第二十六話「思い出の場所で」
俺は、目的地へと向かう電車の中で一人思考していた。
おそらく秋久と由果はもう到着する頃だろう。
昔はよく小銭を握り締め、菓子や飲み物を入れたバックを背負いあそこに三人で向かっていた。
本当にお気に入りの場所だったから、当時の天澄とも。
まさかそこにもう一人……紫之宮先輩までが居たなんて思わなかったけど。
そう考えると、あそこは俺にとって一番の思い出の場所になるんだろうな。
電車から降りた俺は真っすぐ目的地へと向かう。
昔の、三人で歩いた思い出。
それが自然と脳裏に浮かぶ。
俺が先頭で、リーダーのように歩いて、その後ろを秋久と由果が付いてくる。
そうそう。
途中で珍しいものとかを見つけるとつい立ち止まったりして。寄り道もして……目的地から離れていったこともしばしばあった。
「……」
だが、今回は寄り道など一切せずに目的地へと到着した。
出入り口付近には、予想通り二人がすでに到着しており、俺を見つけるなり秋久は手を振ってくる。
由果は、眠気覚ましなのか。
ブラック缶コーヒーを飲んでいた。
「お待たせ、二人とも」
「それほど待ってないよ。僕達が到着したのは五分ぐらい前だから」
「……ブラック。飲めるようになったんだな由果」
「……もう、子供じゃないから」
視線を合わせてはくれないが反応はしてくれる。
その瞳は、土曜日の時……いや今までと違ってどこか強き意思のようなものを感じられた。
「それじゃ、歩こう」
「うん」
「……」
三人揃ったところで俺が先に入り、それを追うように秋久と由果が歩き出す。
さすがにまだ距離がある。
秋久は俺の隣に来るが、由果は後ろの少し離れた位置に居る。
「懐かしいなぁ。ここに来るのは五年ぶりかな」
「俺は先月一回来たことがある。天澄と一緒にな」
「天澄って、あの金髪の子?」
「ああ。実はさ、天澄は俺がまだ馬鹿をやっていた時に出会っていたんだよ。お前達にも話したと思うけど。きんって奴覚えてるか?」
俺は、何度か二人にきんのことを話していた。
俺みたいな奴がいた。
妙に気が合う金髪の奴がって。今度会わせてやる! とも言ったが、結局それは叶わなかった。
「うん、覚えてるけど……え? もしかしてそのきんって子が」
「そう。天澄だったんだ」
「で、でも天澄さんは女の子じゃ」
「だから俺も驚いたよ。きんの頃とは全然違っていたから。というか、それで改めて俺は大馬鹿だったって恥ずかしくなった」
頭を掻く俺を見て秋久は苦笑している。
由果は……無反応か。
「天澄も色々と抱えていることがあった。だからあんな感じになったんだ。けど、あいつは変わった。いつまでも子供じゃいられないって」
「……子供じゃいられない」
すると、由果が俺の隣にやってくる。
「こうして三人で並んでいると思い出すよな」
「あー、もしかして目的地まで誰が先に到着できるかっていうあれのこと?」
「ああ、それだ」
「今思い出すとここに来る度に走ってた気がする……」
再び秋久が苦笑したところで、俺はふいに立ち止まる。
「陣? いったいどうし」
そこまで言って秋久は嫌な予感がするとばかりに表情を歪ませる。
「ま、まさか」
「よし! 今から走る!」
そう言って俺は木の陰にバックを置く。
「やっぱり!? だ、だめだって! 特に由果は」
そう。由果は寝不足の状態。
普通ならゆっくりと休ませたり、歩きながら回復させたりするところ。競争のような全力で走るなどかなり危険だ。
だから。
「なにも競争しようってわけじゃない。ランニング程度だよ」
「いや、それでも」
気が狂ったわけじゃない。由果に意地悪をしているわけでもない。
さっきのように歩けばいい。
けど、俺は走ることを選んだ。
「……私は別にいいよ」
「ゆ、由果!?」
意外に由果はノッてきた。
ぐいっと一気にコーヒーを飲み干し、空になった缶と共にバックを俺と同じ場所に置いた。
「よし。それじゃよーい」
「ちょ、ちょっと待って!」
走る構えをとる俺達を見て秋久は慌てて自分のバックを置く。
「どん!」
それを見計らって俺は走り出す。
「ま、待ってってば!」
なんとか俺達に並んだ秋久だが、まだ落ち着かない様子。
「……」
由果は逆に落ち着き過ぎているようだが。
俺は、二人の様子を伺いつつ徐々に速度を上げていく。
「……」
すると由果が対抗するように速度を上げ俺の隣に並んでくる。
秋久も頑張って速度を上げて並んできた。
その後は、ただただ無言で目的地へ向けランニング。
途中、秋久が体力が切れてきて後ろに下がっていくが、俺と由果は互いに様子を伺いながら前へ前へと走り続けた。
そして。
「―――ふう、やっぱり自然の中で走ると気持ちがいいなぁ」
「……はあ……はあ……」
目的地である滝のところまで辿り着いた。
俺はまだまだ余裕だが、由果は少し息が荒い。秋久はというと……もう少し時間がかかりそうだ。
「よく付き合ってくれたな、こんなことに」
「……はあ……はあ……ふう。別に……私も走りたかっただけ。なんだか歩いていると余計なことを考えそうでちょっと嫌だったから」
乱れた呼吸を整えた由果は、汗を払い呟く。
「……陣」
「ん?」
「その……こ、この前は」
ずっと視線を合わせてくれなかった由果だったが。
「嫌なことを言ってごめんなさい」
真っすぐ俺のことを見て、土曜日のことを謝ってきた。
……まさか由果の方から謝ってくるとは。
「良いんだ。俺の方こそ、ごめん。あの時は、お前に対して配慮が足りなかった」
「ううん。あれは、私が勝手に……」
言葉を詰まらせ視線を逸らす。
が、再度視線を合わせて口を開く。
「……勝手に嫉妬していただけ」
嫉妬? それって。
「私ね……陣のこと―――好きだったんだよ。初恋、だったんだ」
「……」
そう言う由果の顔に俺は、どこか寂しさのようなものを感じた。
今にも泣きだしそうな、そんな……。
拙者、恋愛ものを書いている身ではありますが、二次元にしか恋をしたことがないでござる……うっ、涙が……。