50 聖女お披露目の日
翔馬が荒れた日から一か月後、聖女達のお披露目の日がやってきた。
随分と性急で準備は間に合ったのかとハニー・ビーが訊ねると、最初の瘴気浄化の旅が成功裏に終わった時点で、既に準備を始めていたとガーラントは答えた。
当日は澄み渡った空の、穏やかな凪の日だった。
翔馬とハニー・ビーは聖女ではないので、三人の聖女が乗り込んだ馬車を見送る。
「みんな、結構緊張してたね?」
「そりゃそうだ。普通、日本人庶民がパレードするなんて、オリンピック……っていうあっちの世界での世界的競技大会で超いい成績とったとかしなきゃ、一生縁が無いし」
「浄化の旅の度に馬車で縮こまってたもんねー」
「ぐったりして帰ってくるんじゃないかなー」
翔馬の予想通り、王都内を無蓋の豪奢な馬車でパレードして戻ってきた彼女らは、疲労困憊だった。
沿道で旗を振る民の前で笑顔を崩さずに手を振り続けることは、肉体的には問題なくとも精神がゴリゴリ削られていたのだ。
地方では聖女コールから女神コールになったが、王都では流石にお行儀が良いだろうと思っていた彼女らの期待は、しっかりと裏切られた。
花で縁取られ「ありがとう!聖女さま!」「祝!女神光臨」などわかりやすいものから「勇往邁進聖女艶美」「女神よ、俺の嫁に是非!」という良く分からないものまで、様々な彼女らを讃える言葉の書かれた横断幕がこれでもかというほどに飾られ、浄化に行った先で見られたのか、割合と出来のいい等身大の聖女の姿絵が立ち並び、応援団扇やペンライトを振り回す人々も少なくない。真昼間に屋外で振るペンライトに意味があるのかどうかは分からないが。
聖女コール・女神コールどころか、コール&レスポンスやオタ芸まで披露する一団までいた。
「過去の聖女様、アイドルの追っかけとかやってた人かも……。聖女コスプレしてる人もいた……」
ソファに倒れ込んだ希が精根尽き果てたように言う。
「わりと、聖女って身近で等身大に受け入れられてるんですね」
こちらも疲れた様子の華。ソファの背もたれにもたれかかっている。
それに比べて「まさか、この年でこんな恥ずかしい思いをするとは思わなかったよ」と言う樋口は年の功か余裕がある。二人の聖女に比べれば、だが。
日本人組の共通イメージとして、聖女は不可侵であり遠くから崇め讃えるものという認識だったのだが、実情は全く違った。まるで「会いにいけるアイドル」。しかも、デビューしたてで垣根の存在すらないような距離感である。
「さあ、聖女様、湯あみをして昼餐会のお支度を致しますよ」
普段は入浴も着替えも自分たちでしてしまうために出番の無かった侍女たちが、待ってましたとばかりに聖女たちを迎えに来たのを見て、翔馬は「俺、聖女じゃなくて良かった……」とこぼした。
張り切って手ぐすね引いた侍女たちはまるで踊り出しそうで、反対にドナドナされて行く聖女達は気力が萎えている。それをハニー・ビーと翔馬は生温い目で見送る。
これから昼餐会で王族と高位貴族たちの一部と顔合わせをし、その後には国内の貴族全てが招かれた夜会も控えている。かなりハードだが、社交に興味は無いし時間を割きたく無いと希望した聖女達のため、詰めに詰めたスケジュールとなったため、彼女たちは文句をいう事なく侍女たちのなすがままになるしかなかったのだ。
ハニー・ビーは翔馬を横目で見て大丈夫そうだと安堵した。
自身はお披露目だのパーティだのにはまったく心を惹かれないが、勇者はまた「自分は役立たずだから」と悲観するのではないかと心配していたのだ。
翔馬もその視線には気付き、自業自得とは言え年下の女の子に心配されるのは情けないなぁと、心の中でため息をつく。実際にため息などを溢し、聖女たちを妬んでいるとでも誤解されてはたまらない。
このひと月の間、翔馬はガーラントと共に神脈の見方や魔道具の作り方を、ハニー・ビーに師事して取り組んでいる。勇者補正なのか、神脈はその存在を知ったことにより楽々感知できるようになったし、もともと器用な質なので魔道具作成のコツを掴むのも早くガーラントを驚かせた。
魔導省に是非参入して欲しいと言われたことには、翔馬の方が驚いた。勇者なのに魔導省って……悪い気分ではなかったがお断りをした。
ハニー・ビーは、翔馬はここに居場所を作ろうとしているのだと考え、自分の事のように嬉しくなった。研究所から助け出されるのと、問答無用で召喚するのとは天と地ほどに違うけれど、それでも、自分は師匠の傍に居場所が出来たように翔馬にも拠り所が出来ればいい。そう思うのだった。
◇◇◇
「つっっっかれたーっ!」
夜会の後、仰々しい衣装を脱ぎラフな格好になった聖女達がハニー・ビーと翔馬がのんびりしている居間にやってきて愚痴をこぼす。
「この世界で最初に会ったのが生真面目なガーラントさんだったじゃない?瘴気浄化先でテンション高い人たちは一般市民だからで、お貴族様や王族様なんかはガーラントさん寄りのタイプだと思ってたのに違った!」
「そうなんだ?」
「そう!ガーラントさんが異端で、この国の人は庶民だろうが貴族だろうがノリとテンションが異常だよ!」
「へー、俺は偉い人って言うと国王陛下にお目通りした位だから知らんけど、そっかぁ……あのノリがこの国のスタンダードかぁ……」
聖女たちはさぞ困惑し、身の置き所も無かっただろうと想像し、翔馬は半笑いをするしかなかった。そして再度「聖女じゃなくて良かった」とホッとする。
和やかな被召喚者たちの会合の中、爆弾が一つ。
「あたし、そろそろお暇するねー?」




