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入れ知恵は誰のため

 私がレクサールからの逃走を図った先で、走ってきたリリアと鉢合わせした。魔術研究所のローブを着たリリアは、私と同じで誰かから逃げているようだった。幸いなことにここは王宮の中庭で、隠れる場所はたくさんある。


「アン! お久しぶりです! 今急いでいまして!」

「は! こちらでございまする!」


 リリアの手を引っ張って、手近な茂みの中に二人で隠れた。これですぐに見つかることはないだろう。


「自分はレクスから逃げていたのでございまする。リリアも逃げていた様子とお見受けいたしまする」

「しつこくて面倒な貴族っぽい人から逃げてました」

「っぽいのでございまする?」

「たぶん貴族ですが、名前と顔が一致しません。覚えるのは苦手です」


 一方的に顔が知れ渡っていると、なかなかに大変なようだ。聖女で第三王子の婚約者とくれば、その利用価値は計り知れない。厄介な人物に目をつけられることもある。それでもリリアが王宮にくることを選んだあたり、リリアとジークの仲は悪いものではないようだ。


「ここより安全な場所に移動いたしましょう」

「下手に動くより、ここにいた方がいいのではありませんか?」


 リリアが可愛らしく小首を傾げた。


「今レクスはレクスより背が低い、自分を探しておりまする。加えてレクスは頻繁に転ぶので、視線が下に行きがちでございまする。だからここにいるよりも、木の上にいた方が見つかりにくいのでございまする。リリアを探している貴族も、まさかリリアが木登りをするとは思いませぬ。隠形の魔術を使うにしても、触れられるとがくっと効果が落ちまする。その点でも手が届かない場所にいた方が、安全でございまする」


 周囲にレクサールとリリアを追っていた貴族がいないことを確認し、私は立ち上がった。近くにあった高い木の根元に近寄り、魔術も使って一気に上まで登った。持っていたワイヤーを使って、地上のリリアを木の上まで持ち上げる。


「落ちないように気を付けるでございまする」

「結構高いです」

「もしかして高いところは苦手でございまするか?」

「いえ、高いところは好きです」

「ではお手を拝借いたしまする」


 リリアと手をつなぎ隠形の魔術を使えば、これで完璧だ。誰も私とリリアを見つけることはできない。リリアと二人で木の枝に腰かけ、黙って地上の様子を伺った。


 まず中庭に来たのはレクサールだ。きょろきょろと探すそぶりをしながら、転んだ。私を探すことに夢中で、足元が疎かになっていたようだ。レクサールはすぐさま立ち上がり、何事も無かったかのように、私の捜索を再開した。


 そしてきょろきょろしながら二人目の人影が、中庭に現れた。指で指して無言で尋ねると、リリアが頷いた。あの男はたしかとある侯爵家の二男で、あまり素行が良くない人物だったはずだ。リリアにちょっかいをかけて、恐らく良からぬことを考えていたのだろう。リリアは逃げて正解だった。


 あ、レクサールがまた転んだ。今度は見事に顔からいった。起き上がれなかったレクサールは、リリアを探していた男に、手を貸してもらっている。レクサールは何とか立ち上がり、男に肩を組まれた。どうやらリリアを見つけられなかった男は、リリアを諦めてレクサールに絡むことにしたようだ。


 レクサールは腐っても公爵令息だ。親しくなるメリットは十分ある。まあレクサールなら、ああいった輩には慣れたもので、あしらい方も分かっているから、何とかなるだろう。


 歩き去っていく二人を、無言で見送った。毒を以て毒を制すような結末だ。


 レクサール達が戻ってくる気配はなかったので、私はワイヤーを使ってリリアを先に地面に下ろした。私も枝の上から飛び降り、音を立てずに着地した。


「アンの動きは猫みたいですね」

「身のこなしはそこそこ自慢でございまする」

「そういえば、アンはどうしてレクスから逃げていたんですか?」

「大した理由ではございませぬ。今日は遠方に行っているはずの自分を、偶然王宮内に来ていたレクスが目ざとく見つけて、追われる羽目になったのでございまする。気を抜いて隠形の魔術を使わなかった、自分の落ち度でございまする」


 しばらく王宮にレクサールが来なかったので、完全に気が緩んでいた。不覚。


「そうだったんですか。隠形の魔術は使えれば便利そうですね。いいなぁ」


 便利や羨ましいどころではなく、切実な問題だと推測できた。今日みたいに良からぬ輩に追い回されては、ましになっているリリアの人嫌いが、悪化する可能性が高い。


「ならばお教えいたしまする。セレンがリリアはどんな魔術でも覚えられてすごいと言っておりましたゆえ、隠形の魔術もリリアなら使えそうでございまする。この後時間はございまするか?」


 そのまま二人で魔術研究所へと向かい、空いている部屋を借りた。倉庫のような室内でも、魔術を教えるぐらいは十分できる。言葉と実技を交えて、魔力の動かし方をリリアに教えた。あまりのリリアの飲みこみの早さに、思っていた時間の半分ほどで終わってしまった。リリアの魔術の凄さを、セレンがあれだけ興奮して話していたことに、ものすごく納得だ。


「やってみます」


 私の視界からリリアが消える。私には視界にいない相手でも感知する術があるので、リリアがそこにいることが分かった。リリアは魔術を維持したままで部屋の外に出て、しばらくして戻ってきた。隠形の魔術を解き、再び私の視界にリリアが映った。


「誰にも気づかれませんでした!」


 嬉しそうなリリアは、ジークが見たら狂喜乱舞しそうだ。この笑顔を見ただけで、私も教えて良かったと思う。


「訓練すれば一緒に居る人も隠せるでございまする。ただ触れていないと駄目なのが、不便でございまする」

「時間を割いて教えてくれて、ありがとうございます。これで王宮内でも過ごしやすくなります。ところで、アンに聞きたいことがあります。腰が抜ける甘やかしとは、いったいどういうものですか?」


 いつかした話が、リリアによって蒸し返された。あの時はセレンにまだ早いと追究を阻止されたけれど、リリアは好奇心に負けたようだ。身を乗り出しているので、興味津々なのがよく分かった。


「セレンが止めていたのでございまする」

「一つぐらいなら良くありませんか?」


 たしかに一つぐらいならいいか。いつかは上る大人の階段だ。


「むむむ、では一つだけ。お耳を拝借いたしまする」


 ごにょごにょごにょ。


 これぐらいならいいだろう。私とレクサールは全年齢版で大丈夫なことしかしていない。全年齢版でないものも、私は当然知っている。けどそれは結婚後のお楽しみ。どれだけレクサールを骨抜きにできるか、実は今からわくわくしている。


「ハニートラップでも使われるものなので、効果はてきめんでございまする」

「ハニートラップで使うようなものを、アンはどこで知ったんですか?」


 リリアが疑問に思うのも当たり前だ。普通の人間はハニートラップの技術など知らない。


「他言無用でお願いいたしまする。隠密にはハニートラップの専門家もおりまする。何かの役に立つかもということで、自分も彼女に教え込まれたのでございまする」

「アンは経験豊富……」


 言い方がまずかった。リリアが完全に誤解している。


「そんなことはありませぬ。レクス以外に実践したことはございませぬ。自分は子爵令嬢である身の上ゆえ、陛下もそのような指令は自分に出しませぬ」


 そんなわけで教えてもらったことを実践したのは、レクサールが初めてだった。夜会を抜け出したあの時、私に対するレクサールの反応を見て、我慢できないほどに私の胸はときめいた。ときめき過ぎて、腰が抜けたレクサールを放置して、先に会場に戻ってしまったほどだ。


 人に普段見せないあの表情だとか、私にしか見せないあの表情だとか、あまりのリアクションの良さに毎回楽しくて、堪らなくてつい甘やかしてしまう。たまにレクサールに甘えるのも、それもまた新鮮で堪らない。レクサールはどんな私でも、受け入れてくれている。


 もしかしてレクサールは、意外と器が大きい男だった? 先程逃げてしまった分と、あの侯爵令息を連れて行ってくれた分、後ででろでろに甘やかしてあげよう。


「いつか機会があったら、ジークに使ってみますか」


 小声でもリリアは間違いなくそう言った。


 リリアに翻弄されるジークを想像しただけで、私は愉快な気持ちになる。いつか面白い話が聞ければいい。その日が来るのを楽しみにしておこう。

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