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隠密ちゃんと神官様3

 謎の納得をして以来レクサールは、何かと私に自身のマリアン論を熱く語ってくるようになった。隙あれば語るし、隙がなくても無理やり作ってくる。いかにマリアンが素晴らしい人間か、マリアンならどういう行動をするか、こういう行動をしてはマリアンらしくない、マリアンのここが好きといったことを、それはもう熱心に聞かされた。


 一方的に自分の良さを語り聞かされる私。もう、そんなに褒められたら照れちゃう。


 とはならない。なるはずがない。


 レクサールの中にあるマリアン像と、実際の私が乖離し過ぎていて、エアマリアンが実証される形となっていた。若干気持ち悪いし、レクサールは本当に私のことが好きなのか、疑問だって湧いてくる。レクサールは自分の中にある、マリアンのようなものが好きなのでは?


 語れば語るほど逆効果になっているとは、露とも知らずレクサールは今日も饒舌だ。


 そんな旅を数か月続けると、私に変化が生じた。


「荒ぶってるな」


 鳥型魔獣に大剣で留めを刺しながら、共に魔獣を追いかけて来たリゲルが私に言った。


 レクサールから日々受けるストレスは、行き場なく私の中でくすぶり続けている。そのストレスを魔獣への怒りに変え、世のため人のため、私は今日も魔獣を狩る。全ては魔王を討伐するまで、頑張れ負けるな私。


 まあ要するに、私は魔獣に八つ当たりしている。


「気のせいでございまする」


 投げた飛び道具や、魔獣の首を落としたワイヤーを魔術で回収しながら、リゲルに返事した。


「戻るか」

「そういたしましょう」


 レクサール達の元に戻ると、こちらも既に戦闘は終わっていた。私とリゲルを待つ間に、リリアが周囲の瘴気を浄化していたようだ。リリアの表情が少し暗い気がした。またジークに何か言われたのかもしれない。


「皆、怪我は無いか?」


 レクサールの問いかけに、誰も怪我があるとは答えなかった。リリアの結界のおかげで、パーティ内で誰かが怪我したことは、数えるほどしかない。私も結界のおかげもあって、今のところ無傷で過ごせている。


 だから未だに、レクサールの治療を受けたことはない。レクサールに治療されたくなさすぎて、魔術の腕が上がり、以前よりも速く動けるようになった。危機感は人を強くする。


 そのまま森の中を進み、湖が近くにある手頃な場所で、今日の夜は休むことになった。たき火をたき食事を済ませ、皆思い思いに就寝までの時間を過ごしている。私は武器の手入れをしながら、昼に感じた切れ味の悪さとやるべきことを思い出し、リリアに声をかけた。


「武器の浄化をお願いいたしたく」


 魔獣と戦い続けると武器に瘴気が溜まっていき、切れ味などが悪くなるので、リリアに時々浄化してもらう必要がある。


「はい」


 こくりと頷いたリリアの前に、投げナイフや短刀、ワイヤーを並べた。リリアが手をかざすと、金色の魔力が辺りに武器に降り注いでいく。何度見てもきれいな魔力だ。


 ちょうどいい機会だと、前から思っていたことをダメもとでリリアに頼んでみた。


「リリアに頼みがございまする。対魔獣の防御結界を、他の二人よりも厚くしてもらえませぬか」


 レクサールの治療を受けるリスクを、少しでも減らすためだ。自分勝手なのは分かっているから、断られたって仕方ない。


「分かりました。二倍ぐらい魔力消費もそう変わらないので、今後は厚くしておきます」


 リリアは快諾してくれた。人嫌いと聞いているけれど、普通に良い人だ。


「このような願いを聞いていただき、かたじけない」

「これぐらいどうってことないです。私には直接魔獣と闘う力はありません。だから同じ女性なのに、勇敢に戦うアンはすごいと思います。魔獣が迫ってきて怖くないんですか?」

「自分は怖くないわけではありませぬ。怖さを上回るものがあるゆえ、自分は勇敢に戦えるのでございまする」


 怖さを上回るもの、それはレクサールへのストレスだ。


「そうなんですか。浄化終わりました」

「感謝いたしまする」


 どこか浮かない表情のリリアと別れたあと、レクサールはいつも通り私に絡んできた。


「さあ今日もマリアンについて語り合おう。アンの言動は、やはり粗っぽすぎる部分があるな。マリアンは」


 語り合おうと言っているけれど、毎度レクサールが一方的に話し散らしているだけだ。私が大して話していないことに、レクサールは気付いていないのだろうか。


「君の強さを見れば、マリアンもすごいと目を輝かせて言うだろう。マリアンなら君に、快速アンというすばらしい称号を贈るに決まっている」


 ダサい。私の中の何かが、ダサいと声を大にして叫んでいる。


「そうでございまするか。レクスがマリアン嬢を愛しているというのは、骨身にしみて分かったのでございまする。そこまで好きでありながら姿を消されたのなら、マリアン嬢はレクスを嫌っていたのではありませぬか?」


 実際は別に好きでも嫌いでもなかったけれど、嫌がらせのように聞いてみた。


「それは……。でもたとえ嫌われていたとしても、私はマリアンに伝えたいことがあるのだ」


 どうせ、ろくでもないことだ。


「眠くなってきたので、そろそろ眠らせていただきまする」


 レクサールをおいて戻り、寝床で横になった。私がマリアンだとばれても面倒くさいが、ばれなくても面倒くさかった。どうすれば良かったのか、私にはさっぱり分からない。


 改めてレクサールが思い込んでいる状況を整理すると。


 アン(私)はマリアン(私)に憧れて、マリアン(私)の声を真似している。アン(私)は振る舞いもマリアン(私)のようになりたいと思っていて、レクサールはそのアン(私)にマリアン(私)の行動や思想を説いている。


 もう嫌だ。私は不貞寝した。


 その日の夜中、人が起きる気配がして目が覚めると、夜中だというのにリリアが起き出していた。寝たふりをしたまましばらくすると、湖の方からリリアは戻ってきた。浮かなかったリリアの表情が明るくなっていて、なんだかほっとした。



××××××××××



「マリアン嬢はレクスを嫌っていたのではありませぬか?」


 アンの言葉は、私の胸に深く刺さった。自分でもどこか頭の片隅で思っていて、向き合わないようにしていたことだ。


 私がマリアンにしたことは、嫌われても仕方がないことだった。始まりは不可抗力だった。そこから私は勘違いして、進んで嫌がらせをしてしまった。


 私はマリアンに嫌われて当然なのだ。


 私はなんてダメなやつ。


 昨晩眠れなかったとしても、今日も今日とて魔獣との戦闘だ。つらい。


「おい、レクス。一体どうした。バフがおかしいぞ。声が高くなるバフ……バフなのかこれは? をかけられても戦闘の役に立たん」


 甲高い声でジークに言われた。視界の端のリリアが笑いをこらえるのに、必死になっている。


「すまない。今解除する」

「これから……。さらに高くするな!」

「ぶっ」


 笑いを堪えきれなかったリリアが、全力で走って逃げた。


「リリア、あんまり遠くに行かないでー!」


 セレンが逃げたリリアに向かって叫んでから、私に向き直った。


「ちょっとレクス、何があったかは分からないけど、もっと戦いに集中してほしいわ」

「私はセレンにも、何かしてしまったか」

「私に筋力強化をかけられても困るわ。折角だったから、一匹殴り倒したけれども」

「倒したのか」


 横にいたリゲルが、思わず突っ込んでいた。


 こうして仲間たちにも迷惑をかけて、私はなんてダメなのだ。私の気持ちはますます落ちていった。



××××××××××



 レクサールが絶不調だ。絶対に私の所為だ。


 魔獣やレクサールの強化魔術の脅威と戦いながら、私達はなんとか村までたどり着いた。村までたどり着いても、ジークの声は高いままだ。レクサールは魔力が高いので、持続時間が無駄に長いことになっているらしい。


 頼もしかったレクサールの強化魔術は、それはそれは恐ろしいものになってしまった。ジークが話す度にリリアがツボに入り、セレンは嬉々として魔獣を殴って撃退。強面のリゲルにはウサ耳が生え、私の髪は伸びた。


 甲高い声に加えて、ジークは途中から七色に光り出した。レインボーな第三王子爆誕。意味も無くレインボーに光り輝くジークに、襲ってきた魔獣達が若干引いていた。これ以外にもいろいろあったのだが、一言で言えば地獄絵図だ。


 また強化魔術とは何かという、哲学的な問題にも直面した。ウサ耳ってバフなの?


「ずっとあの調子だと困るのだわ。アンはレクスと親しいみたいだし、どうにかできない? 何度も転んでいてちょっと心配だし」

「一度レクスと話してみまする。転んでいることに関してはいつものことですので、お気になさらぬよう」


 私が地獄絵図を作りだしてしまった犯人なので、セレンの頼みを二つ返事で引き受けた。村の人に二人でゆっくり話せる場所を聞いたら、丘の上が良いと教えてくれたので、その足でレクサールに呼び出しの通告をする。


 夜に宿屋の主人に出かけることを告げ、約束の時間に丘の上でレクサールを待った。場所のチョイスが恋人の聖地のような場所だが、話ができるなら何でも良い。事態の収拾を図らないと、陛下からの勅令が果たせなくなる。


 待ち始めて数分、何故かレクサールの叫び声が聞こえた。何事かと思って見に行くと、案の定レクサールは転んでいた。そのままレクサールの元まで迎えに行く。


「手をお貸ししまする」

「すまない。ありがとう」


 レクサールと手をつなぎ、彼が転ばないように私がいた場所まで歩いた。老人介護はこんな感じなのだろうと思いながら、小さいときにもこういうことがあったと懐かしくなる。


「私とマリアンが幼い時に、こうしてマリアンに手を引いてもらったことがある。私の方が年上なのに、情けない話だ。でも嬉しかった」


 つないでいた手を放して、二人で芝生の上に腰かけた。

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