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隠密ちゃんと神官様6

××××××××××



 斜め上から斜め上に向かい続けたレクサールが、行き着いた先はただの覗きだった。ははは、私の幼馴染はただの覗きになり下がった。


「何をしているのでございますか?」


 女風呂の目隠しの前で、うつ伏せに寝転んだレクサールに対して、私はしゃがんで詰め寄っていた。


「誤解だ、アン! 転んだだけだ」


 レクサールが大慌てで弁明を図る。もっとましな嘘は吐けないのかと私は呆れた。こんなところで転ぶ奴がいるか。……いるわ。レクサールいつでもどこでも転ぶわ。


「ああ、レクスは一人で走っていき、何もないところで躓いて転んだ」


 レクサールを追ってきたジークの言葉に、リゲルが頷く。


「ところでなぜアン一人だけなんだ。リリアやセレンは?」

「リリアが温泉でのぼせたのでございまする」


 ジークに伝えると、彼の顔色が変わった。


「大丈夫なのか」


 温泉でのぼせただけで、そこまで心配するんだ~。はは~ん。ふ~ん。そうかそうかと、私は察した。


「なんだ、何が言いたい」

「いえ、何もありませぬ。リリアはセレンが介抱しておりますゆえ、そのうち目を覚ましましょう」


 脱衣所の前に備え付けられたベンチに、リリアは横になっている。


「私たちはリリアの目が覚めてから戻るわ」


 リリアを膝枕しながら、セレンが手をひらひらと振った。セレンが魔術で冷やして応急処置したので、後は目が覚めるのを待つだけなのだ。


「レクス、お前の魔術で治療できないか?」

「これは対象外だ」

「じゃあ仕方ない。俺が運ぼう」


 ジークがリリアの運び手に、名乗りを上げた。仕方ないとか言っているが、その声音を注意して聞くと、嬉しさが滲んでいる。はは~ん。何がどうしてそうなったのかは、分からないが、へ~。


「え~、たぶんリリアが嫌がるのだわ。この前のだって」

「長くない距離だ。目が覚める前には戻れる。皆がリリアに黙っていてくれれば、問題ない」


 横になっていたリリアを軽々持ち上げ、ジークは異論など認めないと言わんばかりだ。


「ん~、じゃあ頼むわ。くれぐれもリリアには内緒よ。魔王を倒した後の、ぷくーと膨れたリリアは、それはもう可愛かったけれど、機嫌を治してもらうの大変だったのだわ」


 セレンは濡れタオルを魔術で冷やし、立ち上がってリリアの頭に乗せ直すと、そのまま脱衣所へ荷物を回収しにいった。


「俺もリリアに怒られたい……」


 リリアを抱えたジークから漏れ出た願望を、残念ながら私は聞いてしまった。怒られたいとは、やはりドМか。リリアも変な人に好かれて苦労すると、彼女に親近感を覚えずにはいられなかった。


「では戻るか」


 ジークの言葉を合図に、皆で歩き出す。レクサールはさり気なく、私の横を陣取った。


「アン、温泉は気持ちよかったか?」

「当然でございまする」


 レクサールがつなごうとした手を、私はそっと避けた。



××××××××××



 魔王討伐の旅は、誰も欠けることなく無事に終わった。私は結局旅の間、仲間たちの負傷を治すよりも、自分が転んでできた怪我を治す方が多かった。マリアンの怪我を治したのは、魔王を倒した時の一度だけだ。


 マリアンに良いところは全く見せれなかったが、決して情けなくは無いのだ。情けなくは……。


 王都へと戻ってきたマリアンは、陛下への報告や旅の記録の作成、その他の準備には大人しく参加していた。だが隠密の身の上であるマリアンが、式典や祝賀パレード、夜会に出る気がないことは分かっていた。そんなことは私が許さない。


 だから私は陛下に、あることを魔王討伐の褒章として希望した。


 祝賀パレードが行われる日、私は控室でマリアンを待ち構えていた。私には神官としての正装があるので、そう時間はかからずに身支度は終わった。セレンは魔術研究所、リゲルは騎士団の正装があるので、この二人もそう時間はかからないだろう。


 残った時間で、私にはやらなければならないことがある。たとえ参加しないつもりでも、彼女は必ずここに姿を現すと踏み、私はマリアンを今か今かと待っていた。そして案の定マリアンは、控室に姿を見せた。


「来ると思ったぞ、マリアン! マリアンはこれから、私達とパレードとかに参加するのだ。陛下の言質はとったぞ」

「いや参加する気はありませぬ。ここには皆に挨拶に来ただけ、って陛下の言質とは、どういうことでございまするか!?」

「マリアン、大人しくお縄につけ。変装も解いてもらうぞ」

「マリアンと呼ぶんじゃありませんの! 大人しくしろと言われて、大人しくする人間などおりませぬ! レクスの言葉なぞ信じませぬ」


 マリアンが逃げ出そうとするが、出入り口は私が塞いでいる。マリアンを捕まえるために出入り口から離れるわけにはいかず、お互いに決定打を打てないまま、膠着状態が続いた。


 膠着状態を破ったのは、ドアをノックする音だった。


「セレン! リゲル! マリアンを確保するのを手伝ってくれ!」


 私の読み通り早めに控室にやって来た、セレンとリゲルに叫んだ。二人は状況が呑み込めずに、ただ困惑していた。


「マリアンって誰?」

「マリアンとは誰だ?」


 くそ、誰もマリアンを分からないなんて、どうなっている。この世界からマリアンの存在が消え、私だけがマリアンを覚えているとか、そういうやつか!?


 いや違う、二人にとってマリアンは、アンだった。


「アンだ、アンのことだ!」


 根回ししなかったことが悔やまれる。状況がよく分からない二人に、説明を省いて有無を言わせず協力してもらうには、これしかない!


「私はレクサール・グラニアだ! 頼む」



××××××××××



 散々今まで家名は出さなかったくせに、レクサールは私を捕まえるため、なりふり構わなくなったようだ。公爵家の家名まで出されれば、セレンとリゲルの二人は従わざるを得なくなる。


 公爵家の名前の効果は絶大で、セレンとリゲルは構えをとった。


「よく分からないけど、アンを捕まえればいいのね」


 敵が増えた。不利な状況に思考を張り巡らせ、打開策を考える。


 レクサールの脅威はそうでもないとして、セレンは遠距離攻撃の専門家であり、リゲルは近距離攻撃の専門家だ。この二人に組まれると、かなり分が悪い。


 ついに始まった三対一の室内鬼ごっこを、私は旅で培った技術を総動員して逃げ回った。セレンとリゲルは本当に強敵で、事前の打ち合わせ無しに、的確に私を挟み撃ちしてきた。レクサールに関しては、転んでセレンとリゲルの邪魔をしていただけだった。


 鬼ごっこは最終的に、窓から逃げた私の勝利で終わった。部屋の中という状況と、レクサールの邪魔がなければ、私はきっと二人に捕まっていただろう。


 セレンとリゲルは、驚くほど息がぴったりだった。いっそ結婚すればいいのに。あの二人なら良い夫婦になりそうだ。


 開いていた他の部屋の窓から城内に戻り、隠密用に張り巡らされた通路に入りこんで一息ついた。レクサールの言葉の真偽を確かめるためには、陛下に会う必要がある。陛下の執務室を目指して走りだし、私が辿り着いた先は執務室の天井裏だ。陛下の在室を確認してから、隠密用の扉を私特有のリズムで叩いた。


「開けごま」


 建国王の時代に決められた合言葉で、陛下は返事をした。なにかしらの意味がある言葉らしいが、私にはさっぱり分からない。開けていいという返事が陛下からあったので、私は扉を開けて逆さまに顔を出した。


「陛下、どういうことでございまするか。変装の魔術を解き、パレードに参加せよとは」

「レクサールの願いだ。隠密アンではなくマリアン・ブラックマン子爵令嬢として、魔王討伐に参加したことにする。レクサールはこれを褒章として希望した。観念せよ」

「なぜそのようなことを」

「お主と結婚できるように、根回しの一環であろうな。ジークラートもリゲルも、男は同じようなことばかり頼みよってからに」

「ぐう」

「余としても、ブラックマンの家はアンが継ぐ方が好ましい。お主の弟では、お家断絶になりそうでなあ。隠密がいなくなるのは困る」

「……勅命となりまするか?」

「なるー」


 吹いたら飛んでいきそうなほどに軽い勅命が、たった今下りた。


「そんなあ~。う~、失礼いたしまする」


 頭を引っ込めて、乱暴に扉を閉じた。人がいないことを確認して、隠密用の通路から普通の廊下へそのまま移動した。誰もいない廊下をとぼとぼと落ち込んで歩きながら、変装用の魔術を解いていく。


 黒くまっすぐだった髪は、茶色くふわふわとしたくせのある髪に変化し、釣り目がちだった瞳はわずかに垂れて、消していた二つの泣き黒子が現れているはずだ。先程逃げ出した控室に戻る頃には、すっかり私本来の姿に戻っていた。


 陛下の勅命は絶対だ。腹を括って、控室の扉をノックして開けた。


「マリアン、やっと戻ってきた」


 誰よりも早く反応したのは、レクサールだ。レクサール以外の人は、不思議そうな顔をしている。知らない人が知り合いの服を着ていたら、そんな反応にもなるだろう。口元を隠していた黒の襟巻をとり、レクサール以外に改めて自己紹介した。


「改めて自己紹介させていただきますの。アンこと、ブラックマン子爵家のマリアンですの」


 自己紹介が終わった途端、感極まったレクスが調子に乗って抱きついてきたので、私は思いっきり避けた。隠密技能の無駄使いが、最近特に多い気がする。


 私も祝賀パレードに参加するとなれば、身支度をしないといけない。私の身支度はすぐさま慌ただしく始まった。通常よりも多い侍女の人数で、私はただされるがままだ。


 着る予定のドレスは、しっかり準備されていた。用意したのは間違いなくレクサールだ。彼以外にありえなかった。黒髪のアンじゃなくて、薄茶色の髪のマリアンに似合うように、そんな決め方ができるのはレクサールだけだから。


「癪なことに、良い趣味ですの」


 鏡の中の自分を見て、素直にそう思った。

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