第四話「付き合ってはいない」
「……夢じゃない、と」
先日の出来事が夢じゃないことを確認する。
俺のスマホの連絡帳などに、天澄ゆえりという名前が記されている。
「まさか、天澄がきんだったなんてな」
スマホをポケットに仕舞い、自転車を走らせる。
「あっ」
「あっ」
油断をしていた。
いつも通りの時間に、いつも通りに出発した。
どうせ出くわさないと思っていた。
だから、思わず止まってしまった。家から出てきた由果と目が合い、沈黙が続く。
(……大人になったよな。中学に上がる頃には、発育もクラス一だったし。高校でも、大人気だって言うし)
っと、ここで止まってるわけにはいかない。
「お、おはよう。なんだ、今日は早いな」
「おはよう。今日、先生に頼まれたことがあって」
「そうか。頑張れよ」
「……」
ぎこちない会話の後、俺は逃げるように自転車を走らせた。
すると、秋久も家から出てこようとしていた。
秋久は、俺に気づき話しかけようとするが、俺は止まることなく自転車を走らせ続ける。
「はあ……なに、逃げてるんだ俺は」
由果とは何とか会話をしていたが、それが限界だったようだ。
秋久の奴。
由果のために自分も早く登校するつもりだったんだろうな。まあ、付き合っているんだから当然か。
その後、俺はいつも通りに駅に到着し、電車に乗り込む。
いつもと違うとすれば。
「あっ」
高校でようやく友達ができたことだろうか。
俺が乗り込んできたことに気づいた天澄は、声をかけることなくその場に止まる。
俺も、天澄に近づくことなく、少し離れた席に座り込んだ。
「ん? メッセージ?」
すると、すぐにメッセージアプリがメッセージを受信した。
アプリを開くと、天澄からだった。
【おはようございます!!】
なにやら気合いの入った挨拶だった。
視線を送ると、早く返事をくれないかと思っているのだろうか。こちらをチラチラと見ていた。
その要望に応えるべく、俺はメッセージを打ち込む。
【ああ、おはよう。なんか変な感じだな】
友達にはなったが、人目を気にせず会話できるほど俺達はまだ勇気がない。
お互いに、周りからはちょっと変な目で見られているからな。
【そうだね。でも、こうやって友達とメッセージを送り合うのって、嬉しいかも】
【は、初めてなのか?】
【おばさんとは日常的に送り合っているんだけど…】
俺は、クラスメイトと何度か送り合ってるけど……そうか、初めてか。
【なんだか、こそばゆいな】
【わ、私もです】
【なんで敬語?】
【き、緊張しちゃって】
そういえば、これまで何度か敬語になったことがあったな。緊張すると、敬語になるのか?
【あの、気のせいだったらごめんなさい】
【ん? どうした】
【今日の一色くん。なんだか、少し変だった気がして】
そのメッセージに、目を丸くする。
電車に乗る前に、気合いを入れたはずなんだけどな。
【よくわかったな】
【えっと、実は昔、馬鹿をするのを止めるって言ってきた時の雰囲気とちょっと似てたから】
……よく見てるな、天澄は。
【なにか、あったの?】
【……まあ、ちょっと】
話すかどうか、迷い一分。
【話したくないなら無理には】
というメッセージがきたので、俺は一呼吸し、指を動かす。
【偶然だけど、幼馴染と遭遇したんだ】
【偶然? どういう、こと?】
天澄は、あの出来事を知らない。だから、幼馴染と偶然出会ったという言葉に疑問を思ったのだろう。
【まあ、なんていうか俺が全面的に悪いんだ。それで、ちょっとな】
そのメッセージを送った後、天澄からの返信が止まる。
どうやらどう返せばいいのか迷っているようだ。
【詳しくはきかない。でも、なにか力になれることがあったら相談してね。と、友達なんだから】
ようやく返信したメッセージを見て、俺は天澄のほうへと視線を向ける。
顔が赤かった。思いきって送ったは良いが、後で恥ずかしくなったようだ。
【ありがとう。きん】
あ、やべ違った。
【お、おう!】
あ、のってきた。
それからは、駅に到着するまで他愛のない会話を続けた。調子が出てきた天澄は、スタンプなんかを送ってきた。
・・・
「よっ」
「う、うん」
その日の昼時。
俺は、天澄と待ち合わせをしていた。
体育館倉庫の裏。
俺は、先に到着していた天澄の隣に腰かける。が、少し離れていってしまった。
どうやら近づきすぎたようだ。
「なんだか、悪いことをしているみたいだね」
俺が、弁当箱を開くと天澄が顔を赤くしながら言う。
「確かにな。ただ一緒に昼飯を食べるだけなのに。こそこそしてるからな」
付き合っているわけじゃないんだ。ただ友達として一緒に過ごしているだけ。
なのに、こうやってこそこそとしているから余計に感じてしまう。
「と言っても、俺達が人目を気にせず会話をしたり、昼食を食べたりしてると色々勘違いをされるかもだし」
「そ、そうだね」
春風が心地いい。
外で食べるのも良いものだ。
「こうやってると、思い出すな」
「……うん」
まだきんとして接していた頃。
弁当を持参して、二人で森を散歩していた。そして、広々とした場所で一緒に弁当を食べたんだ。
互いに、おかずなんか交換し合って。
「……それ、おいしそうだな」
思い出した俺は、天澄の弁当のおかずに目をつけた。
「じゃあ」
と、天澄は自分の弁当箱を俺につき出す。
「交換、する?」
「そうだな。じゃあ、俺からは」
互いのおかずを交換し合い、ゆったりとした昼時を過ごした。
「……」
「どうした?」
弁当を食べ終わり、パックの牛乳を飲んでいると天澄が包んだ弁当箱をじっと見詰めていた。
「いやその」
なんだろう。なにか気になることでもあったのだろうか。
まさか、交換したおかずが大好物で、俺が食べてしまった? いやしかし、おかず交換は互いに同意を得て、交換したはずだ。
はっ!? まさか、天澄は友達だからって我慢して? そうだとしたら俺は、天澄の楽しみを奪ったことになる。
「すまん!」
「へ? ど、どうしたの? 急に」
「あ、いや。もしかしたら天澄の好きなおかずを食べてしまったんじゃないかと思って」
「ち、違うよ。おかずは互いに同意を得て交換したんだから」
じゃあ、なんだ?
「えっと……あはは、やっぱりなんでもない! そ、それじゃあ先に戻ってるね!! ま、また放課後!!」
「ちょっ」
逃げていく天澄の背中を見詰めながら、俺は考える。
「友達って、難しいな……」
昔は、なにも考えずに仲良くしていたけど。
成長して、色々と考えるようになってからは、交遊関係を築くのがこんなにも難しいものなんだと、実感した。
「あっ、メッセージ」
しばらく惚けていると、天澄からメッセージが届いた。
【きょ、今日のおかず、おいしかった?】
なんでこんなことをわざわざ。
【おいしかったけど、どうしたんだ? 改まって】
一緒に食べている時に、さんざん言ったはずなんだが。
【そっか…じゃあ、明日も作ってくるね】
「え?」
そこで、ようやく気づいた。
天澄が妙にそわそわしていた理由を。
【あ、ああ】
メッセージを送った後、俺は食べたおかずのことを思い出す。
「あれ、天澄が作ったのか……」
きんの時は、妙に男らしい弁当だったけど。
本当に、女の子らしくなったんだな……。