16 渡りかけた橋 6
「ショーマにーさん、何で付いてきたの?」
ハニー・ビーが翔馬に尋ねたのは城を出てからだった。付いてこられて困ることもないが付いてくる意味は分からなかった。
同行しているのはローマンとその部下20名。ハニー・ビーが確保している人数が多い事、被害者の保護にも人員が必要な事を鑑みれば大人数と言う訳でもない。
そして、これだけの人数が居れば翔馬を無事に城に連れて帰ることも困難ではあるまい。
魔女には勇者の面倒を見る気はもちろん無かった。
「とりあえず、この世界を見たいなーと思って」
「ガーラントに筋通してからの方がよかったんじゃない?」
自分がさっさと出奔したことは棚上げである。
「んー。ガーラントさんに一応声はかけたんだけど、耳に入ったかなぁ。ビーちゃんの格好良さに惚れ惚れとしていて、周りの声が聞こえてなかった感じだし」
ガーラントは全く気付いていなかったが、翔馬は声を掛けることはしたらしい。
「あたしに惚れ惚れってのは、にーさんの勘違いだけど」
「え?なんで!?ビーちゃん、すっげー格好いいじゃん!」
「にーさんは平和だねぇ……」
町に入り、グリージョ達を放置してある路地に差し掛かったのでハニー・ビーはローマンに対して、上に向けた人さし指をちょいちょいと動かして呼んだ。
「この奥にあたしを攫おうとして失敗したおバカさん4人を放置してあるんだけど、持ってく?」
「放置……したなら、もうここにはいまい。動けなかったとしても人通りが少ないが皆無でもなし誰かが助けているだろう」
「多分だいじょーぶ。要る?要らない?」
「まだいるなら確保したい」
「りょーかーい」
ハニー・ビーの予想通り、壁伝いに歩く者などいなかったのだろう。グリージョ達は魔女の言いつけ通りに壁際で声も出せず身じろぎも出来ずに立っている。汗まみれで顔は蒼白、大小垂れ流しで匂いも見た目も惨憺たる有様ではあるが、一応まだ生きているようだ。
「誰もいないぞ?……なんだか酷い匂いだが」
ローマンは言うが、隠形を掛けてあるので見えるのはハニー・ビーだけだ。そう思ったら翔馬が声をあげた。
「え?あそこにいるじゃん。なんかすっげー汚い人等」
「にーさん、見えんの?」
「え?見えちゃダメなヤツ?ヤバイ。俺、霊感無いと思ってたんだけど、これって勇者補正!?ヤダー、幽霊は見たくない。怖い、無理、お家帰る」
「だいじょーぶ。あれは生きてる。幽霊じゃない」
「ホント?ビーちゃん嘘つかないでよ?」
召喚を他言しないでほしいというガーラントの願いは覚えているが、称号に関しては何も言われていないため、勇者という言葉を翔馬は平然と口にした。
「……勇者?」
「ん。残念勇者とでも、脳天気勇者とでも呼んでやって」
「なんで!?」
なんでも何も、翔馬が残念な男だという事はハニー・ビーの中では決定事項である。
「魔女だの勇者だの……子供の遊びか」
呆れたように言うローマンに対し、ハニー・ビーは肩をすくめただけだった。
「隠形解除。ただし、動くな、喋るな」
ハニー・ビーが隠形を解くと現れるグリージョと男三人。
射るような、それでいて助かる望みが見えたような目で見つめられても、ハニー・ビーの心は揺れない。
一瞬の驚愕からすぐに立ち直ったローマンが部下に縄を打つよう命じた。考えることは後回しに、すべきことを成すを信念としている彼らしい動きだった。
それが果たされたのちに「もう、いいよ」とグリージョ達にかけた魔力を解く。
「くそったれ!あたしが何したって言うんだいっ!アンタは知らないだろうけど、あたしに手を出してタダで済むと思ったら大間違いだよっ」
縄を打たれた状態で準軍事組織の制服を着た兵士に拘束されているにもかかわらず、グリージョは居丈高に叫ぶ。己の所属する組織とその後ろ盾に絶対の自信を持っているからだ。
「やだなー、おねーさん。ただじゃすまないのはおねーさんの方だよ。大鉈振って膿を出すって国の上の方の人が言ってたし」
ガーラントやアーティが実際にどのくらいの権力を持っているかは知らんけど。とハニー・ビーは心の中で付け加える。
「はっ。昨日今日この国に来て、しかも捨てられたアンタが大口叩くじゃないかい。一時拘束されたって、あたしゃすぐに娑婆に戻って来るからね。ここまでされたんだ、落とし前はきっちり着けさせてもらうよっ」
ハニー・ビーの力をその身で知り、二日も飲まず食わずでいて己の排泄物で汚れた形をしていても、グリージョの心は折れていないようで、魔女はいっそ感心した。
うんうん、そのくらい生きがいい方が悪党らしいね。
「ん。楽しみにしてる。お財布膨らませてから来てねー」
「覚えてやがれっ!」
引き摺られて行く最後の最後まで悪態をつくグリージョにひらひらと手を振るハニー・ビー。
ローマンは心配げに魔女を見ているが、翔馬は拍手喝采だ。
「あー、ハニー・ビー嬢、容疑者確保の協力に感謝する。しかし、無駄に恨みを買う事は無かったんじゃないか?」
「だいじょーぶ。あの程度の小悪党にどうにかされるようなあたしじゃないし、そも、にーさん達がアイツ等をちゃんと裁くでしょ?だったら問題ないじゃん」
「いや、今回の事だけじゃなくてだ。その物言いじゃ敵を作るだろう」
「気にしない、気にしない。あたしはあたしのやりたいようにやるだけ。悪党を前に尻を捲るような不細工な真似したかないしさ」
「ビーちゃんっ、女の子が尻とか言わないっ」
「女の子だって尻は尻って言うしー」
「尻を捲る……?」
あっけらかんと笑うハニー・ビーに何をか言わんやとばかりにローマンは首を振った。それを、いつもはされる方の立場だという事に彼は気づいていなかった。