第二十五話「今の自分を」
「……」
一睡もできなかった土曜日。
父さんの言葉がなければ、俺はまた一人で悩んでいた。何度も壁にぶつかってもいい。その時は、悩んで悩んで乗り越える。
その時は、誰かに頼ってもいい。一人でなんでもできる人間なんていないんだから。
「お、おはよう陣後輩」
休日が明けて、平日になり俺はいつものように駅へと向かった。
そこには、いつものように紫之宮先輩と央さん、天澄が待っていてくれていた。けど、二人はどこかぎこちないように見える。
当たり前か。土曜日にあんなことがあったんだからな。
「おはよう一色くん。その」
「おはよう! 二人とも!」
「へ?」
「……無理、していないか?」
俺からの予想外の元気な挨拶に紫之宮先輩は控えめに問いかけてくる。
確かに、二人からしたらそう見えるだろう。
日曜日も、皆は連絡をしてこなかった。無理に元気づけるよりも、そっとしておいたほうが良いと思ったんだろう。
「無理はしていませんよ。俺はもう立ち直りましたから」
その後は、車に乗って学校へと向かった。
そこでは当然、佐々倉と筒田も居て、俺の姿を見るなり近寄ってくる。
「お、おはよう陣くん」
「おはよう、陣」
だが、やはりどこか遠慮がちなところがある。
「おはよう、二人とも。もしかして、土曜日のことまだ気にしてるのか?」
「そ、そりゃあ気にするよ! だって」
私がはしゃぎ過ぎたから……と声が沈んでいく筒田。そんな筒田を佐々倉は元気づけている。
「きにするな、て言っても無理だよな。でも、あれは俺も悪かった。由果にあんなことをしておいて、仲直りしたいって真面目に考えておいて……友達と騒いだ勢いで謝りに行った」
気を付けていたつもりだったが、結局あのあり様。
「真剣さに欠けていた。それが由果にも伝わったんだと思うんだ」
「一色くん……」
俺の言葉に紫之宮先輩と筒田が顔を歪ませる。
「でも、俺は皆のせいだって責めたりはしない」
「な、なんで」
「だって皆、俺のためにって思ってくれていたんだろ?」
「そ、それはもちろんだ! 陣後輩!」
「わ、私も! あ、でも恋愛マスターのところはちょっとふざけてたかも……ごめん」
素直に謝る筒田に、俺は優しく笑みを浮かべる。
「ともかく俺は諦めない。今度こそ、俺は由果と仲直りをする。たとえまた壁を作られても」
俺の決意を聞いた皆は、表情が柔らかくなってきた。
「陣ってば、諦め悪いのな」
「それと底なしに優しい!」
「うん! うん! なんかかっこいいよ、一色くん!」
「そ、そうか?」
まさかクソガキだった俺が、そんなことを言われる時が来るなんてな。
「まあでも、由果からしたらうざいって思うだろうけどな」
「そう思われようとも、君は諦めないのだろ?」
「……はい」
それだけ、俺は由果と真剣に仲直りしたいと思っているんだ。
・・・・
「―――とはいえ、あの感じだと今度は話すら聞いてもらえないかもな」
「……いや、まだ希望はある」
その日の昼休み。
体育館倉庫裏で話し合いをしていた。ただでさえ危うかったのに、土曜日の一件で悪化した。
どうしたものかと悩んでいると、紫之宮先輩が発言する。
「確かに、由果くんは陣後輩と距離をとっている。だが、少なくとも心の底から嫌いというわけではないはずだ」
「だよね。もし心の底から嫌いだったら、会うことも、話をすることもしないはずだし」
俺もそうは思っている。
けど、由果は俺のことを嫌っているのは事実。
「けどさ。あんまし時間をかけると悪化しちゃうんじゃない?」
「秋久が言うには、いつも通りに振舞おうとしているようだけど。明らかに様子がおかしいみたいだ。ちゃんと眠っていたのか。足取りもふらふらしているって言うし」
「これは、早めに決着をつけないと危ないね」
由果の体調がこれ以上悪くならないように。
あいつが溜め込んでいるものを全部吐き出させてやりたい。
そのためには、まずあいつと向き合うこと。
「思い切って、遊びに誘ってみるとか、どうかな?」
天澄の提案に、俺はいいかもと思った。
それも今日の放課後。
由果の体調を考えても、時間をかけるのはよくない。それでいて、ゆっくりと話せる静かなところがいい。
「……」
俺はさっそくスマホを取り出し、秋久に連絡をした。
とはいえ、電話ではない。
秋久のことだ。学校に居る間は携帯電話はいじらないだろう。まあ俺の通っている学校もバレたら取り上げられるんだが。
「これで」
メッセージを送り終わった俺は、天澄から差し出された温かいお茶を飲み、一息入れる。
「どこに誘ったの?」
筒田の問いに俺は。
「俺達三人が最後に思い出を作った場所。天澄や紫之宮先輩もよく知ってるはずだ」
「あそこか。確かに、今の由果くんにはちょうどいい場所かもしれないね」
「いいチョイスだと思うよ」
「こらこらー、あたしらは正確な場所を言ってくれないとわからないんですが?」
「仲間外れはよくない!」
「悪い悪い」
不満そうな表情をする佐々倉と筒田にも、その辺のことを説明しつつ俺は、その時が来るのを待った。
さすがに昼休み中にはこない。
そこから時間は刻々と過ぎていき、放課後。丁度俺達が学校を出た頃に、秋久からメッセージが返って来た。
「……」
「ど、どう?」
秋久の返事を見た俺は、心配そうに見詰める皆に力強く頷いた。
「それじゃあ、あたしらは結果を待ってるってことで」
「でも、応援はしてるからね!」
「君達幼馴染がまた仲良しになれるように」
「頑張って、一色くん!」
「ああ。今度こそ」
今度こそ、過去を乗り越える。
そして、今は歩んでいく。
そのためにも、俺は由果と正面からぶつかる。それで、何を言われようとも……。