02 聖女じゃない
「魔女……」
「そうそう、あたしは魔女。聖女様じゃないなぁ」
ごめんね?と少女が申し訳なさそうな様子もなくにこにことして告げる。
「あ、でも良い魔女ね?呪術で誰かを呪ったことは無いし、悪魔崇拝もしてないし、今のところは誰かに危害を加えたりしてないし恨まれてることもない、多分。何をしているかっていうと、占いをしたりお呪いしたり、薬を作ったり病気や怪我の治療したりもする」
「良い魔女、ですか。あの、先ほども奏上申し上げました通り、元の世界での役割と召喚によって得られる能才とは等しい訳でなく、此方に参られた時点で聖女の能力が備わると文献にございます故」
うーんと腕組みをして、どういえば伝わるのかなぁと少女は思索する。自分が聖女ではないという事は自分自身が一番分かっているのに、なぜ理解してくれないのだろうと少々苛立ちながら。
「聖女様であることを証明する方法ってある?まさか、喚んだ人=聖女で確定じゃないよねぇ?来るのが快楽殺人者だったり政治犯だったり精神異常者だったりするかもしんないし――あ、男の人だったらなんていう?聖男?――ってそんな言葉ないか。聖人?私の姿が見える前から”聖女様”って言ってたけど、女の人限定で呼び出せんの?」
聖女たるもの限定で呼び出せるのならあたしが呼び出されるわけがない、と少女は思った。”あたし”を選んで呼んだかどうかも疑わしい、と。
そもそも、元の世界で突然地面に描かれた魔法陣が彼女の見知らぬ物であったため、知識欲・探求心から体を宙に浮かせて真上から観察していたのである。
それが他者を攻撃する意図を持たない事は初見でも読み取れた。
術式を検証するうちに、ここではない何処かへ繋がる扉であることも分かった。
誰か、或いは何かを指定して引き込むのではなく、全くの無作為で魔法陣に足を踏み入れたものを転移させるのだろうと推察した後、少女は迷うことなく魔法陣に向かって降り立ち、今ここに至るのである。
彼女がその魔法陣に飛び込まなければ他の誰かがこの場にいたのだろう。
もしも、喚ばれた人=聖女でだとしたら……自分が聖女である事は可能性の事としても考えたくない少女は目の前の男に問いかける。
「そもそも聖女の定義って?」
問われてガーラントは跪いたまま頭を上げた。
「神の恩寵を受け、禍を払うものでございます。御業をふるうことなくとも、そこにおられるだけで瘴気が浄化され民に安寧をもたらす存在、と文献に。我が国ランティスは平穏が長く続き、最後に聖女様がご降臨されてより250年余り。ご功績を目の当たりにしたものはおりませぬし、文献もおぼろな表現が多く我らにも分からぬことおびただしく」
ご降臨――って自分たちで呼び出してんだよね?と少女は首を傾げる。
「荒廃した大地を蘇らせ緑で満たすと」
「異形となった生き物を触れただけで元の姿に戻したと」
「治癒魔術でも治療が叶わぬ瘴気ゆえの病を癒やすことが出来ると」
「無辜の民の為にその命を捧げるように国中を回り救済なさったと」
「国を救った後、当時の国王陛下の第三妃となり、御子を持つことはなくとも、一生涯を民の為に奉じたと」
ガーラントに続き、他の面々も口々にかつての聖女の偉業を讃えた。
おぼろと言う割には詳細が次々と出てくる。
「おお、聖女様すごーい」
勝手に呼び出されて、瘴気をどうにかしろと難題を吹っ掛けられて、それでも聖女としての責務を果たすとか偉すぎる。あたしだったら対価を要求する。対価が王の第三妃になることだなんて馬鹿な事は言わせない。
そう考えている少女の内心など、もちろんローブの男たちは知る由もなく頬を紅潮させ頷く。
「仰るとおりにございます」
「でも、あたしは聖女じゃないからね?」
無私の心は持ち合わせない少女は、はっきりと宣言したのだが、黒ローブの男たちは無言で首を振った。
「……」
「……」
堂々巡りである。
「えー、じゃ、検証しよう?あたしが瘴気の傍に行って浄化できるかとか、異形の生き物?に触ってみるとか」
「聖女様を危険な場所や生き物に近づける訳には参りませぬ。ジャスター、瘴気石を」
「はい、ガーラント様」
ジャスターと呼ばれた男が部屋から出て行く背を見送って、少女は疑問を口にした。
「瘴気石っていうのは?」
「空の魔石に瘴気を溜めこんだものです。浄化は叶いませぬが、経年にて薄くなっていくことは実証されておりまして急場凌ぎではございますが、瘴気の濃い場所で空の魔石を設置しております」
そんなもんがあるなら、最初から出せや。
少女はそう思ったが口にはしなかった。自身を聖女だと決めつけている男たちに何を言っても無駄だろう、その瘴気石とやらを浄化できなければ彼らも認めざるを得ないのだから、それを待とう。論より証拠だと口をつぐんで大人しく待機するのであった。