たまいぬ
生まれて落ちては 命を漕がす
死の先見据えて 思いを焦がす
寒空の下の 愛の物語
昔々の大昔
ある山にお爺さんとお婆さん
仲の良い老夫婦が住んでいた
人里離れた山での生活は
時には厳しく
時には優しく
2人は力を合わせて何年も何年も
山と共に生きていた
何時 身が朽ちようと後悔は無いが
敢えて心残りがあるとするならば
2人は子宝に恵まれる事がなく
一生を終えようとしているところか
その思いを内に秘め
今年も冬がやってくる
冬の山は寒くて 冷たくて
それはそれは大変だったが
この年はこれまでとは少し違った
猪狩りに出たお爺さんが家へと帰るために
木々の間を進んでいると
寒そうに震えて倒れていた 一匹の子犬を見つけたのだ
毛色こそ茶色いが 変わっているのはその額
まん丸で大きな白模様が面白く
一目で気に入ったお爺さんは子犬を連れて帰ってきたのだ
お爺さんは言いました
「婆さんや 芽も残さずに枯れるなら せめて細枝で屋根でも作らぬか」
お婆さんは言いました
「その子の額は満月のよう 神様からの 授かりものかもしれません」
額を取って「玉」と名付けた子犬は老夫婦の家族となった
翌年となっても苦しい生活には変わりなかったが
まるで人の子のように
よく食べ よく聞き よく懐く
そんな玉が可愛くて 次の冬が来る頃には
老夫婦の心に暖かなもので満たされていたのだ
だが そんなある日
今年も同じようにと猪狩りにお爺さんがでていったのだが
暗くなっても帰ってこない
一回り大きくなった子犬はいつ帰ってくるかと
家の入り口をただただ見つめていても戸が開く事がない
心配に思ったお婆さんが服を着込んで外に出る
「あなたはここで 待っていなさいね」
よく聞く玉はワン!と吠え
家の中に座って待っていた
待ち続けていた
何度も日が変わろうと
お腹が空いても
眠くなったその日まで
ずっとずっと老夫婦の帰りを待っていた
玉がふと 目が覚めると戸が開かれており
眩しい光が差し込んでいたのだ
不思議と軽い身体で光の中へと向かうと
そこには笑顔のお爺さんとお婆さん
玉は大喜びし老夫婦の元へと健気に走って抱きついた
お爺さんは言いました
「お前もお腹が空いたろう」
お婆さんは言いました
「待てと言ったのに 仕方のない子」
老夫婦は月の都に導かれ
光となって玉を迎えにやってくる
ながいながい 幸せな時を過ごすことができたのだ
とある人里の近くには 一度迷うと帰れなくなるという
彷徨い山と呼ばれる場所があったそうな
恐れるあまりに名付けてから数十年
山から生還した行人が現れたのだ
行人は語る
不幸にも道を誤り迷っていると
満月のような額模様の小さな犬が現れて
道案内をしてくれたのだ
人里までたどり着きお礼を言おうと振り向くと
犬が煙のように消えるという
最初は誰も信じなかったが
1人 また1人と同じように小さな犬に救われて
季節が変わる時には誰もがこう言った
神の使いが現れたのだと
後に 山の麓に神社が建てられる
愛らしい満月の額を持つ 仔犬を模した石像の土台には こう刻まれている
『魂犬』と
小さき子犬は人と混じりて仔犬となった
死すれば月世 昇天されると信ずれば
恐れること無かれ 悲しむこと亡かれ