第一話「ありふれた日常の中で」
「そういえばさ」
それはいつもの昼時。
よく筒田が、話を切り出すのだが、今日もいつものように切り出してきた。
俺達は、もう慣れたもので耳を傾ける。
「来月って六月だよね」
「そうだな」
「六月って言えばジューンブライドだよね」
「衣替えの季節でもあるね」
その他にも、梅雨の季節とか、太陽が沈むのがもっとも長い日とか、色々ある。
五月も中旬に入り、気温も大分上がってきているように感じる。
去年の六月は、それほど雨が降らず、結構気温が高い日々が続いていたっけ。
「いやぁ、今年もあと半分かー」
「ちょいちょい。こころさんや。まだ半分もあるんですが? なーに、思い出に浸るモードに入ってるの」
「しかしですよ、良さん! やっぱり思い出に浸るのは大事だと思うわけですよ!」
ずびし! と人差し指を佐々倉……ではなくなぜか俺に差してくる。
「こらこら。人を指差さない」
「その通りだが、結構佐々倉も俺のことを指差してるからな?」
「はて? いつ?」
「この前も俺の頬をぐりぐりしてただろ」
「あれは差したわけじゃなく、擦り付けていただけだし」
そう言って、自分の頬を指をぐりぐりと擦りつける。
「あーはいはい。そうですね……」
「はっはっはっは! 陣後輩は、やっぱり押しに弱いみたいだね」
「別に弱いわけじゃないですよ。ただこれ以上言い争ってもあーだこーだって言い返されるだけだと思っただけです」
「引き際が良いってこと?」
天澄の問いかけに、俺はそうだと頷く。
「ものは言いようだよねー」
筒田の奴……自分も押しに弱いくせに。
「話を戻すけどさ。皆はどう思う?」
「ん? それはジューンブライドに関してか? こころ後輩」
「そーです! ほら、私達も将来は花嫁衣装を着るかもしませんし。それに女子トークの定番じゃないですか!」
ここには男子も居るんだが。
「ゆえりはどう?」
「わ、私?」
佐々倉の問いかけに、天澄は箸を止める。
天澄の花嫁姿か……。
「ゆえりは絶対似合うよねぇ。ほら、金髪が純白のドレスとよく合うって言うか」
確かにそうだ。ゆえりほど可愛ければどんな服でも似合うだろう。きんだった頃からは考えられないよな……まさかこんな美少女になるなんて。
「……」
「天澄? どうかしたか?」
なにか思うことがあるらしく、自分の髪の毛に触れながら俯いていた。
「えっと、皆褒めてくれて嬉しい、けど。昔は、この髪の毛……嫌いになった時があったから素直に喜べないっていうか」
そうか、天澄は。
彼女の言葉に俺以外の三人は首を傾げる。
天澄の過去を知らない三人からしたら、そういう反応になるよな。けど、すぐに何かあったんだと感じたのか真剣な表情に変わる。
「……虐め、かな?」
「はい……」
紫之宮先輩は、先陣を切る。
「まあ……確かに、一人だけ派手な金髪の子が居たら目立つよね」
「だとしても!」
がた! と勢いよく立ち上がり筒田は暗い顔をしている天澄に抱き着く。
「ひゃ!? つ、筒田さん?」
「こんな可愛くて優しい子を虐めるなんてありえないよ! 私なら即! 友達になる!!」
天澄の左頬に自分の頬を擦り付ける筒田。
「だな。あたしも同意だ」
それに続いて、右頬に自分の頬を擦り付ける佐々倉。
「ゆえり後輩。過去につらいことがあっただろうが、これからは我々が君と共に居る。なーに、つらい過去を塗り潰すほどの楽しい思い出を作ろうではないか!!」
「おー!! さんせー!!」
「んじゃま、さっそく今日の放課後皆でゲーセンでも行く?」
「お、それはいいね! 一緒にダンスゲームやろうよ! ゆえり!!」
「う、うん!」
本当にいい友人ができてよかった。
しかし。
「筒田」
「なんぞや?」
「お前、数学の宿題未提出でできるまで帰れないんじゃなかったか?」
「……ゆえりー! だずげでー!!!」
「あ、そういえばあたしもだった。おたすけーゆえりー」
「え? え?」
天澄は、本当に完璧美少女である。
容姿はもちろんだが、勉強もできて、運動もできる。クラスメイトと仲がよくなっている今では、よく勉強を教えている。
なんでもできそうな感じなのに、遠慮がちで、よく俺や佐々倉、筒田なんかの後ろをちょこちょことついて来るので小動物みたいで癒されると言われている。
入学当時とはがらりと印象が変わってしまった。
まあ、それは俺もなんだが。
俺もそれなりに印象がよくなった方だが、それでもあの噂だけは変わってない……。
「こらこら二人とも。頼るな、とは言わないが自分でやらないと身に付かないぞ?」
「だって、数字がいっぱいでよくわかんないですもん!」
「あたしはそれなりにできますけど。今は、娯楽モードに入っちゃってるので」
なんだ娯楽モードって。
「じゃあ、あの。解き方とかだったら」
「わーい! ゆえり大好きー!」
「報酬としてあめちゃんをプレゼント」
「まったく、仕方ないね。どれ、私も先輩として少し教授してあげようかな」
「なんと!?」
「おー、先輩が先輩してる」
「先輩だからね!!」
そういえば最近は、学校の先輩と言うよりは一緒に馬鹿をする集団のリーダー、みたいな感じだったからな。
「で?」
「ん?」
なぜか佐々倉と筒田が俺のことを見ている。俺はこのまま傍観していようと思っていたんだが。
まさかこの流れは。
「陣くんは、教えてくれないの?」
「……しょうがないな」
「いえーい! これで仲良し五人組全員でお勉強会だー!」
「ちゃっちゃと終わらせてゲーセンいくぞー!」
「お、おー!」
その後、教室に戻った二人は、俺達のアドバイスを聞き、無事放課後に宿題を提出することができた。