへの対応がいいね?」
昨日も失礼な態度を取られたわけではないが、今日は不自然なほどのへりくだりが見えて翔馬が訊ねた。
「い、いえ、勇者殿も、何かご要望がございましたら遠慮なく申し付けてください」
ハニー・ビーばかりを優遇している事への不満と捉えたか、サジナルドは慌てて翔馬に頭を下げた。
翔馬は特に不満に思ってはおらず、ただ単に疑問に思ったことを口にしただけなのだが「くれぐれも粗相のないよう」という国王からの指示を受けたサジナルドとしては、機嫌を損ねてしまったのではないかと胃の痛む心持ちだ。
表情に出さないのは年の功と言うものであろう。
「あー、分かった。ガーラントか王様と連絡とったね?」
え?と驚くサジナルドに
「じゃなかったら、にーさんが残念勇者だって知ってる訳ないし」
「残念とは言われてないっ!」
昨日の名乗りを思い出し、勇者と名乗ってはいなかったな――と翔馬は納得したが、残念勇者とは事実だけに言われたくない、そう思ったのである。




