31 瘴気浄化の旅 1
初めての瘴気浄化のための旅立ちの日が来た。
もちろん、いきなりランティス国全土を旅してまわるわけではない。先ずは確認されているうちで一番近い街を目指す。片道馬車で二日ほどにあるシャスターと言う街の外れにある湖が、ある日突然に水が黒く淀み異臭を発するようになったと言う。
領主権限で神官や魔導士が派遣され浄化を試みるも不首尾に終わり、立ち入り禁止としたうえで国に調査依頼が来た。
国の調査でも原因が分からず、それどころか湖の周囲にまで徐々に異変は及んだ。周囲の森の動植物の異形化と凶暴化。土が汚染され異形化しなかった植物は枯れていく。当然、近くの町や村で狩りをしていた者たちは森へ入ることが出来なくなり活計を失う。
それもまだ、この災厄の始まりに過ぎなかった。
人の縄張りにいる家畜や農作物が変異し、農地が枯れる。この地だけではなく、国のあちらこちらから同様の状況が報告され、救いを求められる。
そして、異形化が人にまで及んだ時、国王と国の上層部は聖女召喚を検討した。国史によればランティス国では過去に6度の聖女召喚を行ったという。そのうちの三例が、今回と同じ瘴気による兇変の為だった。三度とも召喚された聖女の力により、平穏を取り戻したと記録にある。
これだけなら、国王も召喚に同意しただろう。
しかし、わが国では聖女による救済は問題なく平和を導くものであったが、他国では更なる災厄をもたらし、被召喚者により国が終焉に導かれたこともあるのだ。
国王は思う。
縁も所縁も無い地に召喚され、元の場所に戻す術はないがどうか助けてくれと言われ、はいそうですか、助けましょうと言える者がどれだけいるのかと。自分なら、人の運命を捻じ曲げた報いを受けさせたいと思うだろうと。
国と民の命を救うための方策を取るとき、博打は許されない。
今まで幸運にもランティス国に被召喚者が災いをもたらしたことはない。だが、それはただ幸運だっただけかもしれない。次こそ、救いもたらしてくれると思った相手こそが災厄になる可能性がある。
国王は召喚を請願する声に肯わなかった。
友好国に対し支援を求め、有識者に文献を当たらせ、なんとか自分たちの力でこの禍から脱出せねばならぬと昼夜問わずに方策を話し合った。
空の魔石に瘴気が溜めこめると立証されたが、それも微々たるもの。どうにかこのシステムを大々的に行使する術はないか、研究や実験を重ねさせたが今もって大きな成果は上がっていない。
そこにガーラントが召喚を願い出た。
国王の却下を聞いて尚、彼は召喚術を使った。しかしそれも、ハニー・ビーが言うように「国王の掌で転がされて」の事である。
災厄を召喚したのなら、ガーラントにその責を負ってもらう。成功なら国が救われる。そして、ガーラントの召喚は成功裏に終わり、国王はその賭けに勝った。お人好しで、他者に認められること・求められることに喜びを感じる利用しやすい善人。能力が高く、此方の身勝手な要望に対しても最大限の努力をしてくれる純朴で勤勉な聖女と勇者。
魔女殿には見透かされたようだが、賢しらな口をきき反発する態度を取っていても、あれも善人。
「国王がただの善人では政は立ち行かず、民にいらぬ苦労を掛け、国を傾ける」
自嘲するようにつぶやくが、その顔は満足そうだった。
◇◇◇
「え?ビーちゃん、馬に乗れんの?」
「ええっ!?乗れないの?」
「乗れない……。っていうか、生の馬を見るのも初めて」
「生じゃない……って、煮たり焼いたり?」
「いや、生食はしたことがある。馬刺し、美味いよね」
話が噛みあっていない勇者と魔女である。TVでしか見たことのない馬を間近にして、その大きさに驚く翔馬に対し、人の手で繁殖され調教が済んだ馬どころか、野生馬、人馴れしていないユニコーンやバイコーンまで乗りこなすハニー・ビーとでは、意思の疎通は難しいようだ。
「ばーちゃんもねーさんたちも……」
「乗れないね」
「無理」
「……乗れません」
世界が違うと常識が違う、それを改めて感じたハニー・ビーは翔馬に振り返ると、にやりと笑って言う。
「聖女様ならとくかく、勇者様は馬に乗れた方が格好いいんじゃない?」
「こ……乞うご期待っ!」
聖女たちは王城にいた時とは違い、筒袖の上衣にゆったりした軽衫袴のような下衣を付け、裾が長い薄絹の上着を重ねている。
11人の為に用意されたのは馬車が3両。聖女用、勇者+魔女+ガーラント、荷物用で、護衛の5人は騎馬と馭者である。
長距離ならともかく、国の首都から馬車で二日の距離なので野営の準備も要らず、荷は少なくて良い――それぞれが自分の鞄を一つ持てば良いだろうとハニー・ビーは思うのだが、そこはそれ国の肝煎りでの聖女様巡行なので、それなりに必要な物はあるようだ。
「ん?トティにーさん?」
「おう、お嬢さん、久しぶり」
馬車の準備をしている人物の中に見知った顔を見つけ、ハニー・ビーが声を掛けた。
「にーさんも行くの?」
「ああ、何でか分からんのだけど、俺のような平騎士に声がかかったんだよ。よろしく頼む」
「あー……。ん、分かった。あたしのせいだ」
「お嬢さんの?」
「そう。お腹の黒い狸が、途中であたしが逃げるリスクを減らすために、心情的に切れない相手をメンバーに入れたんだと思う。はー……信用無いなぁ、あたし」
これはハニー・ビーの察したとおりである。
初めての浄化行脚の為に、少しでも楽に過ごせるように顔見知りを入れたと国王なら言うであろうが、その実、確実に一人で逃げられる――しかも、元の世界に戻れる彼女を、多少なりともこの地に紐づけできるように選ばれたのがトティだ。
ハニー・ビーは、契約したからには遂行するつもりでいるので心外ではあるが、人選に文句がある訳ではない。
そこに第三騎士団第二大隊の隊長アーティと、ハニー・ビーの知らぬ女騎士3名が加わり、総勢11名は出立した。




