43 不幸自慢大会 3
「あたしの名前はね、きららってんだよ」
凍り付いている部屋の空気を変えるように朗らかに樋口が言った。
「こんなばーちゃんに随分とかわいい名前だろ?――けどねぇ、その名前を付けてくれたのは赤の他人で、5才まであたしゃ自分の名前を”オイオマエ”だと思ってたのさ、笑っちまうだろ?」
朗らかな口調でも内容が内容なので、もちろん空気は変わらない。どころか、更に凍りついた。
「あたしゃ5歳の時にボロ雑巾のようにボコボコにされて棄てられたさね。まあ、きららってのはそりゃもう恥ずかしいけど、名前なんて自分じゃない誰かが付けるもんだし、それをああだこうだ言ってもしょうがないやね」
ヘビーな過去をあっけらかんと懐かしい話でもするような口調で言う樋口に、希も谷崎もかける言葉が無かった。
「よし!じゃ、俺もカミングアウト――!」
自棄になったかのように右手を振り上げて翔馬も続く。
「俺の名前は翔馬って書いてペガサスって読みまーす。キャー恥ずかしいっ」
振り上げた手を下ろし、両手で顔を覆い、身悶える翔馬。
「俺が物心つく前に死んだ実親はクズで、祖父母はそりゃもー苦労したそうで。家庭内暴力に金の巻き上げ、何度も警察のお世話になって。死んだときはほっとしたろうけど、忘れ形見の俺がいたりして苦労は終わらなかった。ってか、息子にされた仕打ちを晴らすように俺に暴力を振るったよ。あれ、俺らって、親に恵まれて無いチーム?イヤンな共通点だよなー」
「はは、そりゃ確かに嫌な共通点だねぇ」
「ですね……」
「ヨシ、ここに結成!チーム・THE 被虐待児!」
「いやーっ、翔馬、そんなチーム名付けないでっ」
とんでもないチーム名を披露した翔馬に、酔いも醒めた様子の希が突っ込む。
喜ばしくない共通点に、もう笑うしかない日本人たち。
暴露大会というのか不幸自慢大会と言うのか、さらけ出した過去の成果で、不幸な自分を胸の中に隠していた四人は、自分一人じゃない、自分もつらかったけれど誰もが辛かったのだという事を知って心の奥の澱んだ何かが少しだけ溶けていくような気がした。
辛かった過去は変えられない。
だが、それに捕らわれていては辛いままの人生になってしまう。分かっていても逃れる方法が分からない。
樋口は不幸な幼い自分を、産婆と言う赤子をこの世に迎える手助けをする仕事で昇華させてきた。
後の三人はまだ若いからこそ昇華させる時間も術も無かった。
心の闇を口にしたことで、チーム・THE 被虐待児はいい方向に向かうのかもしれないな。ハニー・ビーは明るい予感にクスッと笑みをこぼした。
小さな笑い声だったが、日本人組の耳ははそれを拾い揃ってハニー・ビーを見た。
「あ、ごめん。チーム結成のお祝いムードが面白くて」
「結成してないーっ!」
「チーム・THE 被虐待児は嫌です……」
「こんな年寄りが今更、被虐待児って言ってもねぇ」
「ああっ、俺の提案が受け入れて貰えないっ、悲しいっ。……あ、the・不憫ってのはどうだろ?」
翔馬の提案は総スルーされた。
ジャスターでの希と谷崎の諍いはとりあえず手打ちとなっただろうか。おそらくこれからも谷崎は言いたいことを飲み込むだろう、希はそれを見てイライラするだろう、ぶつかることもあるだろう。人はそう簡単には変われないから。
けれど、この世界でたった四人の日本人。
上手くやっていけるといいよねぇ……。ただ一人、元の世界に戻れるハニー・ビーはそう祈るのだった。
「ひっ……ひっく」
突然の嗚咽の声。発生源はガーラント。
「も……申し訳……ありません。……ひっく。つ……辛い思い……を、されて、いた皆さまを……別世界から……召喚する、などと……更なる、苦しみを……えぐっ…。この罪……首を……差し出すだけでは……済みません。ひっく……うぐぅ……。かくなる上は……この腹、掻っ捌いて……お詫びを……」
「何処の時代劇好き日本人がそんな言葉残した!」
腹を掻っ捌いてお詫びなど、時代劇の中でしか聞いたことのない翔馬が突っ込む。
「し……しあわせに、育って……すみません。えぐっ……愛されて、育って、すみません。さ……才能が、魔術の才能があって……それで自信をもってて……すみません」
「あ、今、私イラッとした」
「ガーラントさん、かなり酔ってるねぇ」
ガーラントは王妹を母に持ち、公爵家当主を父に持つ第三子として生まれた。両親の仲は良好で二人の兄にも可愛がられた。三男という事で公爵家を継ぐ目は無かったが、幸いにも魔力量が多く、魔術の才能も秀でていたために幼い頃から魔導士を目指して、22歳の若さにして魔導士長となった、運と環境と才能に恵まれた男だった。
もちろん当人の努力があっての事だが、その努力以前に可能性を摘まれた被召喚者たちに申し訳ない気持ちになっても仕方ない。
酔いも手伝ってとんでもない発言をしたガーラントを日本人組が冷ややかに見ている事に、当人は気づいていない。
「ま……魔女殿、も、苦労を……されてきたの……でしょうか」




