第八話「一色家での攻防?(後編)」
「ふう……落ち着いたわ」
「天澄、大丈夫か?」
「な、なんとか……」
母さんの暴走はなんとか止まり、話を続けられるようになった。
しかし、天澄へのダメージは思っているより大きいかもしれない。
「それにしても、驚いた。あのきんくんが、こんな美少女になって現れるなんて。やったわよ! 陣!!」
「なにがやったなのかは聞かないぞ。……それで、二人目は」
「私だ!」
黙っていると、子供がちょこんっと座っているようにしか見えない紫之宮先輩。
母さんも、天澄のことがあるから何やら真剣な目で観察している。
「……まさか」
「む?」
「実は男の子!?」
まだそのネタをひっぱるのか。
「残念ながら、私は正真正銘女子だ」
「そうなんだ。じゃあ、どんな驚きの設定があるの? 兄さん」
設定言うな。
「あー、この人は見た目こそ小さい女の子だが、俺や天澄。もちろん里桜よりも年上なんだ。というか、俺が通っている高校の先輩」
「そう! 小さいけど先輩なのだ!」
「ふふ。陣ったら、守備範囲が広いわねぇ。ところで、紫之宮ってあの紫之宮だったり?」
「その紫之宮であっていると思う」
お金持ちだってことはわかっていたけど。
まさか社長令嬢。
紫之宮と言えば、日本が誇る大富豪がひとつ。
現在の社長である紫之宮善次は、三人の子供が居て、長男である或斗は副社長となっており、長女であるかるなは大学生であり、ファッションモデルをやっている。
そして、次女である紫之宮みいか先輩は自由気ままに生きている。
とはいえ、成績は優秀、身体能力も高く、発想力も豊かで周りを常に驚かせ、楽しませている。
「陣」
「な、なに?」
「よかったわ。てっきり小学生をかどわかしたんだと思ってたから……」
「それ、先輩に失礼だぞ、母さん」
「構わないさ。私は、こんな見た目だからよく勘違いされる。だが、もう慣れっこさ!」
くっ! その自信が羨ましい……!
「それにしても、兄さん。遠くの学校にして正解だったみたいだね」
「正解かどうかはわからないけど。きんと再会できたことは嬉しいかな。女の子だって知った時は、驚いたけど」
「うんうん。私も、二人が一緒に入学してきてくれたほんとーに! 良かった!! これは運命だ! そう感じたね」
運命、か。そういうものは創作物だけかと思っていたけど、ここまで来ると本当に運命なんじゃないかって思ってしまう。
さてと。
「それじゃあ、二人の紹介も終わったところで、俺達は会議があるから」
「会議? なんの?」
と、里桜が問いかけてくる。
「色々。あー、お菓子とか飲み物は、俺が運ぶから」
「あらー? 邪魔しちゃだめなの?」
いったいどんな想像をしているのか理解したくはないが、今日の母さんはいつも以上にテンションが高い。
いつもは、できる主婦! みたいな雰囲気だが、趣味が妄想という変わり者。今、母さんの脳内でどんな妄想が浮かんでいるのか。考えただけで頭が痛くなる。
「いいから! あ、二人は俺の部屋に先に行っててくれ」
「うん。それじゃあ、紫之宮先輩」
「待ってるぞ、陣後輩」
二人がリビングからいなくなったところで、俺は母さんと里桜の二人とで対峙する。
「それで? どっちが本命なの? 陣」
「いや、二人とも友達だから」
「付き合いの長さだと、天澄さんじゃないかな、お母さん」
「でも、将来性を考えるならみいかちゃんという線もあるわ」
……とりあえず無視して、お菓子と飲み物を用意しよう。
えっと、確か戸棚に煎餅とかが。
「それにしても、天澄さん大きくなったよねー。昔のことは、あまり覚えてないけどさ。昔はもっとこう……金髪のヤンキーだったイメージ」
「そうね。私も、最初のイメージはそんな感じだったわ。でも、どこか気品みたいなものがあったから、将来はイケメンになると思ってこんな未来絵まで描いたのに……」
コップを出しながら、ちらっとその絵というものを確認する。
母さんの手に持ってあるスケッチブックには、昔のきんがそのまま大きくなったような似顔絵が描かれていた。
(やけに上手いな)
「まさか、あんなロリ巨乳な女の子になってたなんて……」
確かに、天澄の身長は低めだけど。
あっ、辛い煎餅しかない。
二人とも辛いの大丈夫かな。
「お母さん。どうだった、感触?」
「……あれは兵器よ」
「発射する?」
「するかも」
いや、なんだよ発射って。
「紫之宮さんはどうだと思う?」
「あの元気の良さ。そして、合法ロリ。お金持ちのお嬢様……強敵ね」
だから、なんだよ強敵って。
さっきから二人が変な存在みたいになっているんだが。
「あのさ、二人とも。あんまり俺の友達で変な妄想しないでくれないか」
準備ができたところで、俺は二人に注意を促す。
「変な妄想じゃないよ、兄さん。あたし達は、兄さんの将来を真剣に考えてるだけよ?」
「ええ。父さんが帰ってきたら、父さんも加えて家族会議をするわ」
二人でさえこれなのに、父さんが加わったらどうなることか。
嫌な予感しかしないが、俺はリビングから出ていく。
「お待たせ……って、なにしてるんですか? 紫之宮先輩」
自室のドアを開けると、なぜか紫之宮先輩がベッドの下に手を伸ばしていた。
そして、天澄は、俺から先輩の下着が見えないように努力していた。
「男子の部屋に入るのは初めてなので、情報収集を少々。集めた情報によれば、大抵思春期の男子の部屋にはエロ本が隠されているそうだが……ふむ。陣後輩はとても清純な男の子ということが判明した!!」
「それは、どうも」
というか、そういうのは本当に見つからないように隠すものですよ。
「わ、私は止めたんだけど」
「良いって。なんだかそういう気がしてたから」
申し訳なさそうにしてる天澄に優しく言葉をかけながら、俺は持ってきたものを床に置き、腰を下ろす。
「さて、さっそくであるがこれからの仲良し軍の活動について会議を始めようじゃないか!!」
そう天高く人差し指を差し、ぱちんっと指を鳴らす。
あ、このパターンは。
「失礼致します」
普通に、ドアから入ってくる近藤さんが入ってくる。
その手にはなにやら組み立て式のなにかがあった。
俺達に、一度頭を下げてから、手に持ったものを組み立てていく。
「あの近藤さん」
「どうか央とお呼びください。陣様」
うお!? めちゃくちゃ眩しい笑顔!?
その瞬間、脳裏に紫之宮先輩の発言が浮かぶ。
『私の執事。名前は近藤こんどう央ひさし。歳は二十三歳。家事全般をこなす男食家だよ』
男食家。
こんなイケメンさんが、まさかそんなわけが。
「組み立て、終わりました」
「ご苦労!」
どうやら組み立て式のホワイトボードだったみたいだ。
「では、これにて失礼致します。お二方。お嬢様のことをよろしくお願い致します。またなにかあれば、気軽にお呼びください」
「央くーん。ちょっと、手伝ってほしいんだけどー!」
え? 母さんの声?
「実は、家事のお手伝いをしているんです。お嬢様のご友人のご家族ですから。僕にできることならと」
「その意気だ、央。君の力で一色家をお助けするのだ!」
「はっ!」
なんだろう。今更だけど、とんでもない人と友達になったな俺。
天澄も、開いた口が塞がらないほど驚いてる。
改めて、紫之宮先輩ってお嬢様なんだなって。