48 勇者の清爽
ハニー・ビーに「怒ればいい」と言われてあっけにとられる翔馬。
「いや、俺、平和主義だし」
「そういう問題じゃない」
翔馬が平和主義になったのは、クズな父親の話を聞き、虐待する祖父母を見て「ああはならない」と己を戒めてきた結果である。
クズたちの血が流れている自分も、もしかしたらそうなってしまうのではないかという恐怖心もある。自分が怖いというのは生きていくうえで中々きつい感情だ。
「怒りたくないし、怒る筋合いでもないでしょ?召喚については和解してるし、俺が役に立ってないのはガーラントさんたちのせいじゃないしさ」
「だからって自分を責めてどうすんの」
「責めてないよ。ちょーっと自己嫌悪してるだけ。明日には元に戻るって言ったでしょ」
実際、ハニー・ビーが声を掛けてこなかったら、何でも無い顔をして明日もガーラントや聖女たちと笑い合える自信がある。
明日には笑えるなら今だって笑える。
魔女に安心してもらえるよう、翔馬は笑顔を作った。
「気持ち悪い」
「ひどっ!ビーちゃん、酷いっ!」
「笑いたくないときに笑わなくたっていいでしょ?むしろ笑いたくないときは笑うな」
「……」
そうは言われてもこれが翔馬の処世術だった。無害である事、軋轢を起こさない事、暴力なんてもっての外。27年間の人生で、物心がついてから感情のままに怒りを出したことが何回あっただろうか。暴力暴言もただ耐えて、辛い顔を見せずに笑顔でやり過ごしてきたのだ。
「ビーちゃんは強いねぇ……」
「強くなろうとしてなったんだよ?」
言おうか言うまいか逡巡した後、ハニー・ビーは口を開く。
「あたしは師匠に救い出された10歳まで、自分が人間であることも知らなかった。でも、アンタは人間だよって言われてすぐに納得できるほど十年は短くなかったよ。あたしはにーさんとは逆でさ、笑顔を知らなかった。怒ることも泣くこともなかった」
今の表情豊かなハニー・ビーからは想像も出来ず、掛ける言葉の見つからない翔馬はただ頷いた。
「無表情でね。師匠によく”気持ち悪い”って言われたよ。今になって考えれば無表情の子どもはそりゃ気持ち悪いかもしれないけど、よくもまー人体実験の被害者にこんなひどい事を言うよねぇ。それだけじゃなくて、師匠はしょっちゅうあたしを貶すようなこと言っててね……」
「ビーちゃんを助けてくれた師匠さんだから悪く言いたくはないけど、それはあんまりじゃない?」
「でしょー?でもさ、師匠には師匠の思惑があってさ。あたしを怒らせたかったんだってのが後になって分かったよ。感情の発露として、先ず、怒らせようと。笑ったり泣いたりも大事だけど、自分が置かれていた環境に怒ることも出来なかったあたしの感情を、なんとか爆発させたかったんだって」
おそらく、感情を出すことを知らない、自分が人間だという事も分かっていない10歳の子どもを笑わせることより怒らせることの方が容易だったのだろう。
「あたしが初めて師匠に対して言い返したとき、師匠は大泣きして抱きしてめてくれた。それで”お前は怒っていい。むしろ怒れ!”って――。だからさ、自分と重なる部分があってショーマにーさんにも怒って欲しいのかも」
勝手な事を言ってゴメンとハニー・ビーが笑う。
「ビーちゃん……。でもさ、ビーちゃんと俺は違うから。俺の親はクズだったって話したでしょ?感情の抑制が効かずに暴力を振るうようなクソだったって聞いたし、育ててくれた祖父母も暴力振るうタイプだったし、俺、そんなクズの血が流れてるから――怖いよ」
あいつ等と同じなんじゃないかと……俯いていう翔馬をハニー・ビーが抱きしめて背を撫でる。
「ダイジョブ。にーさんはクズじゃない。クズの血って言ったら、あたしだってそうだよ」
「ビーちゃんは親のコト分かんないって」
「ん。あたしがいた研究所は非合法の組織だったからさ、そこで実験に使われる種と卵は、子供を切り刻んで良心が痛まないクソ研究所の奴らのものか、そういうとこだと分かって金で売る良心の無いクズのものかどっちかだと思うよ。自尊心が高い奴らばっかだったから多分、前者かなー」
育ちが育ちだったので、翔馬は抱きしめられた経験が殆どない。それゆえに抱きしめ方も知らない。人のぬくもりを知らない訳ではないが、この少女の抱擁は色恋抜きのものであるからこそ尊く温かい。
両腕を開いたものの少女を抱き返すことが出来ずに、宙に浮かせたままだ。
「ホントはさ、もっとうまくショーマにーさんの事を怒らせることが出来ればよかったんだけど」
なかなか難しいねー、あたしはまだまだ未熟だ。そう言って背を撫でるハニー・ビーの手が温かく、翔馬は涙をこらえることに必死だ。彼女は翔馬が泣いたとしても見下すこともなくただ抱いていてくれるだろうと分かっていても、素直に涙を流すことは出来なかった。
なので、涙の代わりに感謝の言葉を溢す。
「ビーちゃん、ありがと。ビーちゃん、天使」
「いや、あたし魔女だし」
「天使で魔女」
「にーさん、ランティスに染まってきた!?」
そこでようやく翔馬の両腕がハニー・ビーを抱きしめる。顔を見られないように体を密着させて。
「にーさん、秘密だけどあたしはあたしがいた世界に帰れるんだ。あー、王様にはバレちゃってるけど、ガーラントも知らない事だから内緒だよ?ニホンは知らないからにーさんたちを帰してあげることは出来ないんだけど……あたしが帰るとき、にーさんも一緒に来る?」
「プ……プロポーズ!?」
「ちがーうっ!あーもー、そういう反応しそうだから言おうかどうしようか悩んだんだよー、もー」
翔馬は獣人がいて冒険者ギルドのある世界への憧れがあるようだから、もし、本当にここに居場所が無いなら向こうで作ればいい。ハニー・ビーは優しくそう言った。
「ビーちゃん、女神」
「魔女だって」
「女神で天使で魔女」
怒ってもいい、むしろ怒れ。そう言われて「はい怒りましょう」とはならないけれど。
役立たずな自分が何かできるようになったわけではないけれど。
少し、心が軽くなった事を翔馬は感じた。




