54 魔女と勇者の旅立ち
被召喚者五名とガーラントのみの晩餐を終え、あとはゆったりと寛ぎながらの別れの酒。決して長いとは言えない期間だったが、濃密な時間を過ごした彼らは、やはりしんみりとしてしまう。
酒に弱い希とガーラントは、泥酔して別れを台無しにしたくないと今日はほどほどの酒量におさめ、蟒蛇の翔馬と樋口は空き瓶を大量生産した。華は、強くも弱くもない自分の酒量を知っているので、飲み過ごすことも無い。
「ばーちゃんとねーさんたちに魔女の祝福を」
ハニー・ビーは青畳の上の座布団に座る樋口の前で膝立ちをし、その額に口づける。
「その道に輝かしい光あれ、安らぎの闇あれ。魔女はあなたを祝福する」
口づけの瞬間に一瞬だけ淡い光が部屋を満たした。
「え、ビーちゃん、なに、それ」
「ん?魔女の祝福。たいした効果は無いから、あまり期待しないで。お守りみたいなもんだから」
続けて希と華にも祝福をし、席に戻ろうとしたところでガーラントに袖を引かれた。
「魔女殿、私にも下さい」
「ん?」
「私にも魔女殿の祝福を下さい」
酒量を抑えても酔っているのか、気安くなった関係からかガーラントがハニー・ビーに祝福を強請る。強請る間も、ずっとハニー・ビーの服の袖をツンツンと引っ張っている姿は、四角四面だった召喚当時の面影もなく、まるで子供のようだ。
「しょうがないなぁ」
ハニー・ビーはガーラントの額に口づけ、祝福の詞を贈る。
「ありがとうございます、魔女殿。召喚の事は、本当に申し訳……」
「いやいや、それはもういいから。聖女様たちのこと宜しくね?」
「一命に変えましても」
「えー、ビーちゃん、俺には!?」
次は自分の番だと思っていた翔馬が、自分をスルーして席に戻ったハニー・ビーに「俺だけハブなんてヤダー。みんなズルいー」と訴える。
「翔馬、何言ってんの。魔女の祝福より魔女一人占めの方がずっとズルいじゃん!」
希の突っ込みに、ああなるほどと納得する。
魔女一人占め。いい響きだぁとにやけていたら「翔馬、キモイ」と希の辛らつな言葉が刺さった。
「まさか、アンタ、ビーちゃんに不埒な感情を持ってるんじゃないでしょうね!?ビーちゃん、やっぱ、翔馬と一緒は止した方がいいよ」
「不埒って、そんな気持ちないよ。ビーちゃんは、天使で女神で魔女だから、崇め奉ってる。よこしまな気持ちじゃないって」
「翔馬さんがもしもそういう気持ちになっても、相手がハニー・ビーさんだから……」
真剣にそういう気持ちはないと力説する翔馬に、華が含みを持たせて言った。
「あー、大小垂れ流しを覚悟してまで迫れないって?ヘタレだから」
「あー、えーと、ヘタレというか」
「根性無し?」
「いえいえ、人の気持ちを慮るから」
希はオブラートにくるまないし、華とてフォローになっているかといえばなっていない。翔馬はいじけて壁に向かって体育すわりをした。
結局、ハニー・ビーが強い事、翔馬がヘタレであることから、希の懸念は不要という事で結論が出たのだ。
◇◇◇
澄み渡る青天は旅立ち日和。
ハニー・ビーと翔馬は、二人連れだって城を後にする。
とりあえず、近くの町までは徒歩である。魔女は収納魔法が使えるし、翔馬は魔女から貰った収納機能を付与された腕輪がある為、二人とも手ぶらだ。
前日に別れは済んでいるから見送りは不要だと伝えたにもかかわらず、聖女たち、ガーラント、トティやズズらが城門まで送ってくれた。
「まーたねー」
「いってきまーす」
明るく旅立つ二人は、この城に戻ることはもうないだろうと思いつつ、朗らかに再会の可能性を含む言葉で別れを告げた。
「いってらっしゃーい」
大きく手を振る華は、召喚当初の内に籠る性格から少しずつ脱却しつつある。
「ビーちゃん、翔馬が何かしたらぶっとばすんだよー!」
最後まで翔馬を信用していない希。
「怪我や病気にお気を付け」
もしかしたら二人は戻らないかも――とただ一人推察している樋口。
「お帰りをお待ちしています」
召喚の責任からだけでなく、彼ら二人を心から心配しているガーラント。
トティらもそれぞれはなむけの言葉を送り手を振っている。
「いこっか、にーさん」
「おう」
魔女と勇者は足取り軽く、まだ見ぬ世界を楽しみに歩を進めた。




