表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/29

聖女な私は人間が嫌いだ1

 エレンターレ伯爵家に生まれた私は、物心ついたときから人間が嫌いだった。理由は分からないが、誰かといると身を焦がすような不快感に襲われた。


 とは言っても、幼い子供が身の回りのことを全て自分で出来るはずもなく、使用人たちに世話される日々はとても不本意だった。成長するにつれて、自分でできることは自分でするようになり、私は使用人たちを寄せ付けなくなっていった。


 そんな私に両親は何も言わなかった。エレンターレ伯爵家は、領地経営と商売、貿易を多角的に行っており、両親は常に忙しくしていた。私には兄が一人いたが、兄も私には関わろうとしなかった。兄は将来伯爵家を継ぐ身であり、学ばなければならないことは山のようにあったから、無駄にできる時間など無かったのだ。


 どこかずれた私は、家族に完全放置されていた。


 貴族の子息令嬢は、家庭教師に勉強を教えてもらうのが一般的だ。しかし人間嫌いな私には、それが苦痛だった。だから屋敷にあった本で、勝手に学ぶことにした。屋敷の書庫には、ありとあらゆる本が揃い、生きていくうえで必要な知識や、貴族としての教養を得るには十分すぎるほどだった。


 私が読み終わった本は定期的に入れ替わっていたが、当時の私はそれに気づきもしなかった。普通の家にはここまで大量の本は無いということと、ここまで大量の本が揃えられていた理由を、私が知るのはずっとずっと先のことだ。


 こんな風に普通の令嬢とはかけ離れた生活を送っていた私は、ある日両親が話しているのを、偶然盗み聞いてしまった。


「そろそろリリアの婚約についても考えないといけない」


 私はその場をそっと離れ、すぐさま自分の部屋に戻った。部屋の中でじっとしてはいられなくて、ただおろおろと歩き回った。


 貴族の令嬢なら、結婚するのは至極当たり前のことだ。恋愛結婚する人もいるようだが、大半が政略結婚をする。お金のため、人脈のため、地位のため、結婚は何らかの利益を得るための手段でしかない。


 家族に見向きされない私には、政略結婚の駒という価値があるだけだ。でも私は人間嫌いで、結婚には忌避感しか湧かない。政略結婚を受け入れられるほど、人生を諦められてもいなかった。このまま何もしなければ、一方的に相手を決められ、否応なしに婚約させられてしまう。


 私は暇があれば、どうすれば結婚せずに済むかを考えるようになった。いくら考えても、結局良い案は出ずじまいだったのだが。


 その後婚約の話はまとまらないまま、私は十二歳の誕生日を迎えた。


 この国のほとんどの貴族は、魔力を持っている。多くの貴族の子供は十二歳の誕生日を迎えると、魔力の操作の方法つまり魔術の使い方を学び始める。子供の魔力というのは不安定で、制御するには向いておらず、魔力が安定し出すのが十二歳ごろだからという理由だ。


 将来の結婚の件に続き、私は再び頭を悩ます羽目になった。知識や教養に関しては、自己学習でなんとかなったが、魔術はそうもいかない。今の時点で魔力が自分の身に宿っている実感は無く、扱い方の検討もつかないのだから、どうしても誰かから学ぶ必要があった。


「お前も良い年頃だ。魔術の家庭教師を見繕ってくれるよう、知り合いに頼んでおいた」


 ある日の夕食の席で、父はそう言った。私に拒否権はない。


 魔術が使えるようになれば、自分でできることが増えるはずだ。一般的に魔術を家庭教師から学ぶのは数か月から一年程で、それも毎日というわけではない。少しの辛抱だと自分に言い聞かせた。


 それから数週間後、私の家庭教師となる令嬢が、伯爵家の屋敷を訪れた。


「本日より、リリア様の家庭教師を務めさせていただきます、セレン・ナーデルと申しますわ。よろしくお願いいたします」


 初めて会った彼女は、なんだかやたらに元気な人だった。太陽みたいな笑顔というのは、彼女のような笑顔をいうのだろうと思った。人間は嫌いだけど、彼女なら大丈夫かもしれない。


「リリア・エレンターレです」


 明るくにこやかな彼女に対して、私は淡々と自己紹介した。


 彼女は私より五歳年上で、ナーデル男爵家の出身だと両親から聞いている。灰色の長い髪を三つ編みにし、身にまとったローブは彼女に良く似合っていた。王宮の魔術研究所で働いているそうなので、ローブはその制服らしい。顔に化粧気は無いのに美人さんだ。


 互いに自己紹介が終わり、しばし見つめあう私と彼女。ようやく口を開いた彼女の発言に、私は面食らうことになった。


「やっばーい。ちょーかわいいのだわ。こんな白髪の美少女に教えられるなんて、おまけに給料ももらえるなんて、最高すぎるわ!」


 えっと……どうにもこの人は、私と同類な気がする。令嬢らしくない、令嬢というやつ。一般的なご令嬢はこんなこと言わないはずだと思いながら、自分の常識に対する自信が少し揺らいだ。


「いけない、素が出てしまいましたわ」


 素だったんだ。やっぱり、出してはいけないやつだったんだ。


 大丈夫、私の常識はまともと思って良さそうだ。


 挨拶も程ほどに、私たちは訓練を行う予定の庭に向かった。初心者が室内で魔術を使うのは自殺行為らしい。庭に備え付けられたベンチの上に持ってきた鞄を置き、彼女は私に問いかけた。


「リリア様は魔術について、どの程度知っていらっしゃいますか?」

「全く何も知りません。予習をしようと、魔術に関する本を探してみたのですが、見つかりませんでした」

「勉強熱心ですね。魔術に関する書籍というものは、実はほとんど存在いたしませんわ。魔術の扱いというのは、理屈というよりも感覚に近いので、言葉で書き起こせるようなものではありませんから。記述として残せるようなことは、記録として残す価値がない程度のことしかないので、自然とそういう類の本は生まれなかったのです。だから私の職場にも、魔術に関する書籍はありませんわ」


 そうだったのか。本で得られない知識もこの世にはあるのだと、私は身をもって知った。


「セレン様の職場というと、王宮の魔術研究所ですか」

「あらご存じなのですね。あと私のことは呼び捨てで構いませんわ。私はしがない男爵令嬢で、お金で雇われた身でございます。敬語である必要もありませんわ」

「呼び捨てだなんて、仮にも教えてもらう身でありながら、そんなことはできません。歳だって貴方の方が上です。敬語を使うのは誰に対してもですので、気にしないでください」


 私の発言に、彼女は驚いた様子だった。私はそんな変なことを言ったのだろうか。


「貴族らしくないと言われませんか?」


 言われたことは無い。だって人とは関わらないようにしているから。


「言われたことはありませんが、私が貴族らしくないのは、自分でも分かっています。それを言うなら、セレン様も似たようなものではありませんか? 貴方が一般的な貴族のご令嬢だとは、到底思えません」

「てへ、もうばれてしまいました。ナーデルの家系は、どうにも魔術馬鹿が多いのですわ。魔術大好きな家族に囲まれて育ちましたので、私も自然とそうなってしまいました。令嬢らしさというのは、わりとどうでも良くて、好きに過ごしてしまっていますわ」


 結局セレンさん、リリア様と呼び合うことで、この話は落ち着いた。妥当な着地点なのかは置いておいて、当事者同士が納得しているのだから、問題は無いはず。


「では実技訓練の前に、講義をしましょう」


 私とセレンさんはベンチに座り、ひとまずセレンさんの講義を聞いた。


 セレンさんの説明によると、各々が持つ魔力には色というものがある。魔力の色によって向いている魔術が違い、魔力の色が遺伝するかどうかは、家系によって異なるそうだ。エレンターレ伯爵家は遺伝しない方の家系であり、遺伝する家系の方が珍しいらしい。


 続いて魔力の色と使える魔術の関係について。よくある色とその得意魔術を教えてくれたが、例外も多いので覚える必要はあまりないと、セレンさんは締めくくった。魔力が強ければ、得意属性の魔術以外も使えるようになるそうだ。現にセレンさんは水と氷の魔術が得意だが、火の魔術や雷の魔術等々も使える。


「今日の講義はこのぐらいにしておきましょう。ここからは実技ですわ」


 セレンさんは持ってきた鞄を漁り、細長いガラス管のようなものを取り出した。


「まず魔力を感じられるようになること、それが魔術を学ぶ第一歩ですわ。普通は手をつないで行いますが、今回はこれを使います。そちら側を掴んでください」


 セレンさんが片側を掴んだガラス管の反対側を、言われた通りに掴んだ。


「今から私の魔力をそちらに流します。最初は気持ち悪い感覚かもしれませんが、すぐに慣れると思いますわ」


 ガラス管を掴んだ右手が、ぞわぞわする。初めての感覚だ。右手で起こった揺らぎに反応して、身体の内部で蠢く感覚があった。これが魔力ということだろうか。


「どうですか? 何か感じられましたか?」

「右手がぞわぞわしました。あと、今まで動いたことがない場所が、動くような感覚がしました」

「上出来ですわ。では続いて、自分の魔力を私の方に流してみてください。とりあえずやってみて、駄目そうならまたアドバイスしますわ」


 さっき動いた感覚がしたところを、動かそうとしてみる。しばし試行錯誤していると、身体の中で動く感覚があった。そのままガラス管に向けて動かしていく。魔術が理屈よりも感覚の意味を実感した。


「うふふ、リリア様は筋がいいですわ。苦手な人だと、一週間ほどかかる人もいるそうです」


 私の筋がいいのなら、魔術の習得は早く終わってくれるかもしれない。セレンさんは良い人ではあるのだが、人に会わずに済むのなら会いたくないのが本音だ。


 私がそんなことを考えているとは思ってもいないだろうセレンさんは、ガラス管を鞄の中にしまい、今度は手のひら大の丸い水晶を取り出した。


「魔力を流せるようになったなら、次は色を確認しましょう。この水晶玉には、魔力の色通りに発光する性質があります。これに魔力を流し込むと、魔力の色が分かりますわ」


 セレンさんは水晶玉を両手で包み込み、胸の前に掲げた。ぼんやりと光り出した水晶玉は、徐々に深青色の強い光を放つようになった。


「見て分かるように、私の魔力は深青色ですわ。ではリリア様もやってみましょう。魔力を流すのは、先程と同じようにすれば大丈夫ですわ」


 セレンさんから水晶玉を受け取り、両手で持った。ガラス管に魔力を流した時のように、体内の魔力に意識を集中する。水晶玉は薄ら明るく光り出した。自分の力で水晶玉が光り出すのは、なんだかちょっと感動だ。


 そのまま魔力を流し続けると、水晶玉の光は強くなっていった。黄色というには輝き過ぎていて、正確に表現するなら金色だろうか。先程教えてもらった色の中には、無かったと思う。


 セレンさんの方をちらりと見ると、彼女は私の光を見て絶句していた。


「え!? 嘘!? 金色!?」

「金色はどういう魔術が向いているのですか?」


 私が何気なく聞くと、セレンさんは落ち着きを取り戻し、咳払いを一つした。これから重大なことを言う準備と、いわんばかりに。 


「金色の魔力は聖女の証と言われています。リリア様は聖女様の再来ですわ」


 真面目な顔でセレンさんは、冗談にしか思えないことを言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ