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聖女な私は人間が嫌いだ4

 荒れ果てた最後の森を抜けて、私たちはようやく魔王城に辿り着いた。便宜上魔王城と呼んでいるが、実際に城があるわけではない。


 瘴気渦巻く荒野の中心に、異形の魔王はいた。幾つもの頭、幾つもの腕と脚をもち、ありとあらゆる生物をつなぎ合わせた、見たもの全てが嫌悪感を抱くようなおぞましい姿だった。


 ここで歴代の勇者達は、絵心がなかったと断言したい。見せてもらった姿絵と全然違うじゃねーかと、仲間たちの心の声が聞こえた気がした。私も思った。


 姿形が何であれ、倒さないといけないことに変わりはない。

 

 殿下が目配せをし、アンとリゲルが小さく頷いた。駆け出した三人にレクスが強化の魔術をかけ、私は魔王に対して弱体化をかけ、前衛の三人に防御結界を張った。セレンさんが後方から攻撃魔法を放っていく。


 作戦はあってないようなもので至極単純だ。魔王を物理と魔術で弱らせて、私が浄化する。ただそれだけ。


 特筆すべきことも無い、なんの面白いも無い戦いが一昼夜続いた。


 小さな山のような大きさだった魔王は、ほんの少しずつではあったものの、その大きさを小さくしていった。力を削げていると考えて良いはずだ。決して無限ではないと、それぞれ心を奮い立たせる。たとえ少しずつしか削れなかったとしても、前に進んではいるんだから。


 仲間たちにも疲労の色が隠せない中、最初よりずっと小さくなり、頭や腕の数を減らした魔王に対して、弱体化をかける感触が変わった。これならきっと、浄化しきれる。


「いけます!」


 私の声に反応し次の瞬間、仲間たちは最大限で攻撃を叩きこんだ。レクスはそれぞれを強化魔術でサポート、セレンさんは魔王を氷漬けにして動きを止めた。殿下が炎をまとった剣で心臓部を貫き、アンが魔王の首を落とし、リゲルが胴を真っ二つに切り裂いた。


 私は一旦全ての魔術の発動を止めた。一度深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。ここまで大規模に魔術を使ったことは、一度も無かった。たとえやったことがなくても、無理でもやらないといけない。


 出し惜しみなしの全力で瘴気を払った。周囲が私の黄金色に包まれる。魔王という存在が少しずつ消えていく、淀んでいた空気が澄んでいく、曇った空が晴れていく。


 一瞬にも永遠にも思える時間が経った後、瘴気は跡形もなく消えていた。


「よっしゃーー!!」


 殿下の歓喜の叫びが周囲に響いた。


 ドラグニア王国を出発して一年と少し、ついに魔王は討伐された。


 魔術の発動を止めると、ぐらりと立ちくらみがした。ほっとして気が抜けたことと、ほぼ魔力を使いきったことで、意識が遠くなった。かろうじて残った意識で、地面にぶつかると他人事のように思った。地面に身体をぶつける衝撃に心構えをしたものの、誰かが受け止めてくれた感触がした。私の意識はそこで途絶えた。


 目を覚ますと、私は殿下に抱えあげられていた。状況を理解するのに時間がかかったが、どうやらお姫様抱っこで運ばれている。


 殿下の赤い瞳と視線がぶつかると、殿下の表情に安堵がよぎった。その表情に不思議な既視感を覚えたのは何故なのだろう。


「目が覚めたか」

「お手を煩わしてしまい、申し訳ありません」

「こういう時は、ありがとうと言うものだ」

「……ありがとうございます」


 既視感の正体は分からずじまいだ。


 そして流れるこの沈黙が痛い。誰か何か話してくれという私の思いと裏腹に、誰も何も言わずにただ歩を進める。


「もう歩けます」


 私を抱えたままで地面に下ろそうとしない殿下に、下ろせと主張してみた。


「また倒れられても困る。大人しくしていろ」

「でも」


 抱えられているのが嫌と言いたかったのだが、私の言葉はセレンさんに阻止されてしまった。


「えい、眠ってしまえーい」


 それに魔術を使うのはどうかと思いながら、私は再び眠りに落ちたのだった。


 魔獣を倒しながらの魔王城までの道のりとは違って、ドラグニア王国までの帰り道は順調に進んだ。いつ何時来るか分からない、魔獣の襲撃に備えて体力を温存する必要はなく、魔獣の出現も劇的に減ったからだ。


 途中で経由した国々では、行きのときよりずっとずっと盛大に、勇者一行を歓迎してくれた。喜ぶ人々を見て、殿下やセレンさん達は皆嬉しそうにしていた。でも私はたいして嬉しいとは思えなかった。野営の機会は減り、チビと会えるのが減ってしまい、それがとにかく寂しかったからだ。


 行きはあんなに長く感じられた旅路が、帰りはあっという間に思える。ドラグニア王国が面する森の中、これがおそらく最後の野営だ。王国内に入ってしまえば、セレンさんの転移魔術で一気に王都まで行ける。


 つまりようやく、旅が終わる。終わってしまう。


 寝たふりをして皆が寝静まったあと、私は静かに起き出した。仲間たちがぐっすりと眠っているのを確認してから、話し声が聞こえないように離れた場所に移動した。


 私が座ってしばらくぼーっとしていると、チビは現れた。慌てて飛んできたのか、息が乱れているような気もする。そんな姿が愛おしくて、私が両手を広げると、吸い込まれるようにチビは近寄って来た。ぎゅっと抱きしめれば、チビは頭をすり寄せて鳴き声を上げた。


「キュキュウ」


 チビが嬉しそうだと、私も嬉しい。しばらくしてチビは何故か、私の腕の中から逃げ出した。小さな円を描いて飛ぶさまは、まるで気持ちを落ち着けようとしているようだ。


 急にどうかしたのだろうか。もしかしたら、力が強すぎて息が苦しかったのかもしれない。うん、きっとそうだ。


 私がしばし見守っていると、回ることを止めたチビは、空中で位置を保って、私と向き合った。


「初めて会ってからずっと、チビは付いて来てるんだよね。魔王城の近くまで付いて来てたのに、無事で本当に良かった」


 走馬灯のように、チビと出会ってからのことが思い出された。最初に会った時、ここまで長い付き合いになるとは、思いもしなかった。何とも間抜けな出会いだったけれど、それも大切な思い出だ。


「そういえば、最初に会った時、どうして落ちてきたの? ……まさか……つったとか? いや、そんなまさかね、そんな」


 チビがあからさまに目を逸らしたので、図星だったようだ。


「チビはうっかりさんだね。これから先、チビがちゃんと生きていけるか心配にな……」


 そこまで言って、何も言えなくなった。


 私とチビが会うのは、いつも野営しているときだった。この旅が終われば、聖女であり伯爵令嬢である私が、野宿することは二度とない。


「もうチビと会うことも無いんだね」


 チビの小さな頭を撫でると、目から涙が溢れた。一度流れ出した涙は、自分ではどうにもできなくて、ただ泣くしかできなかった。


 そんな私を見ていたチビは、近寄ってきて私の頬を舐めた。頬というよりは、涙の方が的確かもしれない。チビは私のことを、励まそうとしているようだった。


 こんなに優しいチビと、泣いたままでお別れなのは嫌だ。ひとしきり泣いた後だったからか、涙はなんとか止まってくれた。いつもチビに笑っていたみたいに、別れは絶対に笑顔でと自分に言い聞かせた。


「いつかでいいから、また私に会いに来てね、約束だよ」


 右手の小指を差し出すと、意図を理解したチビはしっぽをからませてくれた。


「ギュッ」


 チビの力強い返事が嬉しかった。叶わない願いなのは分かっているけれど、それでも約束したかったのだ。死に別れるわけではないのだから、またいつかどこかできっと。


 無事に王都まで戻ってきた私たちは、最低限の身支度を整え、謁見の間で魔王討伐完了の報告をする必要があった。玉座に座るのは、殿下の父でもあるドラグニア王国の国王、ちなみに陛下の髪は真緑だ。


「魔王討伐の使命を成し遂げ、ただ今戻りました」


 殿下の朗々とした声が広間に響く。


「よくぞ成し遂げた、ご苦労であった。皆疲れたであろう。褒章については、改めて個別に希望を聞かせてもらう。今はゆっくりと身体を休めるが良い」


 これで報告は終わりと思いきや、そうはならなかった。


「陛下、発言の許可をいただけますでしょうか」


 声を上げたのは殿下だった。


「構わん」

「私は当初、己の力のみがあれば、魔王討伐は成し遂げられると思っておりました。周囲から王国最強と言われ、その言葉に自惚れていた。旅に出る前の私がいかに愚かであったのか、今なら分かります」


 私に、セレンさんに、レクスに、アンに、リゲルに、殿下は目をやった。


「魔王を討伐できたのは、仲間たちの力があったからです。この中の誰か一人でもかければ、こうして魔王を討伐することはできなかった。だからこの場を借りて、仲間たちに感謝を伝えたい。共に旅をしてくれて、共に魔王を倒してくれて、共にここまで帰ってきてくれて、ありがとう。この六人で魔王討伐を成し遂げたことを誇りに思います」


 胸に手を当て、力強く言い切った殿下は、晴れ晴れとした顔をしていた。


 出会った当初の、殿下の言動を思い出す。人が傷つくことも平気で言って、自分が正しいと疑っていなくて。あの時の殿下は、今言ったようなことを言う人では、決してなかった。


 でも旅を通して、殿下は変わった。人を気遣うようになったし、間違えたことをすれば非を認めて謝れるようになった。真顔か怒っているかしかなかった表情が、柔らかくなった。王子の皮を被っていない時は、相変わらず言葉遣いが荒くなりがちだけれど、気にはしているみたいだ。


 私と似たようなことを陛下も思ったらしい。


「お前がそんなことを言うようになるとはな」


 そう言った陛下は、一国の王ではなく、一人の父親の優しい目をしていた。

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