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聖女な私は人間が嫌いだ5

 国王への報告が終わった後、王宮内に用意してもらった部屋で一息ついていると、私の家族が訪ねてきた。


「おかえり、リリア」


 母は泣きながら、私を抱きしめた。


「お疲れ様、無事でよかった」


 父には頭を撫でられた。


 私の記憶の中の両親はこんなことしない。だから思わず問い質していた。


「私のことなど、どうでも良かったはずでは、なかったのですか? 政略結婚の駒という価値しかない私なんて、どうでも」

「違う!」


 初めて父が声を荒げるのを聞いた。


「違うんだ、リリア。私たちにとってリリアは大切な娘だ。どうでも良いような存在だと思ったことは一度も無い」

「でも家では誰も、私に関わろうとはしませんでした。いつも私のことを、放っておいていたでしょう?」

「それは、リリアが人嫌いなのが、分かっていたからよ。リリアは赤ん坊のころから、筋金入りの人嫌いで、誰かが近くにいるとずっと泣き止まなかったのよ」


 おっと、十七年生きてきて、初耳の情報だ。私自身は物心ついたころからの問題だと思っていたけど、それ以前からの問題だったのか。


「そんな愛想がない子供なら、嫌いになって当然です」

「人嫌い程度なんだっていうんだ。そんな理由でかわいい娘のことが、嫌いになどなるものか」

「僕だって、かわいい妹のリリアを構い倒したかった。でも嫌われたくないから、頑張って我慢していたんだ」


 影が薄かった兄が、参戦してきた。


「たしかに構い倒されていたら、嫌いになる自信しかありません」


 そうか、関わらないでいてくれたのは、愛情の一つの形だったのか。


「お願い、お兄ちゃんと言って! 一度でいいから呼ばれてみたいんだ」


 ……十七歳にもなって、その呼び方は恥ずかしすぎる。別の呼び方でお茶を濁すことにした。それでも恥ずかしいけれど。


「…………に、兄様……」

「長年の夢が叶った。もう思い残すことは何も無い」


 兄は部屋にあった椅子に座り、燃え尽きた。もしも私がお兄ちゃんと言った暁には、一体どんなことになっていたのだろうか。知りたいような、知りたくないような。


「良い機会だから、婚約についても話しておきたい」


 燃え尽きた兄を放置して、父は嫌な話を振ってきた。今まで必死で逃げてきたものが、追いついてきてしまった。


「宰相閣下がある人から、あの日の契約について包み隠さず話すように言われたそうで、全て話してくれた。人嫌いなお前でも大丈夫な家を探してはいたのだが、結婚したくないのなら、言ってくれればよかった。セレン嬢に協力してもらい、わざわざ王宮に乗り込んで、自分で交渉する程に嫌だったとは、気付かなくてすまなかった」

「嫁ぎたくないのなら、ずっと家にいていいよ。僕が面倒みるから」


 いつの間にか復活した兄が、話に混ざる。


「じゃあ、家にはちゃんと帰って来いと言っていたのは」

「心配だから家に帰ってきてほしいのは、親なら当たり前だろう。王宮で既成事実を作られたりしていないか、気が気でなかったのだ。あの伝説の聖女なのだぞ? 王族と無理やりに婚約されてもおかしくあるまい」

「なるほど、それもそうです」


 王宮ではいつもセレンさんと一緒にいたから、その発想は全くなかった。


 屋敷に大量の本があったのも、家族の優しさからだった。私が学びたいように学べるように。私に知られずに、私が読み終わった本を把握するのは、結構大変なことだったと思う。


 私は今まで、家族のことを信用しようとしていなかった。私のことはどうでもいいのだと思い込んでいた。こんな私でも、家族は大事にしてくれていた。少しだけ泣きそうになった。


 大切な家族のために、何か私でもできることがあるのだろうか。こう考えられるようになったということは、旅に出て私も少しは変われたのかな。


 王宮まで帰ってきた勇者一行は、国王への報告以外にも、やらなければならないことがたくさんある。周辺諸国を招いての式典の準備や、祝賀パレードの準備、魔王討伐の旅の記録の作成等々、忙しすぎて驚きだ。王宮内に用意してもらった部屋で、私以外は寝泊まりした。私だけはその日やることが終わると、毎日家路についた。旅に出る前と違って、たとえどんなに夜遅くなってしまっても、必ず家に帰った。


 私が魔王討伐に行っている間、しばらく使っていなかったはずの部屋には、塵一つなくて、私の帰宅を待ってくれていたのだと、胸が熱くなった。あの言葉たちが本心からの言葉だということを、如実に表していた。


 私の家族は優しい。ずっと家に居てもいいと言ってくれたけれど、大切にしてくれる人に、迷惑をかけたくないと思うのはごく自然なことだ。


 王宮で支給された、四年間の給金はしっかり貯めてある。家族に迷惑をかけなくて、少しでも家族に恩返しができて、人と関わらずに済んで、そんな身の振り方はあるだろうか。


 準備の日々は慌ただしく過ぎ去り、魔王討伐を祝した祝賀パレードが開かれる日。私は朝から化粧されたり、服を着せられたり、髪をセットされたり、拷問のような時間をひたすら我慢し、ようやく身支度が整った。


 人に支度されるのは、いつぶりだろう。プロの手によって支度された自分の姿を鏡で見ても、まあこんなものだろうと感慨はない。私は自分の格好に対して特に感想は無いのだが、身支度をしてくれた侍女たちは完全に言葉を失っていた。


 支度用の部屋から他の仲間たちが待つ控室に移動する間も、すれ違う人々は言葉を失っていた。誰もかれも、言葉を失い、何も言わない。そんなに私は見られたものじゃないのか。我慢して我慢して、この仕打ちはあまりにひどい。


 恰好が恰好のため、ゆっくりとしか移動できない中、廊下で正装した殿下に遭遇した。正装した殿下は見違えるようにかっこよくて、不覚にもほんの少しだけ見とれてしまった。


 殿下も私に気付いたようで、私を見た殿下はすぐに目を逸らし、肩を震わせた。耳が赤い気がする。いくらなんでも、そこまで笑うのは酷過ぎないだろうか。


 殿下のことは見なかったことにして、案内された控室の中では、セレンさんとリゲルがぐったりしていた。どうやら私の与り知らぬところで、ごたごたやひと悶着があったらしい。巻き込まれたらしき、セレンさんやリゲルの目が死んでいた。


 何が起きたのかと思ったが、首は突っ込まないでおいた。君子危うきに近寄らずだっけ? どこかの国にそういう言葉があると聞いたことがある。


「レクスはグラニア公爵家の三男だったわ。アンも本当は子爵家の人間だと、レクスが言っていたわ。痴話喧嘩に巻き込まれるって、精神的にすごいダメージなのね」


 セレンさんは死んだ目で、あらぬ方向を見続けている。リゲルが全く微動だにしない中、セレンさんはのろのろと視線を動かし私を一目見ると、死んだ目からぱっと生き返った。


「やっばーい。きゃー、目の保養だわ~」


 セレンさんが初めて、私の格好について声を出して反応してくれた。


「この恰好おかしくないですか? 皆何も言ってくれなくなるんです」

「皆きれいすぎて言葉を失っているだけだから、気にしなくて大丈夫だわ」


 セレンさんがそう言ってくれるなら、たぶんそうなのだろう。だがそうは言われても、黙られて私の気分が下がるのは変わらない。


 パレードが出発する直前、私の気分はほぼほぼ底辺まで落ちていた。これ以上下がることは無いぐらい下がった気分、私のテンションに関係なくパレードは始まる。


 パレードが始まると、私は無の境地に至った。愛想笑いでも笑えなくて、ただ手だけは振っておく。無心で手を振り続けた。


「聖女様はなんて神秘的なのかしら」


 表情を変えない私を、国民は良いように受け取っていた。


 私以外の仲間たちは、歓声に答えてにこやかに手を振っている。殿下は本業王子なのでお手の物、セレンさんは元々の明るい性格で上手くやっているし、レクスはいつもの胡散臭い笑顔で対応中。アンとリゲルは慣れないなりに努力していた。そんな中で無表情な私を、聖女だからと良いようにとらえ過ぎではと、国民の頭の中が心配になった。


「まるで女神のよう」


 ふと耳が拾った褒め言葉、その言葉だけはなぜかちょっと嬉しい。理由は分からないけれど。私に少しだけ浮かんだ微笑に、今日一番に歓声が爆発した。


 こうして大盛況のうちに、祝賀パレードは幕を閉じた。


 パレード用の台車から降り、次は式典の準備に入る。事前に覚えた式典での動きを頭の中で復習していると、名前を呼ばれた気がした。


「リリア、リリア、待ってくれ」


 急に左腕を掴まれて、驚いてびくりとなった。あの時レクスに怪我を治してもらったところだったから余計に。


「すまない。呼び止めても、聞こえていないようだったから」


 殿下はすぐに、掴んでいた手を放した。


「夜会が終わったら大広間にきてほしい。大事な話があるから、必ずだぞ」


 耳元に顔を寄せて、私だけに聞こえるように殿下が言う。


「必ずだ」


 真剣な目で見据えて念押しされ、すぐには断わる言葉が出てこなかった。はっとしたときには、急き立てられて殿下は遥か遠くだ。この後は私も予定が詰まっている。


 こちらが了承していない、言い逃げされた約束を守る義理は無いけれど……。

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