30 三人の聖女と勇者
虐待・子棄てなどの話になります
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勇者と三人の聖女の親はクズだったという内容だけ覚えておいていただけるとありがたいです
――勇者の場合――
俺は要らない人間だった。
幼い頃に亡くした両親は記憶にない。写真を見て、ああ、この人たちが親なんだ――と思う程度だ。
引き取られた先は、父方の祖父母宅。
もともと父と祖父母は折り合いが悪かったらしい。
話を聞くとさもありなんということなんだが、父は相当やんちゃ……って言葉を選んでも仕方ないか、粗暴であったらしい。
その粗暴な父から受けた仕打ちを俺で晴らそうとした祖父母も、真っ当な人間ではないと思う。
中学に入るころには止んだが、それまでは暴力・暴言は当たり前だった。俺が成長するに従い、祖父母は当然老いていく。心身ともに弱った祖父母は、虐待した俺に縋るようになった。
いままで殴ったり罵倒したりした相手によく擦り寄れるもんだよなぁ……。
まぁ、そんな育ち方をした割には真っ当な人間になったつもりでいる。
でも、人の頼みを断れない。誰にでもいい顔をする。なにをされても許す方向に心が動く――ってのは、やっぱ、ちょっと歪かなとも思う。
親と祖父母を反面教師にして、誰とも軋轢を起こさないよう衝突はなるべく避け、人付き合いは穏やかに……の筈がお調子者だの残念な人間だの言われるようになってしまったが。
――俺は異世界でも要らない人間だった。
召喚されて異世界に来て勇者で……でも必要なのは聖女だから。
その俺を認めて、必要だと言ってくれた王様。
必要なのは”勇者”であって、翔馬ではないのかもしれないけど。
それでも、嬉しかったんだ……
――聖女 希の場合――
小さい時から妹とは扱いが違うなーって思ってたんだ。妹は両親に愛されていて、私は疎まれていて。
中学に入学したときに「あなたは私たちの娘じゃないの」と母に言われた。
聞けば、母……だと思っていた人の姉は奔放な女性だったようで、高校二年の時に家出をし、その後、7年間も行方知れずだったのに、ある日突然に赤ん坊の私を連れて実家に戻ってきたと言う。
そして、赤ん坊を置いて翌日には姿をくらましたと。
姉に対して思う所はあれどこの小さな命に罪は無い。
そう言って結婚したばかりの実母の妹は私を引き取ってくれたんだって。父だと思っていた叔母の夫も同意してくれて、可愛がってくれたんだって。――実子である妹が生まれるまでは。
うん、仕方ない。
実母がそういう人だと聞かされてショックだったけど、妹との扱いの違いの理由が分かって、あー、しょうがないなぁと腑に落ちた所もある。
顔も知らない実母に名付けの理由だけは聞いてみたかったけど、生きているのかどうかも分からない。
一緒に話を聞いていた二つ下の妹はそこから変わった。私の物を取ったり悪い噂を流したりしたうえで「あたしのお父さんとお母さんにチクれば?出来るもんならねー」そう言った。
その日、それまでにあった甘えは一切合切切り捨てた。
自分の居場所を作るのは自分の力しかない。戦え!戦え!戦え!自分の力で自分の居場所を勝ち取れ!
そんな気持ちで生きてきた。
就職してからもがむしゃらだった。負けたくない気持ちで必死だった。
ようやく成果を表せそうだった時の召喚。
何で!?自分の居場所を勝ち取ったと思ったのに!
めちゃくちゃ腹が立ったけど……ここに私を必要としている人がいる。
王様なんて偉い人から頭を下げられて、困っている人がいるからと私に助けを求めていて。
うん。
ここを私の居場所にして……いいよね?
――聖女 樋口の場合――
あたしは捨て子だった。
実親はハッキリ言ってクズ。
「子供産めば実家が金出すって、アンタが言ったんでしょっ。どうすんのよ、お金にもならないこんな足手まといのガキ!」
「しょうがねーだろうっ!あん時はお袋を突けばどうにかなると思ったんだよっ。ちきしょう、アニキんところは子供出来ねーって聞いてたのによっ」
捨てられる前の晩、5歳の頃の記憶。
その時は意味が分からなかったけど、忘れる事も出来なくてね。ああ、もちろん、大人になってから分かったさ。男は実家が金持ちなんだろう。そして兄夫婦は子宝に恵まれなかった。勘当されたか出奔したのか知らないけどね、血を繋ぐ子供が出来れば家に戻れるか、それとも子供を引き取らせる代わりに金を出させるかしたかったんだろうね。
それも取らぬ狸、夢物語だったわけだけど。
行き掛けの駄賃とばかりに、殴る蹴るしてボロ雑巾のようになったあたしを捨てた親。
拾われた先で名前を尋ねられて「オイオマエ」と答えたときの相手の顔は見ものだった。そうだね、そりゃ名前じゃないさね。今ならあたしにだって分かるさ。「これからの人生が輝くように」の思いを込めて「きらら」と名付けられたけど……いや、その気持ちは嬉しいけどさ、やっぱりもうちょっと別の名前が良かったねぇ……。
今ならそんな名前もありだろうさ。でもあたしがそう名付けられたのは昭和の中期。名前で随分と揶揄われた。拾われっ子だってのも相まって虐めていい相手だと思われていたのもあるんだろうしね。
ま、あたしも若い時分は荒れたこともあったけど、産婆という職に就いてからは真っ当に生きてきたつもりだ。捨てられた子が赤子を取り上げるなんてどういう事かと思わなくもないけどね、これが天職だったと思っている。
自分は結婚にも子を持つ事にも夢は見れなかったから、生涯独身を通したけどね。取り上げた子らが幸せであればいい。そう思うよ。
召喚とやらをされ聖女だと言われた。
こんなばーちゃんでも役に立つなら、もうひと働きしょうかねぇ……
――聖女 谷崎の場合――
私は虐待されて育った子供です。
食事を抜かれたり、叩かれたり、冬に下着だけでベランダに出されたり。
水風呂に入れられ風呂の蓋を閉められたり、タバコの火を押し付けられたり、何日も部屋に閉じ込められたり。
9歳の時、児童相談所に一時保護されたのは、学校の先生からの通報がきっかけだったそうです。
痩せて、傷だらけで、服は体に合ってないボロで臭くて。
そりゃ、通報だってされますよね。むしろ、それまで通報する人はいなかったんでしょうか。
最初の頃こそ、親の元に帰りたいと思っていました。面会に来た両親も泣きながら「もうしない、愛している、帰って来て」と言っていましたし。
でも、相談所の判断で児童養護施設に入所となりました。
天国だと思いました。
毎日三回ご飯が食べられる。服は洗濯されて清潔なものが着られる。お風呂は冷たくも熱くもなく気持ちがいいものだと知ったのも施設でのことです。
誰も私をぶたない、怒鳴らない。なんて幸せな事でしょう。
18歳で施設を出た後、親には帰って来るなと言われて一人暮らしをして大学に通いました。
お金は持っていたようです。うちの親。
きっと、私と一緒で相手がいない生活の幸せを知ったんだと思います。
でも、その育ちのせいでしょうか。私は自己主張の出来ない人間になりました。
好きも嫌いもしたいもしたくないも言えない。誰かが決めてくれたことに従う楽さ、否定されたくないから発言もしない。同意を求められたら頷く。
本当はこれじゃいけないとも思っているけれど、ならどうしたらいいのかが分からない。
召喚され、聖女と言われ、助けてほしいと言われ。
――――私は頷きました。




