第二話「家族仲良く」
今日は落ち着かない。
どうしてかって? どうにも、天澄の視線が気になるからだ。ずっと俺のことを見ているのだ。
一日だけならまだ偶然と考えられるが、それが二日、三日と続いたのだ。
ただでさえ、一緒に遅刻したせいで変な勘違いをされているというのに、これだけ視線を向けられると……俺以外の人達も気づいてしまい、また変な勘違いを生む。
どうしたものかと考えた俺は、小さな紙にメッセージを残し、周りに気づかれないよう天澄の机にそれを入れた。
そして、紙に書いた場所で待つこと数分。
「あっ」
天澄が訪れた。
紙に書いた場所は、ハンバーガーショップ。そこで、俺はコーヒーだけを注文して、彼女を待っていた。
「とりあえず、座って」
「うん」
天澄は、注文したドリンクを置き、正面に座る。
「それで、だけど。俺が君を呼び出した理由、わかるかな」
「はい……」
あ、威圧したつもりはなかったんだが。
俺の言葉に天澄はしゅんっと萎縮してしまった。どうにも、格闘技を習い初めてから、相手を威圧してしまうことが多くなってしまった。それも無自覚に。
……だからなのか。いまだ新しい学校で友達ができないのは。いや、それだけじゃないような気もするけど。
「怒ってるわけじゃないんだ。ただ純粋に、まだ何かあるならちゃんと話してくれないかって思って」
「……あの」
制服のポケットに手を入れ、何かを取り出す。
「スマホ?」
「……」
しかし、それからしばらくの沈黙が続き。
どうにも落ち着かないので、俺はコーヒーを口にする。天澄も、同時にストローでドリンクを飲んだ。
(この空気。今まで味わったことがない。もしかすると、周囲からは俺が脅しているように見えているんじゃないだろうか)
気になり、周囲を見渡す。
だが、今の時間帯客は少なく、全員がこっちを見ていない。それにい安心すると、天澄はようやく何かを決心したようで自分のスマホを操作し、ずいっと俺に突き付ける。
画面に映っていたのは。
「連絡先?」
天澄の連絡先だった。
まさか。
「あ、あの……お、お友達になってくだひゃい!!」
あ、噛んだ。
それに天澄本人も気づき、顔を真っ赤にして席をたちあがる。
「や」
「や?」
「やっぱりなんでもない!! そ、それじゃあね!!」
制止する間もなく、天澄は逃げていく。
残った俺は、さっきの天澄とファーストコンタクトの時の天澄を比べ呟く。
「なんか最初会った時と雰囲気違うくないか?」
最初は、ちょっと突っ張った感じの中に可愛らしさがあった。
しかし、今目の前に居る彼女は、もはや可愛さしかなかった。
・・・
「ただいま」
「あ、おかえり兄さん。今日も遅かったね。まさか、また夕食前に間食? 太るよ」
「今日は、コーヒーだけだよ。それにお前にだけは言われたくないぞ。口にあんこついてる」
結局、天澄の視線の理由を聞けなかった俺は、そのまま帰宅した。
帰宅した俺を出迎えたのは、俺と歳が五つ違いの妹である一色里桜。
靴紐を緩めていると、背後から抱きついてくる。
今日も、俺のジャージを勝手に着ており、栗色の髪の毛を邪魔にならないよう二本のお下げに纏めている。
寝ることが大好きで、枕には拘りがある。
それに加え、食べることも大好きなので、小学生のわりに肉つきが良い。若干腹がぽっちゃりである。
だが、本人はあまり気にしておらず、我が道を突き進む。
「あたしはいいんだよー。だって、これぐらいはつまみなんだから」
「ちなみに今日の夕飯は?」
「カツ丼」
「……それで、その前になにを食べた?」
「えっと、あんまん二個に、串カツ三本、それにおしるこ。あ、缶のやつね」
我が妹は、食欲旺盛なことで。
「お、重っ」
背中にくっついたまま離れないので、そのまま立ち上がるが、ずしっと妹の体重が襲う。
「兄さんは鍛えてるっしょ? ぽっちゃりな妹ぐらいらくしょーらくしょー。ほらー進めー。これは筋トレだー」
「お前が、筋トレをしろ……」
「めんどくさい」
あぁ、妹の将来が心配だ。まあ、こうなったのは、俺が原因でもあるんだけど。
筋トレと称して、兄を移動手段として利用する妹。俺も俺で無理やり引き剥がせばいいものを、甘えてくる妹を乱暴に引き剥がすことができず、そのまま自室のある二階へと上っていく。
「さあ、兄は着替えるから自室、もしくはリビングへ行きなさい」
ちなみに二階は俺と里桜の自室があり、両親の部屋は一階だ。
「おじゃまします」
「はいどうぞ。ってなんで入ってるんだ。兄は、着替えるって言っただろ?」
里桜の部屋は俺の部屋を出てすぐ。
それなのに、迷うことなく俺の部屋に入ってくる。かなり自然だったので、俺も思わず通してしまった。
「まあまあ。兄妹なんだし、着替えぐらい恥ずかしがらずに」
「お前は、少し羞恥心を覚えなさい」
結局妹の目の前で着替え、俺は妹をまた背負いリビングへと向かう。
「あら、今日も移動手段に使われちゃってるわね。陣」
「なぜか逆らえないんだ」
「妹を大事に」
RPGの作戦みたいに言うな。
「そろそろできるから、座ってなさい」
リビングに入ると、母親である一色梨沙子が藍色のエプロン姿で出迎える。
肩まで伸びている栗色の髪の毛。
まんま里桜が大きくなったような感じだ。かなりの細身で、貧乳なことを気にしているようだ。
「おう、息子。夕飯前にどうだ? 一戦」
「それ、今日発売したやつか? 父さん」
椅子に座ろうとすると、父さんが黒いコントローラーを俺に突き付けてきた。
俺は、素直にそれを受け取り、里桜を下ろしてから、父さんの隣に腰かける。俺の父さん、一色源士は無類のゲーム好き。大人になっても子供のように楽しくゲームをしている。
ぼさぼさな黒髪に、無精髭。
よく焦げた肌と引き締まった筋肉。明らかにアウトドアな見た目だが、眼鏡をしないと駄目なほどに目を酷使してる。
母さんも父さんの趣味を理解したうえで付き合い、結婚をしている。だから、こうして仕事終わりに堂々とリビングでゲームをしてもなにも言われない。
「おう。仕事終わりに買ってきた。ちゃんと限定版を予約したからな。見ろ、限定衣装だぜ? 息子」
画面には、どことなくエロい格好をしたキャラクターが映っていた。元の衣装と見比べると、布面積が明らかに違う。
「父さん。こういうのは、里桜の教育に良くないから見せるなよ」
と、俺の膝に頭を乗っけてる妹の目を左手で被う。
「おいおい。里桜もそこまで子供じゃねぇんだ。それに二次元キャラだったらこれぐらいの布面積は普通だぞ」
「父さんの普通は普通じゃないからなぁ」
「お前は、本当に里桜にはあまあまだな。昔以上に」
父さんが操るキャラの攻撃を防ぎながら、俺は昔のことを思い出す。昔、まだただのクソガキだった俺は、それなりに里桜を甘やかしていた。
だが、あの出来事があって以来、俺は妹にはあんな思いをさせたくない。俺のようにはなってほしくないと思い続けながら里桜と接してきた。そうして、今の里桜となったのだ。
「あはは。まあでも、後悔はしてないよ。昔の俺みたいにはなってほしくなかったからな」
「……陣。学校のほうはどうだ?」
「正直、うまくいってない。でも、自分で選んだんだ。頑張ってみるよ」
「そうか。なにかあったら、俺に言え。力になってやるぞ」
「あんがと。と、言いつつここで必殺!」
にやりと笑みを浮かべ、俺は説明書に書いてあったコマンドを入力。それに連動し、操作キャラが派手な演出の技を繰り出し、父さんのキャラの体力を一気に奪った。
「なあ!? お前、父さんがキメ顔で良いこと言っているのに!?」
「油断禁物だ。それに、ほら」
テレビにWinと表示されているまま、俺は背後を指差す。
そこには、夕食を並べている母さんの姿があった。
「ちょうど、夕食ができたみたいだから。ゲームはここまでだ」
そう言って、コントローラーを置き、いまだに膝の上に寝転がっている里桜の頬をつく。
「里桜。夕食だ」
「よし、兄さん。しゅつげきー」
近距離だというのに自分で移動する気がない里桜。
両手を広げ、自分を抱えろとアピールしてくる。
しばらく見つめ合い、俺は里桜を抱え、椅子へと導いた。