表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/29

政略ではなく戦略では?5

 セレンとリゲルが婚約してから約一ヶ月後、リゲルはセレンからの呼び出しを受け、王宮内にある魔術研究所に来ていた。ノックしたリゲルがドアを開けると、名状し難きものが入ったガラス瓶や、魔石、ガラス器具、金属器が部屋中に散乱する中で、セレンが黒い四角い箱を撫でまわしていた。


「急に呼び出して悪いわね。ついにあの魔道具が出来上がってしまったわ。だからリゲルに記念すべき、初めての被写体になってもらおうと思って」


 リゲルは改めて黒い箱に目をやった。片面に大きな丸い水晶が埋め込まれた以外は、何の変哲もない、三十センチ四方の黒い箱だ。


「これが?」

「ええ。さっそく撮るから、ほらそこに」

「セレンと一緒ではダメか? せっかくならば一緒が良い」

「駄目ではないけど」


 セレンが周りを見回すと、近くにいた人々は皆目を逸らした。この魔道具の唯一の問題点を知っているからだ。そこで適任の人物が奥にいることを思い出し、セレンは隣の部屋までその人物を呼びに行った。


「兄さん、頼むわ」


 出来たてほやほやのこの記録用魔道具の問題点、それは撮影に必要な魔力量がかなり多いこと。だからセレンは同じナーデルの人間である、自分の兄に頼むことにした。


「兄使いが荒いよ~」


 文句を言いながらも、セレンの兄は記録用魔道具を構えた。リゲルの隣にセレンが並ぶ。


「お二人さん笑って~」


 前方に取り付けられた水晶が、赤く光りすぐ元に戻った。セレンの兄が魔道具を真っ白な紙の上に置くと、今度は水晶が青く光りだし、しばらくして光は収まった。セレンの兄は魔道具を紙の上からどかしながら叫んだ。


「まだ魔力消費量が多い! 改良の余地ありありだよ~これ! 僕で四割だから、実用性皆無! 底なし魔力の自分基準で考えない!」

「一旦完成してしまえば、省魔力化はそこまで大変ではないわ」

「これだから天才は~」


 セレンは記録用魔道具の下敷きになっていた紙を手に取った。真っ白だったはずのその紙には、仏頂面のリゲルと笑ったセレンが写っている。リゲルもセレンが持つ写真を覗き込んだ。


「肖像画が要らなくなりそうだ」

「肖像画には肖像画の良さがあるから、無くなることは無いと思うわ。それに改良しないと、使える人がかなり限られてしまうし」


 ここで再びドアがノックされた。半開きのドアからひょこっと顔を出したのは、引きこもりを止めたリリアだ。セレンの姿が中にあるのを確認すると、かつて長い時間を過ごした研究所内に歩を進めた。


「リリアまた来たのね。ジーク目当て?」

「そうです、ジークに会いに来たんです。早めに着いてしまったので、時間まで潜伏させてもらいに来ました」


 リリアはその辺にいると、いろんな人に声をかけられて面倒くさいと前回に学んだ。魔術研究所なら訪れる人はかなり少ないので、時間を潰すにはうってつけの場所だ。


「前みたいにここで働いたら? 空き時間すぐに会えるわよ」

「僕らも大歓迎~」


 セレンの提案に、セレンの兄が乗っかる。


「それもいいかもですね。あ、もしかしてあれが完成したんですか?」

「そう! 見て見て」

「おお、ついに」


 セレンが持つ写真を見ながら、リリアはあることを思い付いた。今ここには元勇者一行のうち、半分の三人がいる。


「……あの、これ皆で撮れませんか? ジークとかアンとか皆で」


 リリアの提案に反対意見は無かった。


 リゲルがすぐさま教会に向かい、レクスを連れてきた。リリアとの約束の時間になりジークが合流し、ジークと陛下経由で連絡を受けたアンもすぐに姿を現した。


「アン、長期任務中ではなかったのか?」

「たった今帰ってきたところございまする。ちゃんと良い子で待っていたら、次に会うときに、たーっぷり可愛がってあげまする」

「ひゃい」


 レクスは今日も良いように、アンに転がされている。


「どこか良い場所あるかしら?」

「庭園はどうだ? 何か見頃の花が咲いていたはずだぞ」


 元勇者一行に加えて撮影役のセレンの兄という面々で、ジークの意見に従い庭園に向かった。ジークが言っていた通り、庭園ではバラが見事に咲き乱れていた。


「じゃあここでいいわね」


 六人は思い思いに並ぶ。微妙な距離感のセレンとリゲル、そっと手をつなぐリリアとジーク、腕を組むアンとレクス、三者三様でも誰もが幸せそうだ。


「撮るよ~。はい笑って~」


 水晶が赤く光り、すぐに撮影は終わった。


「だから消費魔力が多い!」


 間髪入れずに叫ぶセレンの兄に、皆思わず笑いがこぼれた。


「終わったから今日は解散ね。複製が出来たら皆に配るわ」

「自分をつかまえることは難しくございましょう。自分の分はレクスに預けていただければ」

「アン、次はいつ会えるのだ?」

「レクスの休みに合わせましょう」

「私の次の休みは……」


 失礼いたしますると言い仲睦まじげに、レクスとアンは教会の方へと歩いて行く。途中躓いて転びそうになったレクスを、アンが転ばないように支えていた。


「失礼します」

「じゃあまた」


 リリアとジークも別れの挨拶をして、約束のお茶をしに王家のプライベートスペースに向かった。


「ジーク、私決めました。また魔術研究所で働きます」

「どうしたリリア、そんなに明日雨がいいのか?」

「あまりの察しの悪さに、また嫌いになりそうです」


 じゃれ合うようなやり取りに、見守るセレンの頬が緩む。


「僕先に戻ってるよ~」


 セレンの兄が一足先に研究所に戻ったので、セレンとリゲルの二人だけが残った。


「明後日の時間は変更なしでいいか?」

「大丈夫だわ。じゃあ明後日、約束通りナーデルの屋敷で」

「ああ」


 翌日セレンは落ち着かない一日を過ごし、リゲルと行く領地デートの出発の朝をついに迎えた。


 ナーデル男爵家所有の馬車に揺られ、セレンとリゲルはロージアー領に向かう。お互い侍女や使用人は連れておらず、馬車の中は向かい合わせの二人きりだ。


「ロージアー領はどんなところ?」


 外の景色を見ながら、セレンは何とはなしにリゲルに尋ねた。通常の馬車のスピードでは考えられないぐらいに、外の景色はめまぐるしく変化していく。


 魔術の大家所有の馬車が普通であるはずは無く、度重なる改造を施された馬車は、もはや魔道具の一種と化していた。普通の馬車なら数日かかるロージアー領までの道のりを、この馬車なら一日中に踏破できてしまう。


 膨大に消費する魔力はセレンが負担していて、一日中走らせるのは、底なし魔力のセレンだからできる芸当だったりする。御者も馬も慣れていないと乗りこなせないので、選ばれし御者と馬にしか許されない馬車として、御者界では密かに憧れの的だ。


 実用性があるものも作ってはいるが、ナーデル男爵家が開発する魔道具は、新しくできた記録用魔道具を含めて、実用性がないものが結構多い。問題点の大半は、必要な魔力が多すぎることだったりする。


 問いに対するリゲルからの返事がなかったので、セレンは平原にいたウサギに気を取られた。


「あら、ウサギだわ」


 ひょこひょこするウサギの耳を見ながら、どこかで見たことがあるとセレンは記憶をたどった。


「ふふ、リゲルにもウサ耳生えてたわね」


 魔王討伐の旅での落ち込んだレクスによる、強化魔術大暴走の時だ。セレン自身には主立った被害は無かったので、おもしろかった思い出でしかない。


「……実は尻尾もあった」

「……知りたくなかったわ」


 今更のリゲルのカミングアウトに、セレンは真顔になった。一瞬でも頭に浮かんでしまったのだ。筋骨隆々な男に、ふわふわもふもふのしっぽ。


「おぞましいにも程があるわ」


 鳥肌が立った。リゲルを視界に入れないように、セレンは再び窓の外に視線を投げた。


「なんでウサギだったのかしら」


 独り言のようにセレンは呟いた。そういえばウサギって……頭に思い浮かんだことを、セレンはすぐさま頭から振り払った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ