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隠密ちゃんと神官様7

××××××××××



 出るつもりが無かったパレードと式典でも難なくこなすマリアンに、私も鼻高々だった。祝賀パレードと式典はつつがなく終わり、残すは夜会のみとなった。


 夜会の入場でマリアンをエスコートするのは、もちろん私だ。初めてのエスコートに頬が緩む。


「レクサールさま、どうしましたの。早くいきますの」


 マリアンに急かされ、私は一歩を踏み出した。煌びやかなこの場に、マリアンと一緒に居られることが嬉しくて仕方ない。以前叶えられなかった願いは、たった今叶った。


 この夜会の主役は、魔王を討伐した勇者一行だ。つまり私やマリアンも、主役の一人ということになる。私たちが入場した途端、自国や他国の要人たちがこぞって話しかけてくるのを、さくさくと捌いていった。


 私に話しかけてくる人々の中には、若い女性も多くいた。私はグラニア公爵家の三男、まだ婚約しておらず、魔王討伐にも参加した。何が目的かは明らかだ。


 マリアンもほとんど私と同じ状況だった。若干私の方より若い男が多いが、私は気にしていない。あの愛らしい笑顔で男に応対しているからといって、私は何とも思っていない。マリアンが他の男と話していても、私は嫉妬なんてしてない。もう一度言う。嫉妬なんか、していない。


 多くの人を相手にしていると、夜会慣れしている私でもあっても、だんだん疲れがたまってくる。こんな状況で、あのリリアは大丈夫なのだろうか。心配になって様子を伺うと、リリアは周囲の人総出でフォローされていた。一応何とかはなっているようだ。


 マリアンの方はというと、また若い男と話していた。私はまだ肝心なことをマリアンに伝えられていない。私が贈ったドレスを着たマリアンに伝えたい。夜会の間中ずっと、私はマリアンを連れ出すタイミングを伺っていた。


 そろそろダンスの時間だ。何が何でもマリアンと踊りたい。私の気持ちとは裏腹に、煩わしい人だかりは相変わらず途切れることを知らない。


 私の焦りが最高潮に達した、その時だった。ジークとリリアの何やら揉める声が聞こえてきた。突然の騒ぎに、周囲の注意が持っていかれていた。


 聞こえてくる断片的な情報から察するに、一切踊れないリリアを、ジークがダンスに誘ってしまったらしい。見事なまでに、修羅場っている。


 リリアがダンスを踊らないことは自明の理、人嫌いが人と踊るわけがない。リリアのことを考えられないとは、リリアへの恋心にかまけて、ジークの頭の中はお花畑になっていたか。自分のことだけで、相手の迷惑を考えずに誘うなど愚の骨頂だ。王国最強といえども、まだまだ青いなジーク。


 しかし、これはチャンスだ。私にも運が向いてきた。


 抜け出すなら今だと、マリアンの手を握り、そのままテラスへと連れ出した。本日の主役という立場にも関わらず、私たち二人がまるで見えていないように誰も何も反応しない。マリアンが魔術を使ってくれているからだろう。こういったことは彼女ならお手の物だ。


 いつかとは逆に、私がマリアンの手を引いている。


「レクサールさま」

「昔のように呼んで欲しい」


 テラスに置かれた椅子に腰かけ、マリアンを膝抱きにした。マリアンに抵抗する意思はなく、身体を預けてくれている。


 マリアンに伝えたいことはあるが、その前にはっきりさせないといけないことがあった。


「どうして婚約を申し込もうとした矢先に、姿を消したのだ? ずっと目を背けてはいたが、やはり私のことが嫌いだったのか? 魔王討伐の夜、マリアンは何も言ってくれなかった。本当の気持ちを教えて欲しい」 

「十六歳で表舞台から一旦退場するのは、元から決まっていたことですの。レクサールが婚約を申し込もうとしていたのだって、今知ったぐらいですもの。完全に偶然で、ただただ絶望的にレクサールの間が悪かっただけですの」

「では逃げてはいない、私は嫌われてはいないのだな」


 目の前が一気に明るくなった。


「レクサールのことは、嫌いではありませんでしたの。好きでもありませんでしたけど。嫌なことをしてくる相手を、好きになるはずがありませんの。私はジークのようにドМではありません、嫌なことは嫌なんですの」


 あれ、やっぱりダメなのか? 私の目の前は再び真っ暗だ。自分でも驚くぐらい、情けない声が出ていた。


「マリアン~~」

「ああ、もう、泣くんじゃありませんの。レクサールのことが本気で嫌なら、こんな体勢許していませんの」


 額に鋭い痛みがした。マリアンのデコピンだ。


「嫌いでも好きでもないのは昔の話ですの」

「今は、今はどうなのだ?」

「不本意ながら、だいぶ絆されてますの」

「マリアン」


 間違いなく良い空気というやつだ。見つめあう私とマリアンの距離は十分近くて、マリアンはそっと目を閉じた。私も目を閉じマリアンに顔を近づけ、記念すべきファーストキスとなるはずだった。はずだったのだ。


 それはもう見事に盛大に、私は空振りした。つまり、マリアンに避けられた。


「マリアン~~」


 目を開けて再びマリアンに泣きついた。後ろからの攻撃でも簡単に避けられるようなマリアンなら、私のキスを避ける程度目を閉じていても朝飯前だ。やっぱり私が嫌いなのか!? 


「ふふ~ん、ショックでした? だから人が嫌がるようなことは、するものではありませんの。今のは、今までの仕返しですの」


 小悪魔的な笑みを浮かべて、マリアンは私に目隠しをした。


「これで」


 次の瞬間柔らかい感触が、私の唇に軽やかに触れた。


「これでお互い、何もかも水に流しますの」


 目隠しが外されると、マリアンは心からの笑顔で私を見つめていた。やっぱりマリアンに似合うのは笑顔だ。泣き出しそうな顔、怯えた顔や怒った顔、どんな表情よりも、心からの笑顔が一番だ。


 きちんと私の気持ちを伝えよう。


「今から大事な話をする。好きだ、マリアン。これから先死ぬまでずっと、私のそばにいて欲しい。私と婚約してください」

「方向性は良く分からなかったけれど、愛してくれていたのは本当ですの。斜め上から斜め上を繰り返して、もはやきりもみ回転式に斜め上に向かっていましたが、愛してくれてはいましたもの」

「私の愛はそれほどまでに、マリアンにとって理解不能だったのか……。いやマリアンにこの愛が伝わっていたなら大丈夫だ。問題ない」

「どんだけポジティブですの」


 ジト目のマリアンも可愛い。


「それで、婚約の返事は」

「私で良ければ受けますの。でも嫌なことされたら、躊躇なく婚約破棄ですの。そのおつもりで」

「本当か、ありがとうマリアン」

「ふつつかものですが、これからよろしくお願いします。さて婚約するのはよろしいのですが、レクサールはブラックマンに婿入りしていただけますの?」

「私としてはどちらでもいい。そちらの都合が良い方で構わない」

「では婿入りということで。まったく、人手不足だというのに、レクサールの所為で私は、元通りには隠密の活動ができませんの」


 はぁとマリアンが溜息をついた。そう言われてしまうと、私は強く出ることができない。今までの諸々も考えると余計にだ。


「こうなったら、私が子爵家を継ぎ、弟に隠密の活動をメインでやってもらいますの。それが元々の弟の希望でもありますもの」


 ふうっと耳に息を吹きかけられた。マリアンに艶めかしく首筋を撫でられる。私はなすすべなく、されるがままだ。


「子供はいくらいても良いものですの。結婚したらこの国の隠密の未来のために、婿としてちゃ・あ・ん・と、夜のお勤めは果たしてくださいませ」


 初めて見るマリアンの妖艶な表情に、ぞくぞくが止まらなかった。


「ふふふ、そろそろ戻りましょう。折角だから一緒に踊りたいですもの」


 マリアンは私の膝の上から軽やかに降り、ダンスの曲が流れる会場の中へ戻ろうとする。振り返って私のことを待ってくれているが、その期待には答えられそうになかった。


「駄目だ、マリアン。マリアンが刺激的過ぎて、腰が砕けた」


 ……マリアン、そんな目で見ないでくれ……。あ、置いて行かないで、マリアーン!

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。レクスとアン編はこれで完結です。

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