12 渡りかけた橋 4
四肢を繋がれていた少女は、とても世話焼きで小さな子の面倒をみることに長けていたので、ハニー・ビーは正直有難く思っていた。小さな子のお世話はただでさえ大変なのに、この屋敷内での扱いで傷ついたり、そもそも人としての成長を阻害されている子供もいたため、魔女一人でみるのでは手に余っただろう。というか、解放後の事を考えていなかった。
「フォセカがいてくれて助かったよ」
「ハニー・ビーさん、他所の国の人だっていうけど、ホント、何も知らないもんね?」
弟妹の世話をしていたといった少女はフォセカと言い、人攫いに狙われるだけあって目立つ容姿の美少女だった。反抗的な態度ゆえに鎖でつながれていたが、商品だからだろう、体に無体な事はされなかったというし、見たところ痣や傷も無い。もちろん、心という外からは分からない部分では酷く傷ついていることだろうが。
「うちの国と違い過ぎて、何がなんだか」
「蛇口を知らないのには驚いた」
ハニー・ビーが水を出せなかったため、フォセカは魔女が居た国では上水道が発達しておらず井戸での生活だったのではないかと推察していた。ハニー・ビーの知る蛇口は手をかざせば水が流れる物であったため「蛇口をひねる」という行為を知らなかったのだ。
もっとも、魔女と名乗ることを許された身として魔力量は膨大であり技術も高かった彼女は、蛇口を使う事もなく水魔法で事足りていたのだが。
水回りの使い方・調理器具や食品・調味料、生活道具に至るまで既知の物と違い過ぎ「これが異世界か」とハニー・ビーは浮かれていた。それを見たフォセカは、魔女はきっとこの便利な道具らが珍しくてはしゃいでいるのだろうと微笑ましく思っている。
「トティ様、来ませんね」
小さな子を膝に乗せて食事をとらせていたフォセカが呟く。幼子は人として育てられていなかったせいで、服を着ることもスプーンを使う事も嫌がって暴れたが、フォセカはそれをうまくいなして面倒を見ている。
他の四人も同じ部屋にいるが、急に現れて拘束を解き屋敷の人間を行動不能にしたハニー・ビーを信じる事も出来ず、かといって敵対心を持つでもなく遠巻きにしている。
まだ年若い少女が自分たちを救う正義の味方としては頼りなくもあるだろう。騎士が動いていることで、彼らはここから逃げ出したい気持ちを堪えていた。
それを考えるとフォセカがよくも魔女との距離を詰めてこの国――ハニー・ビーにとってはこの世界――の事を教えてくれたり、幼子の面倒や食事の支度をしたりと出来るものだ。紅一点のフォセカだが、非常事態に強いのは女の方かもしれないな。それとも同年代の同性という事が大きいのかも。ま。捕らわれの身がどのくらいの期間だったか知らんけど、そこから解放されてまだ1日だもんね。
距離のある4人をチラリとみてハニー・ビーは思う。
ムカついたから潰してしまえ!と短絡的に行動を起こしたハニー・ビーは、これからはもっと後の始末を考えてから動こうと胸に誓った。救出しました、後は知りませんでは無責任すぎる。
常日頃は師匠にこき使われていると思ってたけど、あたしが動いた結果をきっとずっとフォローしてくれてたんだな。心を入れ替えて、ちゃんとした弟子になろう。「五年も面倒を見てやってんのに今更かい」という師匠の声が聞こえた気がする。心地よい幻聴にハニー・ビーは温かい気持ちになった。
「今日の昼までには来るように言ったけど、もう昼だなぁ」
「やっぱり難しかったんでしょうか」
暗い顔をしたフォセカに、ハニー・ビーは慰めるように笑って「にーさんがダメならあたしが出るから」と言うと「自分たちの事もですけど、トティ様の事も心配です」と更に俯いた。
フォセカたちは騎士であるトティに期待しすぎないように己を律していたと魔女は見る。それは魔女の知らないこの国の貴族の力関係のせいかもしれないし、法が当てにならないのかもしれない。
半分あきらめているように見えるのはこの屋敷に拘束されたせいかもしれないし、それ以前に市民の権利がもともと弱いからという場合もある。
流石にハニー・ビーは市民の権利向上や横暴貴族の粛清にまで干渉する気は無いが、躓く石にも縁あり。ご縁があった相手の力にはなりたい。
ワルモノぶっ潰してオシマイってそんな簡単に済む話じゃないんだろうな。あたしが得意なのはそこまでであとは野となれ山となれ精神で生きてきたんだけど、それって元の世界というホームでこそ可能で、昨日今日知ったここでは通用しないだろう。
魔女への信頼も実績もないし。
ぶっちぎって出てきたとはいえ、この国の将来をあたしに丸投げしようとしたお偉いさんがいるんだから、今度はあたしが丸投げしてやろう。お偉いさんってのは、国を取りまわしたり民の安寧を保持したりする義務がある。多分。そもそもあたしは考えることが苦手なんだから、そういうのが得意な人にやってもらう。
そう考えたら、丸投げじゃないな、うん。彼らがすべき事をやって貰おうじゃないか。
ハニー・ビーは自分の中で理屈づけると一階のエントランスホールと勝手口、裏口などすべての出入り口に拘束と転移の魔法陣を展開する。これで侵入者は拘束された状態で自動的に地下へ転移される。昨日は招かれざるお客さんを対面で相手していたが、自分が留守をするなら先ずは完ぺきな保安対策が必要だ。
窓に強化の魔法をかけ、家全体に防火の魔法をかけた上で保護膜を張った。
万が一の為に、フォセカに子供のこぶし大の玉を預ける。緊急事態が発動した場合、これを壁なり床なりに投げつけて壊せば魔女に救難信号が届くからというと「ハニー・ビーさんって生活に必要な事を何も知らないのに凄いことが出来るのね」と感心半分、呆れ半分で言われたが「あたし、結構優秀なんだよ」と返すだけにとどめた。
ガーラントに召喚の事は口止めされているからと言う訳ではないが、みだりに不安を煽るようなことを言っても意味が無いからだ。
「気を付けてね、ハニー・ビーさん」
幼子を抱いたフォセカが心配げにハニー・ビーを送り出す時、他の四人も思う所があったのかフォセカの背後から頭を下げた。
城からここまで来るのには跳ばずにしっかり歩いたが、現状、留守にする時間は短いほどいいのでハニー・ビーは屋敷の庭から王城まで魔法で転移した。
屋敷内から跳ばなかったのは、この国の魔術レベルではおそらく転移などポンポン出来るわけでもなさそうで説明が面倒だったから、人の目の無いところで行ったのだ。
召喚陣のある部屋へ直接跳んでも良かったが、一応、門を通る。城を出た時とは違う門番がいたが、ガーラント達から問い合わせがあったのかハニー・ビーの風体は知れていたようで魔導士団の面々が行方を捜していたと伝えられ、あっさりと城内に案内された。
伝令が走り、召喚時のメンバーが一人駆けてきてガーラントの元へと案内してくれると言う。
「随分と顔色が悪いけど大丈夫?」
「はっ、問題ございませぬ」
そこからは特に会話もなく、すれ違う使用人たちは前回と同じく壁際に下がって頭を下げるのでハニー・ビーは人物の把握も出来ていないが、自分に関係してくることはないだろうからと気にも留めなかった。
そして案内されたのは召喚陣の刻まれた部屋。部屋に入って目的の人物を見つけたハニー・ビーは満面の笑みを浮かべて言う。
「やほー、ガーラント。ちょっとお願いがあって来ちゃった」