第二十四話「過去もだが現在や未来も」
「え? 格闘技習いたいって?」
「俺、強くなりたいんだ」
二人と距離を取ってからしばらくして、俺は父さんにそう言った。
今まで、親にこれがやりたいあれが欲しいなんて言ったことがなかった。けど、この時の俺は心の底から強くなりたいと思っていた。
「なんだなんだ。この前父さんと一緒にやった格闘ゲームの影響か? 父さんもそういう時期はあったが、まさか息子まで」
いつもの調子で俺と話そうとする父さんだったが、俺の真剣な目を見て言葉を止める。
横では、今の空気をよくわかっていない里桜が俺の手を握って二人を見詰めていた。
「……本気なんだな?」
「うん」
俺の両肩に手を置いて問いかけてくる父さんに俺は強く頷いた。
「―――わかった。そんじゃ、俺の友達がな。空手の道場をやっているんだ。今から電話して頼んでみる」
「ありがとう父さん!」
「にーさん、なにかやるの?」
父さんが電話をしている中、里桜が話しかけてきた。
俺は、頭を撫でてやる。
きっと強くなって、誰かを護れるように。
それからの俺は父さんの友達がやっている空手の道場に入門し、メキメキと実力をつけていった。
だが、俺は欲張りだった。
もっともっと強くなりたい。
そこから親に我儘を言って色んな格闘技を習っていった。
体を鍛える中で、勉強も忘れなかった。
学校では常に真面目に勉強をした。友達から遊びに誘われても断ってでも。だから、一般的な子供の過ごし方とはかなり違っただろう。
「行ってきます」
「あっ」
この時の俺は高校生の時の俺よりも尖っていた。
だから、たまたま秋久と遭遇した時も。
「きょ、今日も空手、か?」
「……おう」
話しかけてくれる秋久に対して視線を合わせることなく、そのまま去っていく。
そんな感じだから、付き合いが悪くなった、感じが悪いなどと言われることになる。
それでも、俺は強くなろうと、真面目になろうと必死だった。
仲が良かった友達からは多少印象が悪くなったが、先生達からの評価はよくなっていった。いつも注意される俺が、テストで悪い点数をとっていた俺が。
優等生になったのだから。
中には、急激な変化に心配してくれる先生達も居たけど、大丈夫ですと俺は笑顔で答える。
それが中学まで続き、俺は高校を二人から逃げるように違うところを受験した。
中学の終わりに習っていた格闘技も全て止めて。
……けど、必死になり過ぎて、変わろう変わろうと思い過ぎて、色々とおかしくなってしまった。
・・・・
「―――結局一睡もできなかった」
外を見ると太陽が昇っていくが見える。
昔は、これぐらいの時間帯に起きてはランニングをしていた。格闘技を止めた今でも鍛えるのは止めていないけど……。
今日は日曜日。
学校もなく、特に用事もないのでゆっくりできる。
普段、なら。
俺の視線は自然と新島家のある方へと向く。
さすがに今の時間帯は由果も眠っている、よな。
顔でも洗ってスッキリしようと、自室を出る。
「……ふう」
冷たい水で顔を洗ったけど、どこかスッキリしない。
今度は、熱いコーヒーでも飲もうと思いリビングへ向かう。
「あれ? 父さん?」
リビングへ向かうと、珍しく休日だというのに父さんが起きていた。いつもならもっと遅い時間まで眠っているはずなのに。
母さんよりも早く起きるなんて。
「おはよう、陣。なんだか妙に目覚めがよくてな。どうだ? 少し話でも」
そう言って、父さんは湯気が立っているマグカップをテーブルに置き、俺のことを誘ってくる。
まるで俺が来るのを予想していたかのように二つもある。
「……わかった」
父さんの誘いを承諾し、俺はテーブルに座る。
「で、さっそくだが……由果ちゃんとは、どうなんだ?」
「うまくいってない。むしろ前より悪化してるかもしれない」
俺は、昨日の出来事を話した。
自分は本当に変わっている。
今なら、由果とも仲直りできる、なんて思いあがっていた部分があったのかもしれないと。
「ははは、なかなかきついなそれは」
「うん……でも由果の怒りも当然だ。由果からしたら、俺だけの意思で謝りに来てほしかった、だろうし」
友達に押されてようやく、友達から言われないと謝りに来れないのか、なんて思っていたんだろう。
「もう、無理なのかな。昔みたいになるのは……」
湯気立つコーヒーを見詰めながら俺は言葉を零す。
「陣。確かに、過去を大事にするのは良いことだ。俺もお前達が仲良くしている姿を思い出すと、自然と笑みが零れるからな」
「……」
「でもな。俺は、こう思ってるんだ。過去も大事だが、それだけに囚われ過ぎてお前は、現在を、未来を見ていないってな」
「現在と未来?」
父さんの言葉に、俺は思い返す。
確かに、俺は過去にばっかり囚われていたかもしれない。
昔のように仲良く。
昔のように幼馴染として。
昔のように三人一緒に。
俺は変わろうと思って心も体も鍛え、勉学にも励んできた。なのに、あの時の俺は過去のことばっかり引っ張り出していた。
たぶんそれは、変わった自分を由果に始めて見せた時に機嫌を損なわせたのも原因のひとつ。
「そうだ。もっと今の自分をアピールしても良いんじゃないか? 俺はこんなにも変わったんだってな」
「け、けどそれでうまくいかなかったら」
「うまくいかなくても諦めるな。もし諦めたら、お前は何のために変わろうって思ってきたんだ? もし諦めたら俺がお前のために払ってきた金も無駄になるんだがな」
「そ、それは」
金のことを言われ、俺は焦る。
そんな俺を見て、父さんは子供のように笑う。
「はははは!! 秋久くんとも仲直りできたんだろ? だったら諦めるな。そもそも、完全に昔のようになんて無理なんじゃないか? なにせお前達はもう小さな子供じゃないんだからな。それに、秋久くんと由果ちゃんは付き合ってるんだろ? そんな二人と昔のように仲良くなんてちょッと無理があるって」
「あんまり無理、無理言わないでほしいんだけど……」
でも、父さんの言うことは正しい。
俺達はもう無かすのような小さな子供じゃないし、二人は恋人同士。
俺は過去に囚われ過ぎて、現在を見ていなかった。
そして、そのまま仲良しになったとして、その後の未来は……。
「ともかく、だ。若い時は、何度も壁にぶつかれ。そこをどう乗り越えるか悩め。そして、悩んで悩んで……乗り越えるんだ。その時は、誰かを頼ってもいい。一人でなんでもできる人間なんていないんだからな」
俺を元気づけるように強く肩に手を置く父さん。
昔と変わらず、力強く安心できるでかい手だ。
普段は、子供っぽくゲームばっかりしてるような大人なのに……やっぱ親って凄いな。
「うん。ありがとう父さん。俺、諦めずに頑張るよ」
「おう! よく言った! そんじゃ、朝食の時間までゲームをやろう。今のお前だったら完勝できそうだ!」
「そういうの口にしない方がいいと思うぞ。まあ、付き合うけど」
「あら? 二人とも早いのね。というか朝からゲーム? 本当に好きねぇ」
俺達がコントローラーを握っていると母さんがリビングに入って来た。
あ、そうそう。格ゲーで勝負したけど、勝ち数五対一で俺の勝利。その後は、悔しそうな父さんと気怠そうな里桜を入れた四人で仲良く朝食を食べた。