22 三人の聖女
魔導士一同平身低頭で謝罪すること2時間。ようよう聖女の怒りを宥め、新たに持ってこさせた瘴気石で黒髪の女性も栗色の髪の女性も聖女であることが判明した後、呼ばれたのは翔馬だった。
もちろん翔馬から望んだことではない。ガーラント達が同郷の先達――と言ってもたった二日だが、それでも先に呼ばれた同郷の者には心易くなるのではないかと思った故の策だ。
ハニー・ビーに付いて行ったがローマンに連れ戻され、その後は城で大人しくしていた翔馬。まさか、自分が召喚されてから二日でまたも召喚の儀が行われていたとは――と驚くも、そもそも一回目と2回目も間が無かったと聞かされ、やっぱり切羽詰まってんだなぁと同情した。
このお人好し具合を見て、ニホン人は押し並べて情け深いから御しやすいと思い込んでいたガーラント達である。それも、今回の召喚で間違いだと気づいたわけだが。
「どーも、初めまして、勇者でーす」
翔馬の脳天気な挨拶に胡乱げな瞳を向ける聖女たち。
「聖女さんたちのちょっと前にこっちに呼ばれたんだけどさー、必要なのは聖女様で勇者じゃないって事で、どうしよっかなーって感じの勇者です。あ、如月翔馬、27歳、会社員です。でしたって言うのが正しい?」
聖女たちの視線も何のその、翔馬は至って穏やかに挨拶をした。
「聖女だって言われたってねぇ……こんな年寄りに何を言ってんだか。ああ、産婆の樋口だよ」
「あの……谷崎華です。21歳で、大学生……です」
「小山内希、26」
無機質な召喚の間から場を移して、広くて絢爛な部屋へ移動した聖女たちと対面する翔馬。あまり大勢が取り囲んでは聖女たちが落ち着かないだろうと、同席している魔導士はガーラント他2名のみである。
傍観者のままで三人の名前を知ったと思ったガーラントは、懐にある服従の魔法陣を刻んだ腕輪を抑えた。
魔女に対しても翔馬に対しても、この魔法は発動しなかった。実際のところ、失敗の原因は本名を二人が口にしなかったからなのだが、ガーラントはそれを知らない。
泰然としている老婦人とおどおどしている栗色の髪の女性はまだいい。怒りをあらわにしていた黒髪の女性に服従の呪文を唱えて効力が無かった場合、聖女としての行動を望むことは絶望的になるだろう。
それでも彼女たちの名を脳裏に刻んだ。
サンバ・ヒグチ殿、タニザキ・ハナ殿、オサナイ・ノゾミ殿。
翔馬が聞いたらツッコミ必須なのだが、もちろんガーラントには分からない。
「如月さん?聞いた話ではあなたは二日前に誘拐されたんですよね?それでよくそんなにのんびり構えていられますね」
「翔馬でいいよ、小山内さん。いやー、話を聞くとガーラントさんたち気の毒でさぁ。俺が何とか出来るんだったら良かったんだけど、なんせ、俺、ほら勇者だから」
「私も希でいいです。ですが、それ、私たちに関係あります?無いですよね?」
「敬語も要らないって。まー、確かに関係ないっていやぁ無いけど」
「ですよね?何で縁も所縁も無い私たちが呼び出されて、二度と帰れないって、この国の危機を救ってくれって言われなきゃならないんです!私、初めて任された案件のプレゼンが成功して、これで一人前に扱ってもらえるって思って……今までしてきた努力をパーにされて、それで聖女だから世界を救え!?ふざけんなって話ですよ!」
希は話しているうちに怒りが再燃したか、段々と声が大きくなっていく。
「まーまー。落ち着いて、希ちゃん。うん、確かにね、希ちゃんからしたら怒るのも無理ない話だよね、うん。それは分かる」
うんうんと翔馬が頷く。
「対価を求めよう。腹が立つから聖女としての協力はしないって事でもいい。けどさ、怒っても嘆いてももう日本には戻れない。だったら、自分の力でこの世界で生きていかなきゃなんないじゃん。気持ちの切り替えは難しいだろうけどさ、もう、覆水盆に返らずじゃないけど、取返しつかないみたいだしさ」
「そりゃ、そうですけど……」
傍で聞いているガーラント達は翔馬に感謝をした。同じことを自分たちが言える立場にはない。もしも言ったら「誘拐犯が自分の都合のいい事ばかり言っている」と更に怒りを煽るだろう。
「ね?どんな対価を求められてもガーラントさんたちには拒否権は無いだろうと思う。いますぐってのは無理でもさ、この先の人生の方が長いんだし、出来れば切り替えてちゃんと生きていきたいじゃん」
黙り込む希の隣に座っていた樋口が言う。
「あたしゃ、構わないよ」
「樋口さん」
「あんたらみたいな若い子たちはね、そりゃ、あっちでの未来があったろうさ。けど、あたしはやるべきことやりつくしてさ、取り上げた赤子の数は千を超えて、もう楽隠居でいいだろうって思ってたけど、こっちで誰かを救えるんだろう?それならそれもいいさ」
樋口はそう言って希の背を撫でた。
「あんたは若い。いますぐに切り替えろって言ったって……ねぇ?あった筈の未来を奪われて、はいそうですかって訳にゃいかないよねぇ」
背を撫でられて希は頷く。
「翔馬さんは……どうやって切り替えたんですか?」
「え?」
「いきなり攫われて帰れない状況なのは一緒ですよね?しかも、勇者?だから必要じゃなかったって言われて、翔馬さんこそそれで良く納得できますね」
うーんと翔馬は考える。
「俺はさー、どうしても帰りたいって言う何かが無かったんだよね。それに、勇者召喚キタコレ!チートだひゃっはーってなって、別にガーラントさんたちに物申すみたいな感じでもなかったし、異世界だー!ってんで俺の中の中学二年生がはしゃぎ過ぎちゃって」
そう言って恥ずかしそうに身をよじる翔馬を、呆れたように希は見た。
「翔馬さん……大人だと思ったんですけど、なんか残念な感じの人なんですね……」
「また言われた―!俺、どこに行っても残念の称号が付く!」
「うん、なんか分かります」
真顔で言いきられ、さすがに身の置き所が無い翔馬である。
「ははは、ま、その方が生きやすいさね」
「ですよねー」
はははと誤魔化すように翔馬は笑う。それを仕方ないなぁと言う様子で見る希。残念勇者のおかげで、幾分気持ちが楽になったようだ。
それを見ていたもう一人の聖女は、言葉を発することなく、ただ曖昧に頷いているだけだった。




