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56 お馬さんにこんにちは 1

 馬という生き物は総じて大人しくて臆病だが優しい性質だと言う。

 ばかという言葉に馬の字があてられているが、馬は賢いと言う。


 見渡す限りの草原の向こうに森があり、草原には野生の馬が草を食んだり思い思いに駆けたりとあるがままの姿を見せている。


 早朝に宿を出て馬の生息地へとやってきた翔馬とハニー・ビーは、美しい野生馬に見とれていた。


「カッコイイ……」

「ん。格好いいね」

「城の調教された馬もすっごく綺麗だったけど、自然のままの馬もすっごくイイ……」


 城で調教された馬は、そもそも人間の手で繁殖されたものが多い。能力で選りすぐられ、騎士団や王侯貴族を背に乗せたときの見栄えも重要視されているので、美しくて当然だった。


 野生馬は大自然を背景にしてこそ美しさが増す。訪れた人間など目に入っていない様子の彼らは優美さを追求して掛け合わされた繁殖馬より、雄々しく屈強で強烈な印象を見る者に与えた。


 雄々しいといっても、もちろん雌馬もいるのだが。


「ビーちゃん、いよいよのときは通訳宜しく!」

「ん。頑張って」


 拳を握る翔馬を尻目に、ハニー・ビーは何に気負いもなく馬たちのいる方へと向かった。

 翔馬は動かず、ハニー・ビーの背を見ている。彼女がどうやって馬と交流を持ち、どのように会話をし、どんな手段で自分への同行を承諾させるのかを見てみようと思っているからだ。


 城で多少の経験を積んだとはいえ、付け焼刃にしか過ぎない。たった数ヶ月の馬とのふれあいしかなく、しかもそもそも人馴れしている馬しか知らない翔馬は、最初のアプローチの仕方すらわからない。


 ひとり自分たちの方へ向かってくる人間に、馬たちは警戒しだしたようだ。穏やかだった空気に緊張感が生まれる。


 人馴れしていない野生馬とは言え、やって来る人間がいない訳ではない。野生馬を捕獲し調教するような生業を持つ人間もいるし、奥の森で狩りをする者もいる。

 捕獲するような相手には全力で抵抗するし、奥の森へと足を進める人間は基本的には無視だ。


 草を食んでいた馬も、草原を駆けていた馬もその動きを止め、訝しむようにハニー・ビーを注視する。


 これまで馬と捉えに来た者たちと違い、単身で、しかも無手だ。ゆえに脅威には感じないが、意図が分からずに戸惑い用心している。


 その距離が段々と詰まって来るが、馬たちに逃げ出す様子はない。


 むしろ、興味を持ってきたようだ。


 そのうち、一頭の黒鹿毛のひと際見事な体躯の馬が、ハニー・ビーへ向かって並足で近づいてきた。警戒を解いてはいないが、興味が勝ったようだ。


 ハニー・ビーは自然体のまま、やってきた馬に向かってにっこりと笑った。人に対するような含みを持たせた笑顔や作った笑顔ではない。彼女の心のままに会えて嬉しいという思いが笑顔を形作っている。


 黒鹿毛もハニー・ビーに向かって笑ったように見える。実際には歯をむいたこれは笑顔ではなく、匂いに反応しているだけなのだが、嫌悪の様子はなく、好ましい匂いを感じた様子だ。


「綺麗だね、君」


 互いに距離を詰めていった結果、当然のことに二人はゼロ距離まで近づく。黒鹿毛以外はまだ遠巻きにしているが、黒鹿毛が力の強い馬なのだろう、その馬が敵対心を持つことなく傍に寄った事で、他の馬も警戒を大分解いたようだ。


 ハニー・ビーの言葉に馬もいななきを短く高い声で返す。


 その様子を見ていた翔馬は「短く高音で鳴くときは機嫌がいい、長く低音で鳴くときは不機嫌だ」と騎士に教わった事を思い出した。


 まだ、ハニー・ビーは何もしていない。ただ近づいて行って、綺麗だと褒めた。それだけだ。


 それなのに、あの大きな馬はハニー・ビーを気に入ったのだろうか。これじゃ、ちっともコツがわからない――翔馬は改めてハニー・ビーが規格外だと思い知る。


「――ん。そう長い間じゃないんだ。無理はしなくていい。――いいの?――あー、君にパートナーは?――ん、いないのか、でも、そろそろお年頃で次代を残さないといけないんじゃない?――そう?婚期が遅れるよ?――あははは、随分と自信家だ。あたしに合ってる。――え、逆?そっか、そういう考え方もあるね。ん、確かに。で――」


 翔馬の位置には声は届かないが、ハニー・ビーと黒鹿毛の馬が仲良く話をしているらしき姿は見える。もし、馬と会話が出来てもあれは真似が出来ない。


 初対面で意気投合……なんて高いハードルだ。


 いやいや、俺もナンパは得意だったじゃないか。


 俺は黙って立ってればそれなりの男だ!喋ると残念な男だと言われ続けたが、ファーストアプローチに好印象を与えることは得意だ。


 そもそもハニー・ビーに「会話しろ」と言われたことは棚に上げる翔馬。馬が人間と同様の価値観を持っているかどうかも分からないのに、過去のナンパの実績に勝手に勝機を見いだした。


 ハニー・ビーを見つめるのをやめ。翔馬はあたりを見回す。


 参考にはならなかったが、ハニー・ビーのおかげで馬たちの警戒心が解かれたのは僥倖だ。チラチラと翔馬の様子を伺っている馬もいる。


 よし、俺もナンパしなくちゃ!


 馬へのお誘いをナンパと同様に考えている翔馬は、とりあえずこちらに興味を持っているらしい白い馬に狙いを定めた。





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