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55 とりあえずは馬車で

「浄化の旅であちこちに行ったけど、この街は初めてだ」


 王城から一番近くの街は却って縁が無かった翔馬が、あちこちを見回しながら言う。


「やっぱり、王都の街だけあって規模がデカいし活気があるね」


 人口も比べ物にならないし、流石城下で地方とは違って大商店が軒を連ねていたり、騎士が巡回で歩いていたりする。


「で、これからどうする?」

「んー。まず、馬かな」


 馬車での旅も別世界らしさを堪能できるかもしれないが、召喚されてもう半年も過ぎている。故郷へ戻る時期を決めている訳ではないが、それほどのんびりするつもりもなく、機動力があって自分のペースで動ける騎馬での旅の方が都合がいい。


 翔馬も「勇者なのに馬に乗れないのはカッコワルイ」と、城で騎士に馬の世話から乗り方まで教えてもらい、勇者補正なのかなかなかうまく操るようになっているし、荷物は全てブレスレットの中にある為に運搬の必要も無いから、移動は馬でも問題ない。


「馬が売ってるところ、知ってんの?」


 ハニー・ビーは召喚された直後にこの城下の街に来ているが、狂騒一味とのいざこざもあり、それほど街を見て回ったわけではない。その件が片付いた後も、聖女一行と浄化の旅枕を重ねるか王城にいるかだった、


「馬、買うの?」

「え?買わないの?」


 王に頼めば融通してくれただろうが、翔馬はそのような事は思いつきもしなかった。


「文献で見ただけで実際に行ったことはないけど、ここから北に三日くらい行ったトコにそこそこ標高のある山があって、そこにいい馬が生息してるんだって。そこに行こう」


「……それって、野生馬、だよね?俺、調教されてる王城にいた馬にしか乗った事ないんだけど」


「何事にも初めてはある」


「……まぁ、ね」


 とはいえ、調教どころか捕獲すらおぼつかない自分を想像してため息が出る翔馬。きっと、ハニー・ビーは鮮やかに捕獲して軽やかに乗りこなすのだろうなぁ……と遠い目をした。


「ビーちゃんは野生馬を捕まえて調教したことがあるの?」

「ん。捕まえて……っていうか、一緒に来てくれる子と話し合いして」

「……ん?話し合いって……馬と?」

「ん。あたしの方が上位だと分かれば、大概は素直になる」


 翔馬は知らなかったが、ハニー・ビーには【言語翻訳】というスキルがある。彼女はある程度の知能を持つ動物と意思の疎通が出来るのだ。


 それを説明されて「へー、ビーちゃん、やっぱすごい」と感心する翔馬。


「俺と一緒に来てくれる馬もいるかなー」


 ハニー・ビーの能力を知って気が楽になった勇者であった。



◇◇◇


「俺ら、目立ってね?」

「ん。目立ってる」


 馬の生息地まではとりあえず馬車である。幸い、そちらの方向への乗合馬車がすぐに見つかったので、二人はそれに乗って目的地を目指しているところだ。


 黒髪と黒い瞳の翔馬、赤い髪に金の瞳のハニー・ビー。この国に……というよりこの大陸には見ない色合いゆえにやはり目立つ。


 乗り合わせているのは幼い女の子を連れた若夫婦、行商でもしているのか大きな荷物を屋根に積んだ男性二人、そして翔馬とハニー・ビーで計七人。


 兄弟にしては色合いが違いすぎるし、夫婦にしては二人の間の空気が乾いている。外見のみならず、二人のの関係性も推察できずにいるため、話しかけることもせずにチラチラと窺われていた。


 ハニー・ビーは気にしていないが翔馬は居心地の悪さを感じていた。しかし、翔馬は気付いていなかっただけで、街中でも彼らは注目の的だったのだ。知らぬが仏である。


「ま、今回だけだから」


 馬を捕えれば、乗合馬車に乗ることもなくなるので、そう言ってハニー・ビーは翔馬を慰めた。


 にーさんは、残念でヘタレで案外神経質なところもある、と。


 ハニー・ビーは翔馬の性格評価に「神経質」を付け加えた。いまのところ、長所は加えられていない模様だ。


 目立つからといって絡まれることも無く、天候にも恵まれて、馬車は予定通り三日で山のふもとに到着した。


「おー、大・自・然!って感じだ!」


 そこそこの標高とハニー・ビーから聞いていたが、一度だけ大学時代の友人と登ったことのある筑波山くらいかなと翔馬は見やった。登山といっても初心者向けコースのハイキングのようなもので、友人の山男に「これで登山というな」と言われた覚えがある。翔馬にとっては立派な登山だったのだが。


 出発地であるにぎやかな街から馬車で三日とは思えない鄙びた町だが、翔馬の言う通り、山を背に湖が望め、青々とした森林に囲まれており自然豊かという言葉がふさわしい。


「今日は宿を取って、明日、馬を見に行こうか」

「そうだね」


 時刻はまだ昼を越えたばかりだが、馬を捕えに――ではない、ハニー・ビーに言わせれば馬とのお話し合いに行くには、やや遅いだろうと翔馬は頷く。


「にーさん、馬と話せる?」

「え!?いやいや無理だって」


 宿では2人部屋を取り、この地で栽培されているハーブティーを味わいながらハニー・ビーが訊ねた。


「だってさ、ショーマにーさんも、ばーちゃんやねーさんたちも別世界から来て、言葉に困った事ないでしょ?あたしはもともと言語翻訳のスキル持ってたけど、そうじゃなかったら言葉から覚えなきゃならないんじゃないの?」


「えー、だって、異世界に召喚されたら言葉が分かるのは、ほら、”お約束”だし」


「誰と約束してんの?」


「あー、そういう意味じゃなくて。ほら、俺らのところは想像力逞しい人間が多いって話したでしょ?ご都合主義かもしれないけど、物語の中で言語習得から始めてたら大変だから、異世界に召喚でも転移でもした場合、言葉が最初から分かるようになってる――召喚チート?みたいのがお決まりだったんだよ。その”お約束”がホントに通用しちゃってビックリだけど。あ、言葉が通じない所から始まる話も勿論あったよ?」


「へー。その”お約束”ってのがホントになるんだからすごい。でもさ、その”召喚チート”?ってのが、対人間限定とは限らないよね?」


「あー、でも、俺、城で馬の世話とかさせてもらってたけど、分かんなかったよ?」


「それは、話そうとしてなかったからじゃない?」


「まあ、話せるとも思って無かったけど」


「明日、話してみよう」


「……うん」


 ハニー・ビーが馬を説得してくれるとばかり思っていた翔馬は、反省した。


 この魔女は優しいけど甘くない。厚意に甘えて頼り切ったら、待っているのは見限られて彼女の心から締め出される最後だ。

 おそらく彼女は見放した相手に対しては一片たりとも情を掛けたりしないだろう。


 お馬さんとお話しできますように。


 身震いしながらそう星に祈って翔馬は明日の為に眠りにつくのだった。


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