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第二十話「過去を乗り越えろ」

「……」


 俺は、休日の昼時。一人であるところに訪れていた。

 俺、秋久あきひさ由果ゆかの関係を変えたあの場所。あれ以来、俺はずっと避けてきた。だけど、いつまでも逃げてちゃだめだ。


 秋久との関係は、この間のことで少しだが修復されたはずだ。

 だから、次は……。

 そう思い俺は、家を出た。家族には、行ってくるとだけ伝えて。


「よし!」


 深呼吸を何度もした後、俺はあの現場へと行こうとする。

 だが……意思とは関係なく足が動かない。

 どうしてだ。どうして動かないんだ……! 


「はあ……はあ……はあ……」


 全然動いていないというのに、額に汗を流していた。

 

(この……ヘタレ野郎……)


 前に進むって決めたんじゃないのか。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は再び呼吸を整え踏み込もうとする。

 しかし、一歩踏み込んだだけで、あの時の映像が脳裏に浮かび、もしもあのまま秋久が助けに来なかったらなどと変な想像をしてしまう。

 それにより脳裏に浮かぶ過去の映像も、勝手に……。


(くそ……くそ……!)


 たった一歩。たった一歩踏み出しただけでこれか。

 はあ……結局、変わったのは外面だけってことか? 高校生になって、天澄達と出会って、少しずつ変わっていったと思っていたのに。

 まだ俺は。


(……なんだ? 温かい。なんだかすごく安心するような)


 目を瞑り、自分の情けなさに笑っていたところ。

 右手から温かい感触が。


「……天澄あますみ?」

 

 目を開け、その感触の正体を確かめたところ……なぜか私服姿の天澄が、俺の右手を両手で包み込んでいた。

 俺と視線が合い、顔を赤くし気恥ずかしそうに微笑みも手はいまだ握ったまま。

 どうして天澄がこんなところに。


「えっと、一色いっしきくんを見かけて。その……気になって追いかけてきたんだ。そしたら、凄く思い詰めた表情で震えていたから……その」


 震えを止めるために手を握ったってことか。

 どこまでも優しいな、天澄は。

 けど、その効果はあったようだ。さっきまで震えていた俺の体が、今は。


「さすがはゆえり後輩だ! 友のピンチを救うとは!」

「し、紫之宮しのみや先輩!?」


 天澄だけではなく紫之宮先輩までもが現れる。


「偶然! そう! 偶然!! 君の家の前を通ったらなにか思い詰めた様子で出かけていく君を見かけてね。心配になって追いかけてきたんだよ」


 そこまで偶然って念を押されると逆に気になってしまうんですが。


「そして、流れるようにあたしらも登場」

「待たせたな、陣くん」


 佐々倉と筒田まで。


「ちな、うちらはゆえりを加えた三人で過ごしていたんだ」

「そこで、ゆえりが陣のことを見かけて追いかけて行った」

「そして、うちらも追いかけてきた!」


 ということは、皆で俺のことを追いかけてきたわけか……いやまあ、それほど俺が思い詰めていた。それほど皆、俺のことを心配してくれていたってことだよな。

 

「そんで? 若者よ。なにを悩んでいるのかね?」


 と、奇妙な口調で筒田が絡んでくる。


「同年代だろ……」


 いつもの調子でツッコミを入れ、俺は息を吐く。

 そして、自分の悩みを打ち明けた。

 昔のトラウマを乗り越えようとここに来たことを。正直、まだ出会って一か月ちょっとだが、不思議と四人になら話してもいいかなって思ってしまったんだ。

 それに、誰かに話すことで少しでも楽になりたかった、のかもしれない。ずっと一人で抱え込んできたからな……家族にも話していない。

 というか、父さん達はなんとなく察してくれて、あえて聞いてこなかったんだろう。


「ふむ。そんなことがあったのか」

「みいか先輩は知らなかったんですか?」

「私にだって、知らないことは多いよ。まあでも噂程度になら聞いていたかな」


 あの事件は、公にはならなかった。

 結局、由果を襲った中学生達も、どこの中学なのかわからず仕舞い。由果はあの時恐怖で相手の顔しか見ておらず、制服までは把握していなかったし、俺も俺で……。


「それで……この先が、陣が乗り越えなくちゃならない場所ってわけね」


 佐々倉が俺の前に出てじっと観察する。

 

「あ、ああ」


 正確には、今いるのは入口に過ぎない。

 本当に乗り越えなくちゃならない場所はもっと奥。あの時……俺がいけなかった由香が襲われていた場所。俺が立っているのは、俺が立ち尽くしていた場所。


「無理にやろうとしなくても良いんだよ?」


 ぎゅっと俺の手を握ったまま天澄は言う。

 そんな言葉に甘んじてしまいそうだ。

 けど……そうも言ってられない。


「心配してくれてありがとう。だけど」


 そっと天澄に手を放すように促し、俺は佐々倉の隣に立つ。

 

「もう逃げたくないんだ」


 どうしてかな。さっきより勇気が湧いてくる。


「そうか。ならば、行ってくるんだ陣後輩。君が乗り越えられるように、私達がここで見ている」


 そうか。さっきは一人だったけど。


「ほれ、さっさと行ってきな。終わったら、皆で甘いものでも食べに行くとしましょうや」


 今は違う。


「そうだそうだ! 男を魅せろー!」


 友達が、近くに居る。それだけで……。


「一色くん……前に」


 勇気が湧いてくる。俺は、あれ以来一人で居続けた。

 大人になろう。

 誰にも迷惑をかけないようにしよう。

 強くなろう。

 そうして過ごしているうちに、一人また一人と仲が良かった友達は俺の傍から離れて行った。誰かに頼るんじゃなく、自分が頼れる存在になるんだって神経を尖らせてきた。


 でも、それは間違いだったんだ。

 人間は一人でできることに限界がある。

 だからこそ、誰かを、物を……頼って成長していく。


「……由香。ようやく来れた」

「どうやら山をひとつ乗り越えられたようだね」

「おめでとう! 一色くん!!」


 これが友情の力、なんて。

 恥ずかしくて口にできない。

 とはいえ、俺はようやくあの時行くことができなかった場所へ辿り着いた。距離にしたら、走ったらすぐな身近な距離。

 俺が立ち尽くしていた場所では、天澄達が自分のことのように喜んでくれていた。


「よーし! つーことで、今から陣くんの奢りで何か食べに行こー!!」

「え!?」

「おーし、今日は食べるぞー。ほら、なにしてんの。早く行くぞー」

「え? ちょ、あの」


 筒田の言葉に驚いている中、俺は咄嗟に財布を確認しようとするも。

 右に佐々倉、左に筒田が並び、ぐいぐい俺のことを引っ張っていく。


「心配するな、陣後輩。今日は、私が奢ろう。君が健やかな人生を送れるようにね」

「さすがパイセン!」

「陣もこれぐらいの甲斐性をもちなよ? な?」

「そんなことを言われても……」


 アルバイトもしていない貧乏学生にそれは無理があるってものじゃ。


「一色くん」

「天澄?」


 紫之宮先輩と佐々倉、筒田の三人が前を進む中、天澄だけが俺の隣に来た。


「これからも一緒に頑張ろうね」


 そして、満面の笑顔で言った。


「……ああ、そうだな一緒に」


 これからも一緒に……。

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