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聖女な私は人間が嫌いだ3

 出発式や見送りといったものは特になく、私たちは王都を出発し、魔王がいる魔王城を目指して北に向かった。出発式などが無かったのは、そんなことをしている間に、一刻も早く魔王を討伐するべきだ、という殿下の発言があったからだ。


 そんなこんなで始まった魔王討伐の旅だったが、勇者と聖女でありながら、パーティ内で私と殿下の仲は険悪だった。殿下はなにかと、私に突っかかってきた。やっかいなことに、間違ったことは言っていないのだ。正論であるがゆえに、下手に反論できない。


 世の中が正論だけでどうにか出来ると、殿下は思っているのではないだろうか。私が言ったところで、説得力は微塵も無いけれど、世の中はそんなに簡単ではないし、単純ではない。


 魔王討伐の旅ならば、魔王だけを仕留めればいいのかというと、答えは否だ。増えた魔獣を少しでも減らしておかないと、魔王がどんどん瘴気を溜めこんで倒しにくくなってしまう。ということで旅の道中では、点在する小国を経由し、国と国を隔てる森を抜けながら、狂暴化した魔獣を少しでも多く討伐していく。


 森を抜ける都合上、否応なしに野営せざるを得ないこともあった。


 私が聖女の力を使って結界を張れば、弱い魔獣なら寄り付かなくすることができる。強力な魔獣の接近は防げないが、範囲内に入れば魔獣の接近が分かるので、容易に対処することが可能だ。だから野営をしていても見張りを立てる必要はなく、夜は皆眠りについていた。


 旅が始まってから何度目かの野営中、ふと夜中に目が覚めた。辺りを見渡せば、皆ぐっすり眠っていると思いきや、殿下だけ起き出してどこかに行っているようだ。再び寝ようとしたが、寝苦しくて眠れない。


 原因は分かっている、殿下だ。絡まれるのはいつものことだから、気にしない。だが今日の殿下は、いつもに増して面倒くさかった。


 なんでお前みたいなやつが聖女なんだと言われたって、そんなこと私に言われたって困る。くどくどとあーだこーだ言った挙句、最後の方はただの悪口だった。これだから、人間は嫌いだ。


 このままでは眠れずに朝を迎えそうだったので、近くの水場まで行って、顔を洗おうと思い立った。魔獣除けの結界を広げれば、安全に湖畔まで行くことはできる。もそもそと立ち上がり、足早に湖を目指した。


 夕方に見た時とは違い、月を反射させた湖は、神秘的に輝いていた。顔を洗いに来たはずだったのに、気付けばその光景に見惚れて、座り込んでぼんやりと眺めていた。


 座り込んでいた時間は、そこまで長くは無かったはずだ。嫌な予感がして意識が現実に引き戻されたのは、突然だった。不穏な空気ではあるが、魔獣によるものではない。


 原因を探して左右を見回した後、上を見上げると、空から何かが降ってくる。翼があり長い首と尾を持ち、降ってきた何か。それは絵本や建国記に描かれるような、ドラゴンだった。あんな大きさのものが落ちてくるなら、近くにいたら危ないと思いつつ、とっさには身動きが取れなかった。


 落ちてきたドラゴンは、私の目の前で地面に激突した。ぽてっと。どしーんだとか、どさっとかではなく、ぽてっとだ。なんともまあ、まぬけに。


 赤い鱗のそのドラゴンは、ほぼ小型犬の大きさだった。どうやら遠近感が狂っていたから、大きさを勘違いしてしまったようだ。というかドラゴンはこんなに小さいとか、誰が思うか。


 ドラグニア王国では、ドラゴンは魔獣ではなく、神聖なものとして扱われている。建国にドラゴンが関わっていると、言い伝えられているからだ。いくら小さくてもドラゴンには変わりないので、放っておくわけにはいかず、とりあえず拾い上げてみた。


 私でも普通に両手で持ち上げられたので、見た目通りの重さだ。持ち上げられたことで、意識を取り戻したドラゴンは、つぶらな瞳をぱちぱちと瞬かせた。あざとい、かわいい、なにこの生き物。


「大丈夫?」


 ドラゴンは人の言葉が分かるようで、小さな頭でこくりと頷いた。はるか上空から落ちてきたにもかかわらず、傷一つ付いていないのはさすがドラゴンと言うべきか。翼と尾を動かし、ドラゴンは自分の無事をアピールしていた。


「あはは、ドラゴンでも空から落ちるのね。気を付けないとだめよ」


 声を出して笑ったのは久しぶりだ。最後にこんな風に笑ったのは、いつだったか思い出せない。きょとんとするドラゴンの頭をなでると、小さくクゥと鳴いた。


「あんまり引き留めるのも駄目かな。もう飛べる?」


 私の手から離れてドラゴンは宙に浮かび、何度も振り返りながら先程落ちてきた空へと戻っていった。


「バイバイ。また会えるといいね」


 あの仔に聞こえるといいなと思いながら、飛んでいく後ろ姿に私は叫んだ。湖の水で顔を洗ってから仲間の元に戻ると、すぐにぐっすり眠れた。戻ってきていない殿下のことなんて、全然気にも留めなかった。


 それ以来たびたび野営中に目が覚めて出歩くと、赤い小さなドラゴンは私の前に姿を現すようになった。


 最初の内は世間話だった。ドラゴン相手にする世間話とは何なのか、と自分でも思うのだが、思い出せないぐらいの内容なのだから、世間話と称するしかない。


 何度か夜中に会ううちに、私はドラゴンに自分のことを話すようになった。物心ついたときから人間が嫌いで仕方ないということ、エレンターレ伯爵家の屋敷で過ごしていた幼少期のこと、聖女として押しかけた王宮でのこと、そして旅する今のこと。人間以外の人語を介する生き物に初めて会えたのだから、饒舌にもなるというものだ。


 名前がないと不便だったので、勝手に名前も付けさせてもらった。小さいから『チビ』、最初にそう呼んだ時は、不服そうな鳴き声で抗議されたけれど、結局諦めたようで呼べば反応してくれた。


 チビは私の話を時には黙って、時には良いリアクションで聞いてくれた。チビに話を聞いてもらえると、その後はぐっすり良く眠れた。睡眠時間は短くなっているはずでも、身体の調子はむしろ良かった。ストレス発散になっていたからだと思う。


 チビとの夜中の逢瀬は、私にとって大きな励みだった。


 魔王城がだいぶ近づいたある森での野営中、私はいつも通りに夜中にチビと会っていた。私の話を聞きながら、チビは周囲を元気に飛び回っていた。座っているお尻が痛くなってきたので、体勢を変えようとしたところ、チビの翼が私の左腕に当たってしまった。


「痛っ」


 いきなり腕を押さえた私に、チビは大慌てだ。ドラゴンなのにどうにも表情豊かで、そんなところもかわいい。


「チビの所為じゃないよ」


 袖をまくって、左腕をチビに見せた。打ち身でどす黒く変色したそれは、先日の魔獣との戦闘によるものだ。痛みはましになっているが、何かが当たったりすると未だに激しく痛む。


「キュ~」


チビが悲しそうな鳴き声を上げた。


「治してもらえば良かったんだけどね。なんかやっぱり頼みづらくて。折れてはないから、我慢していればそのうち治るよ」

「ガウッ」

「怒ってるの?」

「ガウ、ガウッ」


 チビに怒られてしまった。その後別れるまで、チビはずっと不機嫌なままだった。


 翌日の朝、野営の後始末をし、それぞれが出発に向けて準備をしていると、珍しくレクスが話しかけてきた。


「リリア、ちょっと左腕見せてみて」

「何故でしょうか」

「大人しく見せなさい」


 にっこり笑っているのに、圧がすごい。見せないと解放してくれなさそうなので、諦めるしかない。のろのろと袖をまくると、レクスは小さな溜息をついた。


「言っていた通りだな。リリアも仲間なのだから、無理しないで必要なときは頼ってくれ。頼ってくれないと、私の存在意義が無くなってしまうのだ」

「ごめんなさい」


 私の左腕に手を当てて、レクスは治療魔術をかけてくれた。治療魔術をかけてもらうのは人生で初めてだ。怪我がどんどん治っていくのは、不思議な感覚がする。


「気にしなくていい。人と接するのが苦手だというのは、君の両親から聞いている」

「え?」


 レクスに言われた内容が理解できなかった。


「口止めされているから、本当は内緒なのだ。旅の前に君の両親は、『人嫌いな娘だけれどよろしくお願いします』と私のところに挨拶に来た」


 信じられなかった。あの両親がそんなことを? 私に無関心だったのに?


「みんなで生きて帰ろう」


 死んだら二度と家族には会えなくなる。確かめないといけない。絶対にまた会わないといけない。死んだら、チビにも会えなくなる。チビは私を心配してくれていたのだと、今更ながら気付いた。


 魔王城に近づけば近づく程、狂暴化した魔獣達も手強くなっていく。長引いた戦闘が終わり、浄化を済ませると、ようやく一息つけた。離れた場所にいた殿下が近づいてくる。また文句だろうか、疲れているので是非とも後にしてほしい。


「怪我は無いか」

「ありません」

「ならいい」


 あの殿下が私の心配を? 心配されたことが信じられなかった。


「先を急ぐぞ!」


 背を向けた殿下は、仲間を鼓舞して率先して森の中を進んでいった。


 殿下の当たりがきつくなくなったのは、いつからだろう。何かと突っかかってくることも、いつのまにかなくなっていた。私の殿下に対する態度は、何も変わっていないと思う。殿下に何かしらの心境の変化があったと、考えるのが自然だ。


「リリア、行こう」


 セレンさんに声をかけられるまで、私は呆然としたままだった。はっとして、慌てて皆の後を追った。はぐれたら本当にシャレにならないから。

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