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隠密ちゃんと神官様1

『聖女な私は~』の裏話も含んでいます。

「なぜ私が……」


 手紙を持つ手がわなわなと震えた。手紙の内容は、勇者パーティの一員として、魔王討伐に参加せよというものだ。陛下からの勅命なので、私に拒否権は無い。


 魔王討伐といえば長い旅。長期間ドラグニア王国を離れることになり、その間彼女を探すことができなくなる。


 今こうして神官として働いている間も、本当は彼女のことを探しにいきたいとしか考えていない。私が神官となったのは、己の魔力適正に従っただけだ。私には厚い信仰心も、深い慈愛の心も存在し無い。


 早く旅を終わらせるためなら、なんだってやってやろう。その一心で私は、顔合わせの席に臨んだ。


「神官のレクスです。皆様の足手まといにならないように、精一杯役割を果たさせていただきます」


 神官モードの笑顔を顔に張り付けて、自己紹介した。この笑顔は同僚たちには、同じ神官と思われたくない、胡散臭いと、とても不評だ。


 家名についてはわざと名乗らなかった。私のフルネームはレクサール・グラニアであり、グラニア公爵家の三男だ。公爵家の人間だと知られると、面倒なことになることの方が多い。勇者のジークや聖女のリリア、魔術使いのセレンは、王族や貴族であるが社交には積極的でない面々なので、私が公爵家の人間だとは知らないはずだ。他の二人に関しては、私のことなど知るはずがない。


 私の次に自己紹介したのは、まっすぐな黒髪をポニーテールにした小柄な女性だった。彼女も小柄な女性だったと、何かにつけて彼女を思い出す。彼女の髪はゆったりと波打つ薄茶色の髪で、黒髪ではなかった。


「平時は隠密に所属しておりますゆえ、本名は明かせませぬ。アンとお呼びくださりますよう。諜報闇討ち暗殺おまかせあれ」


 その声に耳を疑った。

 

 この声を聞き間違えるはずがない、この声は彼女の声だ。四年前私の前から忽然と姿を消した彼女、マリアンが目の前にいるだと!?


 マリアンことマリアン・ブラックマンと私は、幼馴染の間柄だった。私の方が一つ年上で、幼少期は兄弟を含めてよく一緒に遊んだものだ。


 私はそのころから、マリアンのことが好きだった。公爵家と子爵家では身分の差があるものの、将来は結婚したいと考えていた。グラニア公爵家は跡取りには困っておらず、私がマリアンの元に婿に行っても、マリアンを嫁にもらっても、どちらでも問題は無かった。私とマリアンの結婚を阻むものはない、そう思っていた。


 しかし四年前マリアンは、忽然と私の前から姿を消した。私の前どころか、表舞台から姿を消してしまったのだ。婚約を申し込もうとしていた矢先のことだった


 ブラックマン子爵に問い質しても、マリアンは自室で引きこもっているとしか答えてくれなかった。あのマリアンが、部屋に閉じこもるはずがない。私が調べると、引きこもっているわけではないということは、すぐに分かった。


 マリアンは屋敷の中にいない。しかしその行方は分からない。手掛かりがまるでない中、私は今までマリアンを探し続けていた。


 自己紹介後の話を話半分で聞き流しながら、私はアンと名乗った女性をずっと見ていた。待ちに待った解散の合図に、椅子から立ち上がる。他の人が出入り口であるドアに向かう中、私は彼女に駆け寄り彼女の腕を掴んだ。


「マリアン!」


 腕を掴んだはずだった。掴んだはずの私の手は、空を切った。


 彼女の姿は幻のように、忽然と消えていた。


 一瞬呆けたが、すぐに理解した。陛下直属部隊である、隠密の技能は伊達ではない。


 その後の私は、浮足立って職場である教会に戻っていった。途中で二度ほど転んだが、些末な問題だ。


「いつもに増して笑顔が邪悪なんだけど」


 教会に戻ったところで、引き気味の同僚に言われた。


「良いことがあったのだ。神は私を見放していなかった」


 あんなに憂鬱だった、魔王討伐の旅が楽しみで仕方ない。旅が始まってしまえば、マリアンに逃げ場はない。やっと見つけた。ようやく捕まえた。


 私の勝ちだ。笑いが込み上げてきた。


「ふははははは」

「笑い方が神官の笑い方じゃない。とりあえず一回黙って」


 うるさいと手加減なしで、同僚にぶん殴られた。

 


××××××××××


 

 王宮内に張り巡らされた隠密用の通路を、私は焦って走っていた。幼馴染のレクサールに本名を呼ばれた。完全に正体がばれている。


 髪色も顔も変えているから、見た目で分かるはずがない。言葉使いだって変えている。そこまで考えて、思い至った。そうか声だ! 隠密は陰に潜み、闇に紛れて仕事を全うする。普段の仕事で声を出すことはまずないので、完全に失念していた。


 気付いたところで後の祭りだ。声を変える技術はあるが、今から変えれば不自然だ。私がマリアンだと、認めることになってしまう。


 ブラックマン子爵家に生まれた私マリアンと、レクサールの出会いは、幼少期にまで遡る。身分が離れている私たちが幼馴染となったのは、ただ互いの家の領地が近かったからというだけだ。


 幼少期のレクサールに対して、私は良い思い出をもっていない。私はレクサールに、泣かされてばかりだった。


 レクサールに庭の池に突き落とされて、私は大号泣した。


 レクサールに芋虫を投げつけられて、私は大号泣した。


 レクサールに落とし穴に落とされて、私は大号泣した。


 酷い顔だと言われたり、プレゼントがびっくり箱だったり、広い森で迷子にされたり、巨木の上に置き去りにされたり等々、これでも一部だ。


 ……思い出してもムカついてきた。とにかくレクサールは私を泣かせたり、驚かせたりすることに全力を費やしていた。


 十二歳になって魔術を使えるようになったが、私は人前で魔術を使うわけにはいかなかった。ブラックマン子爵家は、魔力適正が遺伝する家系だ。一家の魔力は黒い。その黒の魔力は、ドラグニア王国の隠密として大いに重宝されていた。


 レクサールの度重なる嫌がらせを阻止するのは可能だったが、隠密の件がばれると駄目なので、今まで通り受けて立つしかない。


 嫌がらせされ続けるうちに、分かったことがある。どうやらレクサールは私のことが好きらしい。男子特有の、好きな娘をいじめたくなるというやつだ。もう小さい子じゃないのに、いつまでそれを続ける気なのか、レクサールは見た目だけ大きくなって、中身が成長していなかった。


 嫌がらせという名の求愛行動は、私がレクサールの前から消えるまで続いた。


 十六歳になったら、隠密の活動に専念するために、表舞台からひっそりと姿を消すのは、前々から決まっていたことだ。私と弟どちらが家を継ぐか決まっていなかったので、私は表向き自室で引きこもっているということにされた。死んだことにすれば、隠密として活動しやすくなるが、弟が家を継がなかったときに、なかなか面倒なことになる。引きこもりなら、また表舞台に出てきても、問題ないだろうというわけだ。


 もちろん、レクサールには何も知らせない。最後の日はそれまで通りに、普通に別れた。姿を消した私のことを、レクサールはそのうち諦めるだろうと、隠密の仕事をしながら思っていた。


 甘かった。


 レクサールは想像以上に、しつこかった。レクサールに付きまとわれた父様は、ノイローゼになった。いまだに時々、父様の元に顔を出してくるらしい。


 レクサールは神官として働きだしても、暇さえあれば私のことを調査、捜索し続けた。だんだんその執念が怖くなってくる。とはいえ、彼が私のことを見つけるのは不可能だ。私は陛下の隠密なのだから。


 ある仕事が終わり、陛下から直接伝えられた次の仕事は、勇者に同行し魔王討伐することだった。その際に、メンバーとしてレクサールも選ばれていることは、教えてもらっていた。隠密用に姿形を変えているので、ばれないだろうと高を括っていたのが、完全に裏目に出た。普通にばれてしまった。


 陛下からの勅命は絶対だ。同行しないという選択肢はない。最悪ばれても構わないと、陛下からは言付かっている。


 これは隠密の仕事の一環だと、自分に言い聞かせ、レクサールにたとえ何を言われても、しらばっくれてやると心に決めた。

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