59 お馬さんにこんにちは 4
「にーさん、懐かれたねぇ」
翔馬が髪を食む白馬と睨み合……見つめあっていると、黒鹿毛に乗ったハニー・ビーが傍に来て言った。
「懐かれた……?」
「ん。その子、にーさんの事を随分と気に入ったんだねぇ。あ、あたしは、この子が来てくれるって言うからお願いした」
それはもう一目瞭然であった。
最前あったばかりとは思えぬほどに、黒鹿毛とハニー・ビーの空気が穏やかで、10年来の友人であるかようにしっくりときている。
ハニー・ビーが黒鹿毛のたてがみを撫でると、馬は嬉しそうにいななく。
「ライって名前付けた。この子もそれでいいって言うから」
ハニー・ビーが前のめりになって黒鹿毛の前髪をかき分けると、尾と同じ金色の稲妻の形をした模様が見える。これをみて「ブラックサンダーか雷か」の二択で、本人……本馬に選んでもらったと言う。
ブラックサンダーじゃなくて良かった。それ聞くとどうしても日本のチョコレート菓子を思い浮かべちゃうし。翔馬はそう思ったが、その感想を共有できる日本人組がいなかったので、心の中で呟くだけで終わった。
ライって呼んでも、最前の会話を思い出してチョコ菓子を思い浮かべそうだな……とは考えていたが。
「ライが言うには、その子はずいぶんと天邪鬼なんだって。でも、悪い子じゃなくて素直じゃないだけ」
ハニー・ビーはライを走らせながら翔馬の様子を伺っていたが、白馬はどうも翔馬に自分を気にしてほしそうだ、構ってほしそうだと感じていた。
ちょっかいを出しては逃げ、他の馬が寄れば邪魔をする。まるで幼い男の子のようだ。
本人は好きな子に嫌われるだなんてこれっぽっちも思わずに、ただただ構い倒す。素直に一緒に遊ぼうとでも言えれば嫌がられることも無いだろうに。
ハニー・ビーとライの仲の良さを見て、白馬はなぜ自分はこの人間と上手くいかないのかと考えている。面白くてまぁまぁ気に入っているのに、なぜ、自分ではない馬とも交流を持とうとするのか。自分がかまってやっているのに。
そんな思いは当然のことに翔馬には伝わらない。伝わらない事が白馬は分からない。岡目八目のハニー・ビーやライから見れば明らかな事も当事者には不明瞭なものだ。
老婆心ながらハニー・ビーは白馬と翔馬に説明してやる。
翔馬は、あー、やっぱ、ツンツンさんだったけど、俺に興味はあるんだなぁ……でも、面倒な性格してる美人さんだなぁと思っただけだが、白馬は衝撃を受けて打ちひしがれた。
自分が気に入ってかまってやっていると思っていた行動は、人間にはまるで伝わらなくて、かえって逆効果だったらしいと、反省ではなく後悔でなく、絶望してしまったのだ。
ここは人里離れた野生馬の生息地。人との関わり方などまるで分らない白馬にしてみれば、どうすればよかったのかが分からない。なぜ、同様の環境にいる黒鹿毛が人間とこうもたやすく馴染めたのかも分からない。
これはもう、素直なライとひねくれ者の白馬の性格の違いとしか言いようがないのだが。
「美人さん、ビーちゃんが言ってたことが本当なら、良かったら俺と旅をしてもらえないかな?」
結局ハニー・ビーの手を借りてしまったな、翔馬はそう思ったが厚意を素直に受けて白馬に語りかける。
「最初に言ったけど、美人さんと一緒に旅が出来たらうれしい。正直に言って、美人さんてば面倒くさい性格してるなーとか、意思疎通に不安があるぞとか、こんな美人さんだから俺が見劣りするよなとかあるけど、俺は美人さんがいいな、やっぱ」
翔馬のストレートな言葉に白馬としては思う所もあったが、ここで捻くれた態度を取ったらこのけったいな人間との旅は無くなると理解して、素直に翔馬の方先に鼻面を押し付けてこすり「諾」の意思を表明する。
「いいの?ありがとー、美人さん。あ、俺も名前付けていい?」
了承するようにブヒィンと啼いた馬が可愛くて、翔馬は鼻面を押し付けられた状態で馬の首に両手を回して抱きしめる。
「白雪姫とかどうだろう?可愛くない?美人さんにピッタリだと思うんだけど」
翔馬は白馬の性別が分かっていなかった。”姫”という名前に呆れてハニー・ビーが牡馬だとおしえると、仰天して腕を解き白馬の背後に回る。「ちょっと失礼」と尾を持ち上げて股間を見れば、牝馬にはあってはならないブツが目に入り「……ホントだ」と、呆然として呟く。
「なんで牝馬だと思ったの?」
「美人さんだから」
ハニー・ビーの疑問に答えになっていない答えを返す翔馬。
馬が外見的には牝牡の差がほぼ無い事を知らなかったようだ。
「ペガサスでいいじゃん」
「やだーっ!どうしてビーちゃんは俺を恥ずか死させようとするの!?」
ハニー・ビーが翔馬の本名であるペガサスを提案したのは、別に本気ではない。面倒くさいから適当に言っただけだ。
「でも、それがにーさんの本当の名前なんでしょ?」
「チガウ……、オレ、ショーマ」
「ま、にーさんが嫌がってるからその名前では呼ばないけどさ。理由は分からないけど、一応、ホントの親がつけてくれた名前なんでしょ?」
師匠である魔女に救い出されるまで記号でしか呼ばれてこなかったハニー・ビーの言葉に、翔馬は胸が詰まる。当の本人はまるで気にしていないように見えるが、やはり幼少期の傷は残っているのだろうかと、不憫に思ったのだ。
どんな意図があったにせよ、クズ親は俺の為にこの名前を付けてくれたんだよな。
――もっとまともな名前だったら良かったけどさ。
ここは俺が大人になって折れるか。
ハニー・ビーが聞いたら大笑いしそうなことを考えて、翔馬は白馬の名前を考える。どう考えてもそのまま「ペガサス」と付ける気にはなれなかった。
「天翔ける馬でテン。んー、空繋がりでスカイ……って白馬に付ける名前じゃないか。そらで、えーと雲!雲は白い!でクラウド!……ねー美人さん、クラウドでどうだろう?」
白馬に異論は無いようで、美人さん改めクラウドがライと共に旅に加わることとなった。




