36 瘴気浄化の旅 6
「グリージョ達は路地裏で拘束したから垂れ流しでも良かったけど、ここは他所様のお屋敷だし汚しちゃ拙いか……」
路地裏でだって拙いのだが、領主の屋敷ではもっと困るだろう。主に掃除を担当するメイドさんとか。
「そっ、そうです!ハニー・ビー様!」
ハニー・ビーの言葉に光明を見い出し、声をあげたのはメリア。
「ここは領主さまのお屋敷です!粗相なんてもってのほかです!ス……ススス……スズ先輩は、さっきからトイレに行くの我慢してました!このままではお漏らし必須で、この綺麗なお部屋に水たまりが出来ちゃいます!想像してみてください、この真っ白い絨毯に黄色の水たまりが出来る様を!そりゃもう、とんでもない罪悪です!物理的に首を切られちゃうかもしれません!そうなってはショーマ様の嫌う血がどぴゅーっとなる死亡事案です!スズ先輩は、もう、ほんっとギリギリなんです!」
「そうなの?」
「そう!そうなんです!そりゃもう、ぷるぷる震えるくらいに我慢してました!なんなら、ちょっとチビってたかもしれません!むしろ漏れていない方が不思議なくらいですっ!なのでっ、もうっ、今すぐにでもトイレに行かないと悲惨な事になっちゃいます!なので、どうか、拘束を解いてあげてください~~~っ」
勢いよく90度に体を曲げて頭を下げるメリアは、自分が何を言っているのか分からない位に必死だった。
「そっか。赤髪の騎士のほうは拘束解こうか。さすがに目の前でお漏らしとか見たくないよねー」
至ってまじめに返答を返すハニー・ビーを見て翔馬は堪えるようにくつくつと笑う。トティは額に手を当てて目を閉じ、天を仰いでため息をつき、アーティは無表情に様子を観察している。
ハニー・ビーの言葉に光明を見たメリアは下げたときよりも勢いよく頭を上げた。ぶんっと風の音が聞こえそうなほどだ。
「――アルヴァ先輩はっ!朝からお腹の調子が悪いんです!ぴーぴーごろごろですっ!ぎゅるぎゅるきりきりなんですっ!今は大丈夫に見えても、いつ爆発するか分かりませんっ!爆発したら、そりゃもう大惨事ですっ!ズズ先輩の水たまりの比じゃありませんっ。爆音と悪臭と視覚の暴力の極悪トリプルコンボです!そんな事になったら首を切られるどころか八つ裂きです!ショーマ様の目に惨殺死体の姿がこびりついちゃいます!なので、どうか拘束を解いてあげてくださいっ」
またまた勢いよく頭を下げるメリア。翔馬はもう我慢できなくなって、腹を抱えて大笑いだ。
「あー、そりゃ、茶髪の騎士も拘束解かないと大変だねー」
「そうなんですっ!大変なんですっ!」
「あ、あたし、掃除系や洗濯系の魔法は大得意だよ?」
「おおっ、それは凄い……じゃなくて、ですね」
「び……びーちゃん……、メリアちゃんに……免じて……拘束、解いて……あげよーよ」
息も絶え絶えに翔馬が言うと、メリアは今度は翔馬に向かって頭を下げる。
「ショーマさま!ありがとうございますっ。トティもアーティ隊長も全く頼りにならない中、ショーマさまだけが、私に救いの手を差し伸べてくださいました!なんてお優しい方でしょう!神ですか!神ですね!?」
「か……神、チガウ。……勇者」
「勇者!?おおっ、神は勇者も兼ねてるんですね!?なんて素晴らしい!」
聖女らが街に戻った時の住人のテンションと似通ったものを感じ、翔馬は引き気味である。このノリがこの世界の標準だとしたら、慣れるまでに時間がかかりそう……と言うか慣れることが出来るのか不安だと翔馬は思った。
メリアと翔馬の取りなしで……という態でハニー・ビーはズズらの拘束を解いた。ちょっと脅しをかましただけで、元々長時間拘束をするつもりは無かったので、彼らの口出しは歓迎するものであった。
拘束を解かれた二人はメリアを連れて猛然とした勢いで部屋を出て行ったのであった。
「トイレ、間に合うといいね」
もちろん、茶番だという事は分かって言っているハニー・ビーである。
◇◇◇
「……ビーちゃん、これ、どうしたの?」
入浴と着替えを済ませた聖女たちは、領主とガーラントとの打ち合わせを終えた。
このあと、異形化した者たちの瘴気を祓う事となり、護衛達と共に街に出ることとなる。お偉い立場に慣れたものならば護衛を呼びつけるのであろうが、根っから庶民の聖女たちは自分たちが行った方が早いと、護衛の部屋を訪れたのだ。
旅装であった筒袖と軽衫袴から一転して、王城で見たようなヒラヒラした服であるが、以前着ていた色彩豊かなそれと違い、その色は真っ白だった。
「おー、ねーさんたち、お帰り―」
「ただいま。――で?」
部屋のドアを開けるなり希たちの目に入ったのは、ソファでくつろぐハニー・ビーと土下座状態の女騎士三名であった。ズズとアルヴァはともかくメリアには土下座の理由は無いように思えるが、一蓮托生というヤツかな、騎士団なんて超体育会系だろうし……と翔馬は思う。
聖女に対して行った、敬意と忠誠を表す片膝をつく礼ではない。まごうことなく謝罪の意を込めた礼だ。正座の状態から両手をつき、額を擦り付けるどころか顔面は大丈夫ですかと聞きたくなるほどに絨毯にめり込んだ頭部。誰が見ても尋常の様ではないのに、ハニー・ビーは優雅に茶をのんでいる。翔馬も魔女の隣で茶菓子を楽しんでいるが、トティとアーティは見てみぬふりだ。
「んー。ちょっとした行き違い?勘違い?があって、それが解消されて、ゴメンナサイされてるところ」
「そ……そう」
全く詳細の分からない説明に、希はいきさつを聞くのを諦めた。
「いったいどんな行き違いがあったらこんな事になるんだかねぇ」
のんびりと言う樋口とは対照的に、ガーラントは真っ青になった。
慌ててハニー・ビーの足元に跪き首を差し出すと、沈痛な面持ちで謝罪する。
「ハニー・ビー殿。我が国の者が貴方様に無礼を働いた事を心よりお詫びいたします。どうぞ、この首でご寛恕いただきたく――」




