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01 召喚された魔女

「おおっ、成功だっ!聖女様の召喚に成功したぞ!」


 石造りで装飾の無い部屋の床に描かれた魔法陣から霧が立ち上り、その中心にうっすらと人の影が浮かび上がると、魔法陣を囲んでいた黒いローブの男たちは歓声を上げた。


「これで国が救われる。ガーラント様、素晴らしき功績です」

「なに、国を愛する者として当然の行いだ。賛美される要もない。それに私だけの力ではない。ここにいるもの全ての力だ。誰が欠けていてもこの成功は無かっただろう」


 そう言いつつもガーラントの表情は浴びた賞賛にゆるんでいた。


 聖女召喚。


 それは、国が危機に瀕しているときにのみ行われる禁術。現在、この国――ランティス王国は原因不明の瘴気発生により、作物の実りは阻害され、病は蔓延し、魔獣や家畜を始めとする生き物の異形化など、かつてないほどの国難にみまわれていた。


「ご謙遜なされるな、ガーラント殿。そなたがおらねば召喚という困難な術の成功は無かった。まさしく救国の臣。済民の英雄だ」

「しかと左様にございます。ガーラント様が今、この国におられることを民は喜び、この国に英雄がいる幸運に涙を流す事でしょう」

「左様左様。貴殿の功績はこの先長く語り継がれること間違いない」


 現在、異形化した動物からの脅威や飢えとの闘いに疲労している国民は、誰であろうと現状を打破してくれる者がいるのなら最大限の感謝をするだろう。民は戦う術も現状を改善する手も持たないのだから。

 召喚に成功しただけで軽々しく浮かれる男たちは、魔法陣が発動した、ただそれだけで禍は去り、平和が戻ると信じて疑っていない。しかし、それはまだ絵に描いた餅、捕らぬ狸の皮算用だ。現れた人物の性格も資質も能力も全くの未知数なのだから。


 召喚成功に浮かれている面々は、魔法陣から立ち上っていた霧が晴れてきたことにも気づかないほどに能天気であった。


 「あー、楽しそうなところ申し訳ないような気がしないでもない……でもないんだけど。そろそろ、こっちを構ってもらえないかな?」


 魔法陣の中央に立ったまま”勝手に呼び出しておいて放置するなや”を婉曲な言い回しで伝えた少女は、勿論のこと全く申し訳なさそうではなく、苦笑を隠さない。

 ”気がしないでもない……でもない”ってどっちだ?と思いつつ、黒ローブの集団は少女に向き直る。


「おお、申し訳ない聖女殿……なに!?」

「……赤い髪に金の瞳、だと」

「聖女様は黒髪に黒い瞳だと文献に――」


「いや、過去にいらしてくださった聖女様がみな黒髪と黒曜の瞳だったからといって、それが聖女の条件とは限るまい。この大陸にも赤毛はおるが、紅玉のように透明感のある髪を持つものはいない。黄金の瞳も然りだ。確かに異なる界から招かれたお方だ」


 ざわつく者を制して、ガーラントは自分に言い聞かせるように言葉を発した。つい先ほどまでの浮かれた様子はなく、己を誤魔化すようにさらに言う。”招かれた”と言う言葉を聞いたときに皮肉気に上がった少女の口の端は見なかったことにした。


 年のころは15~16歳位か。豊かに波打つ赤毛は背の中ほどまで結い上げることもされずに下ろされている。ランティス王国では15歳にもなれば女性が髪を流しっぱなしにすることは無い。全体か一部かの差はあれど結い上げて身分に合った飾りを付けて当然なのだ。

 もちろん、異世界からの招き人なのだから風習や常識が違って当たり前なのだが、この国の女性を見慣れたガーラントには奇異に映った。


 服装もそうである。


 少女は襟ぐりのゆったりした長袖でマキシ丈の白いワンピースに、銀糸の刺繍の入った黒いコルセットジレを付け、同じく銀糸の刺繍を施された黒いローブ姿。体のラインを隠すゆったりした服装がこの国では一般的だ。しかし、彼女ははしたないと言われても仕方ないほどに胸や腰が強調された服だ。


 流儀は違って当たり前だ。ガーラントはそう己に言い聞かせ、少女の前に片膝をついて頭を下げた。


「異世界よりの来訪、心より感謝申し上げる、聖女様。突然の事にてさぞ驚かれたことでありましょうが、何卒、わが国をお救い戴きたい、その一心で我らは聖女様をこの地にお呼び立て申した。この国は現在……」


 彼らはこの国を襲っている禍について口々に語り、国を、民を救ってほしいと訴える。少女は目を見張ったり頷いたりしながら彼らの話を聞いてから、おもむろに口を開いた。


「残念だねー。あたし、聖女じゃない」

「いえ、聖女様は元の世界で聖女であったと必要はなく、召喚……お招きしたときにその力が備わるものでして」


 ふむふむと頷いて少女は笑う。


「だって、あたし、魔女だよ?」




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