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03 だって、魔女だから

「聖女様、私はガーラントと申します。ランティス国王甥にして、魔導士長を拝命しております。聖女様の御尊名を頂戴させていただけませんでしょうか」


 瘴気石を待つ間に、やっと自己紹介である。薄青の長髪を一括りに結んでいるガーラントは年のころは30絡み。長身で痩せぎすだが、精悍な顔立ちで己に自信がある為か押し出しが良い。


「あたしは、ハニー・ビー。魔女だよ」


 対する少女――ハニー・ビーも少女としては長身で、紅玉と評された髪と黄金と例えられた瞳をもって、背筋を伸ばした立ち姿は年若い娘とは思えぬほどに堂々としていた。顔立ちは幼げであるのに、強い意志を窺わせる瞳とたまに皮肉気に歪むほかには笑みを乗せることのない唇のせいで、ふてぶてしくも見える。


「魔法陣のこと、聞いてもいい?」

「え?あ、はあ、なんなりと」


 ハニー・ビーは瘴気にも聖女にも関心は無い。関心があるのは見たことのない術式の魔法陣の事だけだ。自分が飛び込んだ、部屋の床に刻まれた魔法陣と似て非なる魔法陣を宙に描く。


 一度見ただけの魔法陣を指先から発する光だけで再現したハニー・ビーに男たちは驚愕を抑えきれずにうめいた。


「聖女様……。聖女様は魔法陣を描く際に聖別されたナイフなどを使われないのですか」


 この世界では、魔法陣を刻むために聖職者により祈りを捧げられたナイフを使用する。ハニー・ビーが発した光はおそらく魔力であろうと推察はした彼らだが、目の当たりにしたその非常識な様に顔色が無い。


「そうだねぇ。あたしは大概このやり方。ナイフで刻んだら後々まで残っちゃうじゃん。魔力で描けば終わったあとに証拠は残んない」


 証拠が残らないようにとは、悪事を働く際に使われる言葉ではないだろうか。首を傾げる男たちにハニー・ビーは質問を始めた。

 魔術式を一つ一つ指しながら、自分の推察と彼らの語る答えとを照らし合わせては頷く。聞きながら「この術式はもっと簡略化できる」「ここは多項式にしたほうが効率がいい上に効果が高まる」と自分の持つ知識を加えた改良方法を考えているが口にはしない。精度や機能が高まってもハニー・ビーの利益にならないからだ。彼らはこの魔法陣を言い伝え通りに描き、発動させただけで構築する能力はなさそうだとも見て取った。


 そして、この魔法陣はやはり特定の条件を満たす誰かを探して召喚するのではなく、ランダムに”どこか”の”だれか”が足を踏み入れただけで発動するのだと、ハニー・ビーは己が選ばれて呼ばれたわけではないと確信する。


 こうしてハニー・ビーが一方的に知識欲と言う利欲をむさぼっている間に、瘴気石を取りに行った男が戻ってきた。

 ハニー・ビーとしてはここに来た目的を既に十分果たしてしまった為、聖女でないことの証明などはすっかり忘れていたが、これ以上絡まれるのもご免だと、言われるままに拳大の青黒い石を両手で受け取る。


 反応は無い。


 浄化される際に起きる現象は知らないが、これは自分に反応していないとハニー・ビーはガーラント達を見やった。


 ね?と首を傾げてるハニー・ビーに、え?と言うようにこちらも首を傾げるガーラント達であった。


「あたし、魔女だから」


 何度目の台詞だろう。


「聖女様では……」

「ないね」


 ガーラント達の反応からするに、瘴気の浄化は即座に行われるものなのだろう。依然として瘴気を溜めこんだままの石を見て悲痛な顔をしている。


「と、いう事でー、あたしを帰してもらおうか。あたしがここに来た目的も果たせたし」

「……です」

「ん?」

「無理、なのです。呼ぶ事はできましても帰すことは適いません」

「……ん?」


 やはり、行き当たりばったりの召喚かとハニー・ビーは嘆息する。目標を定めて魔法陣を展開させたのなら、そこに送り返せばよい。出来ないのは、場所・あるいは人物を指定してではなく無作為に行使された術だからで、送り返す座標が分からないのだ。


「帰す気も術もない召喚かぁ」

「誠に……申し訳ない、ハニー・ビー殿。例え聖女でないにしてもこちらでの生活は保障させていただく」

「あ、いや、いい。あたしはダイジョブ」


 頭を下げたガーラントの提案をあっさりと一蹴したハニー・ビーの顔には、思い詰めたり悲観したりと言った負の感情が浮かんでいない。


「んー。聖女の疑いが晴れたらすぐに帰ろうと思ってたけど、せっかく来たんだから、()()()()この世界を見て回るよ。あたしは魔女だから平気だよ」

「いえ、こちらの起こした事態を看過するわけには参りませぬ。――先ず、こちらの腕輪をお付けいただきたい。これには、守護魔法陣が刻まれ、主教による聖別も行われております」


 ガーラントが差し出したのは指の幅位の平たい金属が三回りしている腕輪だ。一巡目に金の魔石が、二巡目に青の魔石、三巡目に透明な魔石が嵌まっており、魔石を囲むように陣が刻まれている。

 その魔石と魔法陣を見やったハニー・ビーは口の端を片方だけあげて笑った。


「お高そー。くれるの?」

「はい、どうぞお受け取り下さいませ」

「でも、これ、あたしには効かないよ?」

「……は?いえ、守護の腕輪でございまして」


 付けてみてもいいけどさー、ま、付けるまで引かない気でしょ?面倒くさいから効かない所を見せた方が早いか。あたしが魔女だってこと、さっきまで魔法陣に関して対等に――ではない、明らかにこちらが格上だ――話していたことも彼らの認識をカエル役には立たなかったらしい。やれやれと思いつつ、ハニー・ビーは腕輪を受け取った。


 明らかに安堵した様子のガーラントの前でハニー・ビーが腕輪を左手首に嵌めると、跪いていた彼はすっくと立ちあがり少女を見下ろして言った。


「汝ハニー・ビー、陣を刻みし我に従え。召喚の故由(ゆえよし)の他言を禁ず。この世界において他者を害することを禁ず。虚言を禁ず。自傷を禁ず。我が指示に従う事を誓え!」


 己の力量に自信を持つことは悪い事ではないだろう。ガーラントは魔導士長を冠するに値するこの国随一の魔導士であるがゆえに、他者の強さを測ることを知らない。自分の力が通じないなどと考えたこともなかった。


 今日、この時。


「イ・ヤ・だ・ねっ」


 ハニー・ビーが現れるまでは。




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